三章 幽霊囃子 ⑩

「で、なゆさんのほうは? だいじようだった? こわい目にってない?」

「はい。特には──宝箱の成果もいまいちで残念でした」


 この返答に、コヨミはかんを持った。


「成果って言っても……そもそもこれってテストプレイだから、追加でレアアイテムを手に入れても意味ないよ? や、私もついいつものくせで、経験値とか確保しちゃってるけど」


 そうてきすると、ナユタはほうけたようなまなしでしばし固まった。


「あ……そうでしたよね。すっかり忘れてました。私もつい、いつもの習慣で」


 しっかり者のかのじよにしてはめずらしいミスだった。

 かんぬぐえないまま──コヨミは、ナユタの顔をじっと見上げる。


「……なゆさん。何かあった?」


 ナユタが不思議そうにコヨミを見下ろした。


「いいえ? 特に何も。つうたんさくしていただけですが……」


 コヨミはナユタのひとみをじっと見る。

 それは本物の

」ではない。表情などの生体情報をある程度まで反映してはいるが、あくまでVR空間において作られたキャラクターデータとしての眼球である。

 本物のナユタはアミュスフィアをかいして別の場所にいる。

 それを承知で──コヨミはなお、かのじよの色に放っておけないものを感じた。


「なゆさん。ちょっとここすわって」


 ナユタのそでを引き、その場にすわらせる。

 育ちのいいナユタは自然体で正座となり、ゆうに首をかしげた。


「コヨミさん? どうしたんですか?」


 すかさずコヨミは、りよううででナユタの頭をかかんだ。相手がすわっていれば、さすがに身長の差もめられる。

 ナユタがおどろいたように息をまらせた。


「……あ、あの……コヨミさん……?」

「……あのね、なゆさん。話したくないこととかは、別に話さなくていいと思うんだ。だれだって人に知られたくないこととかあるし、私も無理に聞こうとは思わないし……でも……でもさ──」


 コヨミはめずらしくしんちように、ゆっくりと言葉を選んだ。


あまえたい時は、何も言わずにあまえていいんだからね? もちろん話したいことがあればぶちまけていいし、どんなにしっかり者に見えたって、なゆさんはまだ女子高生で、どんなにたよりなく見えたって、こちとら一応は社会人で……つまり、えーと……ほら、何が言いたいかっていうと……」


 めずらしく真面目なことを言おうとしたせいで、どうにもうまい言葉が出てこない。

 ぐたぐだになる寸前で、コヨミは開き直った。


「要するに、なゆさんはもっと私にあまえて! 私があまえてばっかでなんかくやしいし!」

「え……ええ……?」


 ナユタが明らかにまどう声をらした。

 たださきほどまでのかのじよちがい、空っぽだった部分に何かがもどってきたような印象がある。それはコヨミのさつかくかもしれなかったが、少なくとも悪い変化ではない。


「はあ……まあ……そのうち、何か弱音をくこともあるかとは思いますが……」

「そうそう。そういうの待ってるから。悪い男とかに引っかかる前にちゃんと相談してね? なんならおおさかで同居する? 部屋空いてるよ?」

「……まあ、他意はないものとして受け取っておきますが──同居はさすがにえんりよしておきます。それよりヤナギさんを探しましょう。たんていさんはどうでもいいですが、ヤナギさんと合流しないことにはおちおちクリアもできません」


 ほうようを解きつつ、コヨミもうなずいた。


「だよねえ。まだ楽器、手に入れてないのかな……? リタイアしてないといいけど……」

「とはいえテストプレイですから、デスペナルティなしですぐに復帰できます。時間はかかっても、いずれは合流できるはずです」

「うん。問題は何処どこにいるかだよね。私の通ってきたルートとなゆさんの通ってきたルートを除外して、他の方向となると……」


 コヨミの視線は、自然と上を向いた。

 コヨミはてんから一階部分を中心にめぐってきた。

 ナユタも地下と一階をメインに動き回っていたはずで、ワープゾーンだらけの広大な城といえど、さすがにこの階層ではほとんどのしよを調べたように思える。

 問題は──


「……なゆさん。上の階に進む階段って何処どこかで見かけた?」


 ナユタが首を横にった。


「地下からこの一階へ上がる階段はありましたが……二階より上に続く階段は、まだ見つけていません」


 さすがにおかしい。


(……ってことは……どこかにかくし階段かワープゾーンがあるのかな?)


 コヨミとナユタは目配せをかわす。

 他のクエストでも共にこうりやくを進めてきた仲だけに、このあたりの予測は口に出さずとも伝わる。


「どうします? 二手に分かれて調べますか?」

「それはやだっ!」


 そくきよぜつし、コヨミはナユタのうでにまとわりついた。


「なゆさんは平気でも、私のメンタルはもう割と限界っ! ガチでこわかったんだからね!? とりあえずいつしよに動くのは大前提として……なんかヒントとかないのかな。上の階に行けるような──」


 ナユタが真顔で思案する。


「そういうなぞきはあのたんていさんが得意そうですが……たぶん、楽器を鳴らすとかくし階段が見えるとか、かくしスイッチをすと階段が降りてくるとか、そういう系統かと──」

「あー。ありそう……どっちみち、まだしばらく右往左往するしかないか。ヤナギさん何処どこかなぁ……」


 暗いろうを並んで歩き出しながら、コヨミはふと異音に気づいた。

 ──何処どこか遠くで、祭りばやが鳴っている。

 これまでもたんさくちゆうにちょくちょく聞こえてはいたが、ふん作り以上の意味を読みとれずにいた。

 はやかたの姿は見えないが、改めて耳をますと──

 音色は、てんじよういたして上層階から聞こえているようにも思う。

 ナユタも同じことを感じたらしい。


「あの祭りばやって、もしかしたら上の階を練り歩いているんでしょうか?」


 姿は見えず、音色だけが聞こえる──それでいて同一階で奏者とそうぐうしない以上、冷静に考えれば、音の出所はてんじようゆかさえぎられた階上・階下のどちらかとなる。

 音色は少しずつ遠ざかりつつあった。

 コヨミはあわててナユタのうでを引っ張る。


「なゆさん! あの音、追いかけてみよう。出所はわからないけど、なるべく音が聞こえるように移動するの。もしかしたら……かくし階段のヒントかも!」


 このひらめきは確信に近かった。《ゆうれいばや》というクエスト名からしても、はやの音が何らかのかぎになっている可能性は高い。


「……なるほど。目に見えないのはゆうれいだからだけじゃなくて、そもそも階層がちがうから、ですか……なんだかだまされたような気分です」


 心なしか、ナユタの言葉は不満げに聞こえた。

 コヨミはそんなかのじよを笑い飛ばす。


「ま、こっちが勝手に誤解してただけっぽいけどね? よく考えたらこのクエスト、テキスト的にはほぼノーヒントでここまで進んでるわけだし……なんかアレだよね、〝かいしやくがプレイヤーだいで変わる〟って立ち位置を目指してるんじゃないかなー、とか……」


 ナユタがふとまゆゆがめた。

 表情の変化に気づき、コヨミは首をかしげる。


「あ……私、何か変なこと言っちゃった……?」

「いえ……コヨミさんってたまに、ど真ん中をえぐるようなするどいことを言うなぁ、って……そうですね。たぶん……その通りなんだと思います。このクエストは、プレイする人間によって見えるものが変わってくる──情報を制限することで、あえてそういう風に作ったんでしょうね」


 ナユタがうなずき、急ぎ足に歩き出した。コヨミもあわてて後を追う。

 はやの音色が遠ざかると方向を変え、時には曲がり角で引き返しつつ、二人は階上の音を追いかけてしばらく移動を続けた。


「このマップ、やっぱり自動生成だよね? ちょっと広すぎるし、構造がみようにランダムっぽいし」

「そうだと思います。ヒントに気づかない限り、延々と迷い続ける羽目になりそうですね」


 話しながらもナユタの足は止まらない。

 やがて二人が辿たどいた先は、しつくいかべに囲まれたふくろ小路こうじだった。

 祭りばやの音色は頭上をとおけ、かべの向こう側へと進んでいく。


「……なゆさん。あそこ」

「……はい。あやしいです」


 やみの中にぼんやりといたしつくいしらかべは、見た目としては何のへんてつもないただの行き止まりだった。

 頭上の祭りばやがなければ無視するところだが、さすがに今はどおりできない。

 かくしスイッチのたぐいを探すつもりで、コヨミはかべに手をえた。

 ──たちまち、ぐるりとかべが回る。


「うわおっ!?」

「コヨミさん!?」


 あまりにスムーズな動きにおどろいて、コヨミはそのまま前のめりにたおれかけた。かべが支えにならず、つかまる場所もまるでない。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影