三章 幽霊囃子 ⑭

「コヨミさん! このだいじや、生物じゃなくてようかいです! たいれいけいこうげきのほうがよく効きます!」

「がってん! 往生せえやあっ!」


 コヨミも適当なごえとともに、しのびがたなへびどうたいす。

 同時ににんじゆつじんらい》を発動させ、したやいばの向こうへ電流を流した。

 ばちばちと肉のぜる音がひびきわたる。

 ひるんだ相手へのついげきもかねて、ナユタはへびけんへ飛び乗り、見開かれた片目をこぶしたたいた。

 つらぬくには至らないが、感覚器へのこうげきは弱点を見事にいたらしく、だいじやのHPが大きく減っていく。


「あれっ!? こいつ意外と弱い!?」


 コヨミがとんきような声を上げた。

 ナユタの感想もかのじよと近い。まだたおしていない以上、あつないとまでは言えないが、苦戦をかくして立ち向かった分、ひようけした感はある。


(……難度が高くないクエストのボスなら、これくらいでちょうどいいのかな?)


 まだあと二ひきいるため、最後まで油断はできない。ただ、この一ぴきに関してはどうやら小手調べ程度の存在らしい。


「なゆさん! このまま一気にたおしちゃおう!」

「はい!」


 二人はほぼ同時に、左右からだいじやへ飛びかかった。

 コヨミのしのびがたなだいじやけんつらぬき、ナユタのこぶしじやの光をともない左目を打つ。

 やみほうこうとどろき──あわれなだいじやは、その場に身を横たえた。


「よーし! この程度なら残り二ひきはまとめていける!」

「なんともはや……私は見ているだけでしたな」


 勢いづくコヨミと苦笑いを見せるヤナギは好対照だったが、クリアへの道筋が見えただけに空気は明るい。

 ナユタもほっとして構えを解いたが、やがてかのじよかんに気づく。

 ──たおしただいじやがいが、なかなか消えない。

 それどころか、城内におさまったままの尻尾しつぽ側からずるずると引きずられはじめている。

 コヨミがほおをひきつらせた。


「……あっれー……? HPが0になったのに消えない……ってか、動いてる……え? なんで? ……お城側でだれかが引っ張ってる……?」


 ナユタも無言でじようきようを見守る。

 せんとうは終わっていない。むしろ今の一戦が開始の合図だったらしい。

 だいじやが城内にまれてすうしゆん──は起きた。


〝おおおおおおおぉ……〟


 辺り一帯をしんかんさせる勢いで、地鳴りのように低い声明がき上がる。

 おどろいて見上げれば、城の上層を囲む足場ははんとうめいけた奏者の群によりくされていた。

 がねいろに色づいたはやかたの群にはいつさいの表情がない。

 かりぎぬ、あるいはかち姿すがたの《ゆうれいばや》が、たずさえた楽器をいつせいかなで始め、そのそうごんな音色でもってナユタたちあつとうする。

 ナユタは思わず呼吸も忘れ、この世のものとは思えぬ調べに聞き入った。

 数百人におよぼうという大楽団の一糸乱れぬ演奏は、そうかんとおして異様にさえ感じられる。

 常識外れの祭りばやひびく中、城のがいへきにも異変が起きた。

 細かなきしみがれへと変わり、やがてがいへきの前面が大きくくずれ──

 そこに現れたのは、八つの頭と八つのを持つきよだいへびの化け物だった。

 一つにしゆうれんした太いどうたいは、階上にずっしりと横たわっている。

 城の側面からは八つの尻尾しつぽが垂れていたが、まわしたところでナユタたちまでは届かない位置にある。

 敵のこうげき手段であり、ナユタたちこうげき目標ともなるのは、地上をにらみつける七つの頭だった。

 八つあるうちの頭の一つは、ナユタとコヨミのこうげきによってすでたおれている。同じ体につながってはいるものの機能しておらず、他の七頭が身をくねらせる中、一ぴきだけぐったりと城内にしていた。

 そして七つの頭が、ひようにあわせいつせいきばく。

 コヨミがナユタのこしにしがみついた。


「や、《また大蛇おろち》……!? イベントで一度だけ見たことある! でもあれ、百人規模で戦う合戦の大ボスだった気が……!」

「──よく見てください、たぶん幼生です」


 コヨミよりはいくぶんか冷静に、ナユタは相手を見定める。

 以前のイベントで見かけたまた大蛇おろちは、それぞれのへびせんほどの太さに達し、どうたいの長さは山をえていく文字通りのだいかいじゆうだった。

 それに比べれば、一頭あたりが列車程度の太さで済んでいる目の前のだいじやは、十分の一以下のがらかいじゆうといえる。

 ──ただし、「三人で立ち向かう相手」としては少々どころでなく厳しい。頭だけでも残り七つある。

 背後のヤナギがほうけたようにつぶやいた。


「これはまた、めんような……とんでもない大きさですが、やつかいな敵なのですか?」

「そ、そりゃあもう……ね、なゆさん。合戦の時のまた大蛇おろちって、確か頭ごとにちがとくしゆ能力があったよね……?」

「はい。えん、氷結、そうふう、毒、うろここうげんわくじやがんちようかいふく──ですね」


 会話に出ている対《また大蛇おろち》戦は、《百八のかい》のイベントではない。

 昨年の、まだコヨミと知り合ってもいないころかいさいされた単発の集団イベント戦であり、今にして思えば、《百八のかい》実装に向けたテストイベントだったものと推測できる。

 このイベント戦でのまた大蛇おろちは、ずうたいが大きすぎて小回りがかず、それぞれの頭を二十人ほどの班で分担してたたく協力型のおおいくさだった。

 一ぴきを担当する二十人ほどの班がかいめつすると、勝っただいじやは別の頭の加勢に向かうため、負ける班が増えるとそれだけ他の班が厳しくなる。

 反対に担当分の頭をつぶせば、プレイヤーは他の班の加勢に向かえる。

 たがいに戦力をけずり合い、どちらかがかいめつするまで続くこのバトルには、ナユタも散々に苦労させられた。

 コヨミに至っては一戦でクリアをあきらめ、以降はイベントしゆうりようまで放置していたと聞く。

 サイズが小さくなったとはいえ──この八頭のだいじやを相手に少人数で立ち回るとなれば、かわいた笑いしか出てこない。


「……そういえば、運営がクエスト制作用に公開したりゆうけいのフリー素材にもありましたね、《また大蛇おろち》のモデル──お孫さんは、それをクエスト用に加工したんだと思います」


 カラーもへんこうされているとはいえ、気づかなかったことは情けない。

 反省するナユタのわきでコヨミがうなった。


「……あのさ、なゆさん。つまり今、わたしたちたおしただいじやの能力って──」


 ブレスこうげきはなかった。ぼうぎよりよくひかえめで、早い話がひようけするほど弱かった。

 仮に何かとくしゆ能力があるとすれば──

 ヤナギがを細め、しやくじようせんたんを城内のだいじやに向けた。


「はて……お二方。さきほどたおしたはずのだいじやが、ようですが──」


 せていただいじやが、ゆっくりとかまくびをもたげる。

 一度はきたはずのHPは二割程度まで回復し、他の頭たちづかうようにかれの身を支えた。

 ナユタは思わず額をさえ、コヨミが大きくかたを落とす。


「……や、やっぱりちようかいふくかっ……!」

「……いい準備運動になった、と思いましょう」


 ごうせいな祭りばやひびく中──

 ナユタのには、八つ首のだいじやそろってちようしようかべたように見えていた。

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ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
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