三章 幽霊囃子 ⑬

 ほうりきの光を目印に、二人は広間をける。

 ヤナギの背後には石造りのかべと、さして大きくもない鋼鉄製のとびらが見えた。

 そこへめば、ひとまず背後のだいじやたちからはれる。

 ヤナギが開けたとびらの向こうへ、二人はほぼ同時にんだ。

 直後にとびらを閉め、だいじやついげきんだのをかくにんした後、三人はようやく合流を喜び合う。


「ヤナギさん、楽器を見つけられたんですね! 心配していました」


 ろうそうおだやかながおと共に、編みがさを軽く上げた。


「は、きようしゆくです。私も一時はどうなるかと思ったのですが……例のきつねめんわらべが助けてくれました。かれは、きよふみの残した人工知能だそうで──孫本人ではありませんでしたが、貴重な経験をさせていただきました」


 ヤナギはどこかれたような、すがすがしい表情へと転じていた。

 まだクリア前だというのに、もう目的を達したようなぜいでもある。


「ヤナギさん、何かいいことがあったみたいですね」


 てきすると、ヤナギはずかしげにを細めた。


「はあ。なんと申しますか……私は孫のことを理解しているつもりで、実はそうでもなかったと思い知りまして」


 そんなことを思い知ればつうへこみそうなものだが、ヤナギは満足げだった。

 つい首をかしげると、ヤナギはまた笑った。


らちもないことです。さて……クレーヴェル氏はごいつしよではないようですな」

「あの人はリタイアしている可能性が高いです。放っておいて、わたしたちでクリアを目指しましょう」


 この場にいないたんていを冷たくはなして、ナユタは背後にある鋼鉄のとびらを軽くこぶしたたいた。

 とびらの向こう側には、おそらくまだ三びきだいじやがいる。

 コヨミはかれらをとくしゆわなかもしれないと言ったが、ナユタはまだ、あのへびたちがクエストのボスだと考えていた。

 ただ、真正面から戦って勝てるとは思えない。

 一息ついたところで、かのじよは改めて周囲を見回す。

 鋼鉄のとびらを境にダークゾーンは終わり、ナユタたちがいるのは外に面したはばひろわたろうだった。

 どうやら本丸からべつむねへと続くれんらく通路らしい。城の周囲にもぐるりと屋根のないかいろうめぐっており、さながら遊歩道のように整備されている。

 きよみずたいを数十倍にしたような無茶な広さだが、ただの足場ではなく、一層にあるダンジョンの屋根がそのまま屋上かいろうとなっている様子だった。

 見方によっては何かのさい殿でん、あるいはきよだいなオープンデッキにも近い。


「ひっろい……わあ、お星様きれー……」


 コヨミのつぶやきにさそわれ視線を空に転じれば──雲は晴れ、満天の星がまたたいていた。

 ダークゾーンをけた開放感と、だいじやからったあんも手伝って、ナユタも思わずこの景色にれる。

 一方、えの早いコヨミは子犬のようにパタパタと周辺を見回り始めた。


「えっと……ヤナギさんはもしかして、通路をえてあっちのべつむねから来たの? ダークゾーンは通ってないんだよね?」


 ヤナギがしよう混じりにうなずいた。


「はい。こちら側にわたってきたところ、とびらの向こうから何やらそうおんが聞こえたもので──入ったたん、お二方がへびに追われていておどろきました。いやはや、あの大きさはやつかいですな」


 言葉とは裏腹に、声はどこか楽しげだった。

 星を見上げ、ナユタはじっと思案する。

 かのじよは地下からスタートした。コヨミは一層のてんからで、ヤナギが飛ばされた大広間はどうやらべつむねだったらしい。

 たんていもおそらく前回と同様に天守閣へ飛ばされたはずで、もしかしたら上層で足止めされているのかもしれない。


(みんなバラバラの場所からスタートして、このダークゾーン周辺がゴールで合流地点……ってことになるのかな……?)


 かんがむナユタのそでを、コヨミが子供じみた手つきで引いた。


「なゆさんなゆさん、あっちに上に行く階段と下に行く階段があるみたい。あと──ここってただのわたろうじゃなくて、お城の周囲をめぐかいろうになってるよね。結構な広さだけど、何かけがあるかもだし、調べてみる?」


 下層に下りる外階段は、おそらく一時だつしてセーブするための非常口と見ていい。

 だがテストプレイ中の今は、得たアイテムや経験値を個人のデータにげず、逆にイベントフラグはテストプレイ用に常時けいぞくする仕様となっているため、もどる意味がほとんどない。

 べつむねはヤナギがたんさく済みだけに、進むべきルートは上層か、あるいは周囲のかいろうそのものとなる。


「まずは上層に行ってみましょうか。もしかしたらたんていさんが足止めされているかもしれませんし」

「あー。あの人、天守閣からスタートしてたんだっけ……おっけー。じゃ、お先に──」


 コヨミが階段にった時──

 やみに不意のほうこうひびきわたり、星明かりをさえぎる長いかげが頭上を横切った。

 ナユタははじかれたように顔を上げる。

 上層階のかべにいくつか空いた、きよだいな四角い穴──

 その穴の一つから、一ぴきだいじやかまくびをもたげいだしつつある。

 全身は見えず、細長くびた姿はまるで城から生えた手のようだったが、指の代わりにかれたするどきばきようあくな存在感を放っていた。

 ものするどまなしを真っ向からにらみ返し、ナユタはそくに身構える。

 だいじやは落ちるような速さで、ナユタを丸吞みにしようとせまった。

 退いてこれをけ、かのじよは敵の側面に回りむ。

 そのまま気合いの声すら発さずに、へびの側頭部、あごの付け根近くへしようたたんだ。

 ねらそこねて手近なしよなぐりつけただけだったが、ひるんだだいじやは大きく身をよじり、城のがいへきに張り付き直す。

 ──手応えはあった。

 だいじやそばにはヒットポイントのゲージが表示され、ごくわずかながらも確かに減っている。

 状態の変化を見定めた上で、ナユタはひざに力をめ身構えた。


「な、なゆさん! だいじよう!? ケガない!?」

「あのだいじや、よもや外にまで出てくるとは……!」


 ナユタはだいじやから意識をらさないまま、あわててった二人へ目配せを送る。


「……あのだいじや、やっぱりわなじゃなくてボスみたいです。ここで仕留めましょう」

「うぇ!? に、げないの!?」


 ナユタは構えを解かない。


「さっきのダークゾーンでは、視界が悪い中で三びきも一度に出てきたから退きましたが……今は視界も広く、相手は一ぴきだけです。やりましょう」

「で、でもさあ! あんなの、上にげられたら届かないし……」

げるどころか──向かってきてますよ」


 ナユタは正面にけた。

 一度はがいへき上方にげただいじやが、再び矢のように直線的な動きで飛びかかってくる。


「あああああ! もうっ! やらいでかーっ!」


 開き直ったコヨミも、何故なぜのようなごえとともに走り出した。

 後衛をヤナギに任せるためにも、前衛二人は前へ出る必要がある。せまはんでの乱戦になればかんじんのヤナギが危ない。

 だいじやあごをかわしつつ、ナユタは側面にまわみ、再びうろこの上からけんげきう。

 ただのおうではない。いくさ巫女みこりよくめたじやの《はらいち》は化け物ぜんぱんによく効く。

 しよげきではだいじやを生物と判断し、対生物用のスキルである《さいしよう》を使ってみたが、手応えはあったもののクリティカルとはいかなかった。

 今回のいちげきは、さきほどよりも相手のHPを倍以上けずっている。

 強いしようげきに応じて、だいじやも大きく中空でのたうち回った。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影