どちらが正しいという話ではない。制作者、配信者、プレイヤー、それぞれに事情と都合がある。
「当たり前だけど、AIの管理者権限より、運営権限のほうが上位だろうしね。だから敵や罠を弱くできないかわりに、せめて自分にできる範囲で、ゲームに不慣れなヤナギさんを陰ながらサポートしてるのかな、って……なんか今、そんな気がしたの」
彼女の言葉に納得しつつ、ナユタは思わず溜息を漏らした。
「今回の配信停止、むしろ都合がよかったのかもしれません。もしヤナギさんのレベルが低いままだったら、期限内にクリアまでこぎつけられたかどうか……」
「……ヤナギさんの容態、そんなに悪いの……?」
ナユタは反応に困る。
「正直にいえばわかりません。ただ、お見舞いに行った時には起きあがることもできない状態でした。ご本人はきっと、今日のテストプレイが最後のチャンスだと思っているはずです」
コヨミがナユタの腕を強く摑んだ。
「そっか……よし! 私達もがんばろ! このままヤナギさんと合流して、クエストのボスを……」
祭り囃子の音色が、何の前触れもなく唐突にぷつりと途切れた。
咄嗟にナユタは、コヨミを抱えるようにして真横へ跳ぶ。
一瞬遅れて、彼女達がいた場所を列車のような巨体が轟音と共に弾き飛ばした。
体勢を整えつつ、ナユタはコヨミを傍に立たせ、自身は〝敵〟に向き直る。
「ひぃっ!? な、何!? なんかきたっ! 何アレ!?」
喚くコヨミの前で、襲ってきた巨体の主が鎌首をもたげる。
光沢のある円筒形の白い胴、ちろちろと蠢く細長い舌、獲物を冷徹に見定める金色の眼──大きさという重要な違いはあるものの、その姿はコヨミが道中で切り捨ててきた〝蛇〟達とほぼ同じだった。
奇襲を外した大蛇は、鋭い牙を剝いて威嚇した後、再び頭を引いて音もなく正面の闇に身を潜める。
「ななななななゆさん……へびっ……へびっ……! へびさんっ!」
「……大蛇ですか。おそらくあれがボスですね。今の一撃は挨拶代わりでしょう。ヤナギさんとはまだ合流できていませんが──対策を練るためにも、まずは一戦、交えておきたいです」
悠々と正面に進もうとするナユタの袖を、コヨミが震えながら引っ摑んだ。
「ちょ、ちょっと待って! その前に心の準備! ……っていうか、あんな爬虫類系大怪獣に真正面からはキツいって! 回り込もーよ!」
ナユタは一瞬だけ考える。
「回り込むのは難しいかもしれません。蛇は熱や匂いで獲物を感知します。もちろん、あの大蛇が本物の蛇と同じような感覚器を持っているとは限りませんが……」
蛇の特性が設定にも生かされているとしたら、闇のどこから近づこうと、相手には捕捉されてしまう。
コヨミがメニューウィンドウを開いた。
「むむむ……じゃあ、困った時の便利アイテムー! えーと……何か……何か……おう。なんもねーな……」
相手が視覚でなく熱で獲物を感知している場合、《煙玉》はあまり役に立たない。むしろナユタ達の視界も奪われるため、逃げる時以外は不利になる。
囮の幻影で敵を惑わせる《身代わりの札》も、熱を感知するタイプの敵には通じない。
「熱感知系の敵は、確か……炎で惑わせるんでしたよね? 火薬玉ならいけそうです」
「……どうせ火力微妙だからと思って、道中、雑魚相手に使い切っちゃった……後は炎系の術を使うのが一般的だけど……」
ナユタとコヨミは顔を見合わせる。
かたや徒手空拳で身軽さが身上の戦巫女。
かたや素早さ重視で反射神経頼りの忍者。
打撃と斬撃の違いはあるが、両者とも戦い方が似ているため、ツートップで連携するとそこそこの殲滅力を発揮できる。
──が、法力や巫術、陰陽術などの術が初歩的なものしか使えないため、応用力には欠けている。術士系のフレンドがこの場にいれば良かったが、今更、ないものねだりをしても始まらない。
「……コヨミさん、火遁の術って使えましたよね?」
「……一応、使えるけど。スキルレベルが1だから、あくまで非常用っていうか焚き火の着火用っていうか……ぶっちゃけ、数えるほどしか使ったことないよ?」
自信なげなコヨミを勇気づけようと、ナユタは頷いてみせた。
「充分だと思います。とりあえず、敵の攻撃パターンだけ把握して撤退しましょう。本格的に倒すのはヤナギさんと合流してから──まずは本番前の情報収集です」
「……うん! そういうことなら頑張る!」
コヨミも頷き、忍刀を抜きはなった。
直線的な刀身は、一般的な太刀よりもやや短いが、コヨミの身長にとっては充分に長い。素早く取り回しができるぎりぎりのサイズともいえる。
「……で、あの鱗に通じるかな? コレ」
「刺さるとは思いますが、敵の大きさが厄介ですね。眼や鼻、舌──そういう感覚器官を狙うのが定石ですが、むしろそっちは私が担当します。コヨミさんは敵の眼を火遁で引きつけて、囮をしつつ回避に集中して隙を作ってください」
「おっけー……って……ん? ……おや? あれれ……?」
コヨミが慌てた様子で首を左右に巡らせた。
ナユタもすぐ、ダークゾーンの奥で蠢く複数の光点に気づく。
点の数は六つ──
左側に二つ。正面に二つ。右側にも二つ──
二対三組の光点は、それぞれが明らかに巨大な生物の気配を放っていた。
コヨミが露骨に頰をひきつらせ、ナユタは眉根を寄せる。
「……コヨミさん、すみません。方針変更です」
「……うん。それでいいと思う。大賛成……!」
二人はほぼ同時に大きく跳び退いた。
光点の一組が正面へ肉薄し、左右からも時間差で巨大な顎が襲ってくる。
あっという間に三匹に増えた列車サイズの大蛇は、闇の奥から容赦なく牙を剝いた。
三方向からの連携攻撃にはさすがに対処しきれず、ナユタとコヨミはすぐさま並んで撤退をはじめる。
「くっ……! あんなのが三匹もまとめて……!」
「無理でしょ、あれ!? ボスじゃないよ、倒せない特殊罠だよ! さもなくば幻術とか!」
最後の可能性はナユタも考えたが、わざと攻撃を食らって確かめる気にはなれない。
せめてダークゾーンを抜けるか、一匹ずつ仕留めやすい地形へ誘き出せれば活路も見えるが、この場に踏みとどまって戦うのは無謀に過ぎた。
大蛇は大きさの割に動きが素早く、全力で走っても追いつかれそうになる。
「やばいやばい! ……そうだ! 火遁!」
コヨミが背後に向けて素早く印を結んだ。
ぽんっ、と気の抜けるような火薬の音が響き、焚き火程度の炎と煙が数歩後ろで破裂した。
左側からきた大蛇が大口を開けて炎へかぶりつく。
その隙に、ナユタ達はさらに距離を稼いだ。
三匹の大蛇はなおものたうちながら追ってくる。
走ること数秒、広大なダークゾーンの一隅に、ふと強い光が見えた。
「お二方! ひとまずこちらへ!」
小鼓を抱え懸命に叫ぶその老僧は、ナユタ達の探し人である。
「ヤナギさん!? ご無事だったんですね!」
「法力ちゃんと使えてるし! え、すごい!」
僧侶の法力スキル、《光明真言》は、ダークゾーンにおいてランタンよりも遥かに広い範囲を照らす。
発動時に発せられる退魔の光は術者より弱い敵を遠ざけ、さらには味方の各種耐性をも微増させる有用なスキルだった。