三章 幽霊囃子 ⑪

 すかさずナユタに後ろからえりくびつかまれ、どうにか転ばずにみとどまる。

 かべたいしたかいてんとびらおくには、細い一本道の通路と、上層へ続く木造の階段が見えていた。


「あ、ありがとー、なゆさん……わお、大当たり?」

「ですね。ヤナギさんが上にいるといいんですが──」


 うすぐらかくし通路をけて、二人は階段を上り始める。

 祭りばやの音色が近い。

 奏者たちせんとうになる可能性もこうりよしつつ、コヨミは背負ったしのびがたなに手をかけた。

 階段で見上げるナユタの背中は、いつものことながらどこかはかない。はなすとふらりと消えてしまいそうな印象さえただよう。

 それがこわくて、コヨミはついかのじよのことを構い過ぎてしまう。

 ゆうれいよりも、ゾンビよりも、びようとらよりも──コヨミにとっては、「気づいていて何もできなかった」というたぐいこうかいのほうがよほどこわい。

 階上へと急ぐナユタからおくれぬよう、コヨミはかのじよの背を追いかける。

 段をむ二人分の足音は、階上のはやと混ざって打楽器のようにリズミカルに、それでいてどこか物悲しくひびいていた。





 階上へ上がると同時に、ナユタは背後のコヨミへ注意をうながした。


「コヨミさん、ダークゾーンです。ランタンの用意をしますから、少し待ってください」

「りょーかい……うう。私、ダークゾーン苦手なんだよね……だいたいなんかこわけがあるし……」


 ナユタのそでつかみながら、かのじよおびえた声をらした。

 百八のかいにおけるダンジョンはおおむうすぐらいものだが、光源らしい光源がなくとも、ある程度までは周囲をあくできるよう調整されている。

 ただしダークゾーンに関しては完全にしつこくやみとなってしまい、ランタンを使っても数歩先までしかかくにんできない。

 暗くて見えないその空間に、はやの音色がせいだいひびいている。


(包囲されていたらやつかいだけれど……)


 音のはんきよう具合からして、ここは通路ではなくそこそこ広い空間のようだった。

 ランタンの明かりに照らされて、数歩先までいたきのゆかかびがる。

 同時にナユタは、てんじようの異常さに気づいた。


「……コヨミさん。びっくりしないように言っておきますが、てんじようがとてもグロテスクなことになっています。なるべく見ないでくださいね」

「え? てんじようって……ぎゃああっ!?」


 コヨミの悲鳴は女子らしからぬあらいものだった。

 てんじようくしていたのは、だいじやの群──を模したちようこくである。

 本物のへびではないが、せいこううろこの模様を刻まれた太いどうたいいくにも連なり、ところどころにかまくびが生えていた。

 ランタンの照らすはんせまいせいで、見えているのはごく一部だが、おそらくはかなりこうはんに続いているものと予想できる。


「……しゅ、しゆ悪ぅ……」

ふん作りだけが目的ならいいんですが……本物のへびまぎれていて、しゆうけてきそうな気がします。じゆうぶんけいかいして進みましょう」


 コヨミがこくこくとうなずき、ナユタのひだりうでにがっちりとしがみついた。動きにくいのは困るが、はぐれる心配がないのはありがたい。

 祭りばやの音がどの方向から来ているのか、ナユタは耳をませてしんちようさぐった。

 はんきようはさほどでもなく、耳を向ける方向によって明確に大きさのちがいがわかる。

 同じ階層にいるのはちがいないらしい。

 見当をつけた方向に歩き出したたん、ナユタの眼前にへびが降ってきた。


「フギャ───ッ!」


 ねこのような悲鳴をあげて、コヨミがしのびがたなりあげる。

 へびは地に落ちきる前にどうを両断され、あまりのはやわざにナユタは改めて感服した。


「さすがです、コヨミさん。その反射神経は私にも真似まねできません」

「なんで平気なの!? なんで平気なの!? 大事なことだから何回でも聞くけど、なんで平気なの、なゆさん!?」


 はんきようらんのコヨミを間近で見ているせいで、逆に冷静になっている──とはさすがに言いにくい。


「私、へびはそんなに苦手でもないので……もちろんさわったりはしませんけれど、足が多い虫とかのほうが苦手ですし」

「私も虫は苦手だけど、そうじゃなくて! この暗い中でてんじようからへびがボタボタ降ってきてるんだよ!? もうちょっとびびるでしょ、ふつー!」

「ボタボタって、まだ最初の一ぴきですが……それが落ちきる前に、反射的にクリティカルヒットを決めるコヨミさんのほうが、割と常識外れな気もします」


 こればかりはステータスがうんぬんではなく、本人の資質である。

 前回のとつにゆう、コヨミはてんで半魚人の不意打ちに負けたと言っていたが、ナユタにしてみれば、かのじよの不意を打てた敵のほうをめたい。大方、れた石で足でもすべらせたのだろうが、こと反射神経でコヨミを上回るのは至難のわざだった。

 その後もへびが落ちてくるたびにコヨミの刀がひらめく様を見物しながら、ナユタはたんたんと祭りばやの音に近づいていく。

 相手も移動しているらしく、きよはなかなか縮まらないが、それはそれで「ゴールに近づいている」と判断することもできる。

 そして仮にゴールが近いとなると──気になるのは、ヤナギのことだった。


「……ヤナギさん、無事だといいですね。一回二回のリタイアは仕方ないにせよ、慣れていない初心者の方ですし、ちゃんとお一人でここまで来られるかどうか……」


 コヨミが首をかしげた。


「……そういや、あのきつねめんの子が、なんか変なこと言ってたんだけど……さっきさ、〝お姉ちゃんは別にいいや〟って言われたって、なゆさんにも話したよね?」

「ああ、合流直後にそんな話をしてましたね。あとおぐろべったりからかんあつかいされたとか」


 コヨミが頭をかかむ。


さわってないっつーのに! なゆさんみたいな美少女相手ならともかく、何が悲しくてあんな文字通りのバケモノの乳なんか! そもそも同性だからかんじゃなくてじよだし! ……じゃなくて、そっちはどーでもいいの! きつねめんの子の話!」


 わめきながら、コヨミはまた降ってきたへびを一刀のもとに切り捨てた。

 コヨミがこわがりなのは周囲のじようきようが見えすぎるせいかもしれないと、ナユタはしみじみ思う。


「で、〝お姉ちゃんは別にいい〟ってどういう意味か、めようとしたらさ。〝つうがんってね〟って言われちゃって……もしかしてだけど、あのAIって、プレイヤーにあわせた難易度調整とか担当してない?」


 ナユタは思わずをしばたたかせた。


「なるほど……コヨミさん、よく気づきましたね。確かにそういうけは有り得ると思います。むしろ……いろいろとに落ちました」


 つまるところ、あのきつねめんわらべはこのクエストの《管理者》なのかもしれない。


「AIにクエストの調整を任せるって、百八のかいではちょっとめずらしいですよね。すいしようレベルに足りなければレベルを上げてちようせんする、簡単なクエストならそのまま楽々クリア、っていうのがつうだと思ってました」


 ナユタのてきを受けて、コヨミが声をひそめた。


「そりゃ、だって……このゲームを、自分の死後におじいちゃんが一人でプレイするかもしれない、って思ったら──必要でしょ、難度調整。低レベルで簡単にクリアできる仕様にしたら、他のプレイヤーには簡単すぎるし、かといって新参のおじいちゃんが絶対にクリアできない難度だとかわいそうだし……」


 ──ヤナギには、あまり時間がない。

 そのことはおそらく、制作者のきよふみもわかっていたのだろう。


「でもそうなると……運営側が、テスト用にヤナギさんのレベルを引き上げたのって余計なお世話だったのかもしれませんね」


 コヨミが首を横にる。


「そうでもないと思うよ。とらっちが言ってたでしょ? 〝レベル1じゃ絶対にクリアできない〟って……あれって、配信前に運営側で難度調整をしたからこそ言える言葉だよね?」


 あ、とナユタは思わず声をあげた。

 とらの話は運営側として当然の内容だっただけに聞き流してしまったが、コヨミの推測が正しいとすれば、その調整こそがAIの仕事を一つうばったことになる。

 きよふみは「だれでもクリアできる難度」を目指し、難度調整用のAIを用意した。

 しかし運営はそれをよしとせず、「ある程度以上のレベルでなければクリアできない」方向へと調整し直した。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影