三章 幽霊囃子 ⑫

 どちらが正しいという話ではない。制作者、配信者、プレイヤー、それぞれに事情と都合がある。


「当たり前だけど、AIの管理者権限より、運営権限のほうが上位だろうしね。だから敵やわなを弱くできないかわりに、せめて自分にできるはんで、ゲームに不慣れなヤナギさんをかげながらサポートしてるのかな、って……なんか今、そんな気がしたの」


 かのじよの言葉になつとくしつつ、ナユタは思わずためいきらした。


「今回の配信停止、むしろ都合がよかったのかもしれません。もしヤナギさんのレベルが低いままだったら、期限内にクリアまでこぎつけられたかどうか……」

「……ヤナギさんの容態、そんなに悪いの……?」


 ナユタは反応に困る。


「正直にいえばわかりません。ただ、おいに行った時には起きあがることもできない状態でした。ご本人はきっと、今日のテストプレイが最後のチャンスだと思っているはずです」


 コヨミがナユタのうでを強くつかんだ。


「そっか……よし! わたしたちもがんばろ! このままヤナギさんと合流して、クエストのボスを……」


 祭りばやの音色が、何のまえれもなくとうとつにぷつりとれた。

 とつにナユタは、コヨミをかかえるようにして真横へぶ。

 いつしゆんおくれて、かのじよたちがいた場所を列車のようなきよたいごうおんと共にはじばした。

 体勢を整えつつ、ナユタはコヨミをそばに立たせ、自身は〝敵〟に向き直る。


「ひぃっ!? な、何!? なんかきたっ! 何アレ!?」


 わめくコヨミの前で、おそってきたきよたいの主がかまくびをもたげる。

 こうたくのあるえんとうけいの白いどう、ちろちろとうごめく細長い舌、ものれいてつに見定める金色の──大きさという重要なちがいはあるものの、その姿はコヨミが道中で切り捨ててきた〝へびたちとほぼ同じだった。

 しゆうを外しただいじやは、するどきばいてかくした後、再び頭を引いて音もなく正面のやみに身をひそめる。


「ななななななゆさん……へびっ……へびっ……! へびさんっ!」

「……だいじやですか。おそらくあれがボスですね。今のいちげきあいさつ代わりでしょう。ヤナギさんとはまだ合流できていませんが──対策を練るためにも、まずは一戦、交えておきたいです」


 ゆうゆうと正面に進もうとするナユタのそでを、コヨミがふるえながらつかんだ。


「ちょ、ちょっと待って! その前に心の準備! ……っていうか、あんなちゆうるいけいだいかいじゆうに真正面からはキツいって! 回りもーよ!」


 ナユタはいつしゆんだけ考える。


「回りむのは難しいかもしれません。へびは熱やにおいでものを感知します。もちろん、あのだいじやが本物のへびと同じような感覚器を持っているとは限りませんが……」


 へびの特性が設定にも生かされているとしたら、やみのどこから近づこうと、相手にはそくされてしまう。

 コヨミがメニューウィンドウを開いた。


「むむむ……じゃあ、困った時の便利アイテムー! えーと……何か……何か……おう。なんもねーな……」


 相手が視覚でなく熱でものを感知している場合、《けむりだま》はあまり役に立たない。むしろナユタたちの視界もうばわれるため、げる時以外は不利になる。

 おとりげんえいで敵をまどわせる《身代わりの札》も、熱を感知するタイプの敵には通じない。


「熱感知系の敵は、確か……ほのおまどわせるんでしたよね? 火薬玉ならいけそうです」

「……どうせ火力みようだからと思って、道中、雑魚ざこ相手に使い切っちゃった……後はほのおけいの術を使うのがいつぱんてきだけど……」


 ナユタとコヨミは顔を見合わせる。

 かたやしゆくうけんで身軽さが身上のいくさ巫女みこ

 かたやばやさ重視で反射神経だよりのにんじや

 げきざんげきちがいはあるが、両者とも戦い方が似ているため、ツートップでれんけいするとそこそこのせんめつりよくを発揮できる。

 ──が、ほうりきじゆつおんみようじゆつなどの術が初歩的なものしか使えないため、応用力には欠けている。術士系のフレンドがこの場にいれば良かったが、いまさら、ないものねだりをしても始まらない。


「……コヨミさん、とんの術って使えましたよね?」

「……一応、使えるけど。スキルレベルが1だから、あくまで非常用っていうかの着火用っていうか……ぶっちゃけ、数えるほどしか使ったことないよ?」


 自信なげなコヨミを勇気づけようと、ナユタはうなずいてみせた。


じゆうぶんだと思います。とりあえず、敵のこうげきパターンだけあくしててつ退たいしましょう。本格的にたおすのはヤナギさんと合流してから──まずは本番前の情報収集です」

「……うん! そういうことならがんる!」


 コヨミもうなずき、しのびがたなきはなった。

 直線的な刀身は、いつぱんてき太刀たちよりもやや短いが、コヨミの身長にとってはじゆうぶんに長い。ばやく取り回しができるぎりぎりのサイズともいえる。


「……で、あのうろこに通じるかな? コレ」

さるとは思いますが、敵の大きさがやつかいですね。や鼻、舌──そういう感覚器官をねらうのが定石ですが、むしろそっちは私が担当します。コヨミさんは敵のとんで引きつけて、おとりをしつつかいに集中してすきを作ってください」

「おっけー……って……ん? ……おや? あれれ……?」


 コヨミがあわてた様子で首を左右にめぐらせた。

 ナユタもすぐ、ダークゾーンのおくうごめく複数の光点に気づく。

 点の数は六つ──

 左側に二つ。正面に二つ。右側にも二つ──

 つい三組の光点は、それぞれが明らかにきよだいな生物の気配を放っていた。

 コヨミがこつほおをひきつらせ、ナユタはまゆを寄せる。


「……コヨミさん、すみません。方針へんこうです」

「……うん。それでいいと思う。大賛成……!」


 二人はほぼ同時に大きく退いた。

 光点の一組が正面へにくはくし、左右からも時間差できよだいあごおそってくる。

 あっという間に三びきに増えた列車サイズのだいじやは、やみおくからようしやなくきばいた。

 三方向からのれんけいこうげきにはさすがに対処しきれず、ナユタとコヨミはすぐさま並んでてつ退たいをはじめる。


「くっ……! あんなのが三びきもまとめて……!」

「無理でしょ、あれ!? ボスじゃないよ、たおせないとくしゆわなだよ! さもなくばげんじゆつとか!」


 最後の可能性はナユタも考えたが、わざとこうげきを食らって確かめる気にはなれない。

 せめてダークゾーンをけるか、一ぴきずつ仕留めやすい地形へおびせれば活路も見えるが、この場にみとどまって戦うのはぼうに過ぎた。

 だいじやは大きさの割に動きがばやく、全力で走っても追いつかれそうになる。


「やばいやばい! ……そうだ! とん!」


 コヨミが背後に向けてばやく印を結んだ。

 ぽんっ、と気のけるような火薬の音がひびき、程度のほのおけむりが数歩後ろでれつした。

 左側からきただいじやが大口を開けてほのおへかぶりつく。

 そのすきに、ナユタたちはさらにきよかせいだ。

 三びきだいじやはなおものたうちながら追ってくる。

 走ること数秒、広大なダークゾーンのいちぐうに、ふと強い光が見えた。


「お二方! ひとまずこちらへ!」


 つづみかかけんめいさけぶそのろうそうは、ナユタたちの探し人である。


「ヤナギさん!? ご無事だったんですね!」

ほうりきちゃんと使えてるし! え、すごい!」


 そうりよほうりきスキル、《こうみようしんごん》は、ダークゾーンにおいてランタンよりもはるかに広いはんを照らす。

 発動時に発せられる退たいの光は術者より弱い敵を遠ざけ、さらには味方の各種たいせいをもぞうさせる有用なスキルだった。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影