三章 幽霊囃子 ⑨

 わらべなつかしげにつぶやき、中空にメニューウィンドウを開いてみせた。


(この子は、きよふみの作業を手伝ってくれていたのか……)


 つまりは、人工知能とはいえ友人の一人なのかもしれない。

 ヤナギは深々と頭を下げた。


「孫が、たいへん世話になりましたようで──」


 きつねめんわらべが笑い出した。


「おじいちゃん、やっぱりいい人だね。きよふみが言ってた通りだ。あのいくさ巫女みこのお姉ちゃんとたんていさんは、ちょっとかんするどすぎてあつかいに困るけど……にんじやの子とおじいちゃんには、がんってクリアしてしいかな」


 ブランコをぎながら、わらべきつねに向けて手をった。

 白いきつねの片方が、しゃなりしゃなりとヤナギのあしもとへ近づく。


「こん」


 小さく一声鳴くと、その前足の上につづみが現れた。

 おもむろに差し出されたその楽器を、ヤナギはしんちように受け取る。


「この楽器はもしや、仲間と合流するために必要な……?」

「うん。どうせあの大広間をとつしたら手に入るものなんだけれど、おじいちゃん、急いでいるみたいだし。にんじやの子もちょっと前に手に入れたみたいだから、すぐに合流できると思うよ」


 どうやらコヨミも、今回はしゆく進めているらしい。

 礼を言うために顔をあげると、もうそこにはだれもいなかった。

 きつねめんわらべはもちろん、二ひきびやつふくめ、かげも形もない。

 ゆうれいもかくやのとうとつな消え方に、ヤナギはしばしあつにとられる。


「……はてさて、なんともめんような……」


 やがてみをこぼしたかれは、無人の庭園に深々と一礼を送り──

 しやくじようきながら、暗い大広間へと再びもどっていった。





 コヨミは陽気に歌いながら、城内の長いろうをびくびくと歩いていた。


「……やーっつのおーいしーさ、やーなぎーもちー……♪ おーみやーげうーれしーい、おー徳ー用ー……♪」


 ヤナギの会社、なぎりゆうぜんどうが流していた一昔前のCMソングだが、特に好きな歌というわけではない。

 歌っているのは独りのきようすため、選曲は関係者アピールをしてトラップの演出にせめてもの手心を加えてもらえないかと期待してのものであり、早い話がかのじよは今、とてもおびえている。

 たんさくから入手した楽器、《十六夜いざよいかね》をのようにガンガンと鳴らし続けているのも、ぜいもへったくれもなく、ただただだれかと早く合流したい一心からだった。


「うううっ……! だれもいねえー! なによ、楽器見つけたらなゆさんと合流できるはずでしょー!? なんでこんなじようきようで城内歩き回らなきゃいけないの聞いてない有り得ないふざけんな責任者でて……あーごめんごめんごめんやっぱ出てこなくていいこわこわこわいぃっ!」


 音にさそわれて寄ってきた蝙蝠こうもりを、しのびがたないちげきほうむりつつ、コヨミは泣き言を続ける。


「なゆさんどこー!? ヤナギさんでもいいよー! でもたんていさんはガチでどーでもいい! てゆーかたんていさんとなゆさんが二人きりでイチャついてたりしたら私キレるから! イチャついてなくてもキレるから!」


 きようのあまり勢いで適当なことをさけんでいるだけだが、ナユタと早く合流したいのはまがう事なき本音だった。

 さわぐうちに、ろうの角からりようへいの群がわらわらといてくる。

 かれらはがいこつしやれつばんである。がいこつしやさむらいとするならば、このりようへいたちの立ち位置はあしがるに近い。

 見た目は和風軽装のゾンビそのもので動きもにぶいが、数多く出現するために油断すると背後をとられてしまう。


「ひっ!? で、出たああっ!?」


 現れた大群におぞち、コヨミはしのびがたなはなつ。


「こないでー! 来んなー! 近づいたらのろってやるぅぅぅぅっ!」


 そんなぜつきようとともに──

 かのじよは迷うことなく一直線に、敵の真正面へとんだ。

 二体まとめて首をはね、飛んだ頭の一つをばして敵の注意をさそい、そのすきに身を低くしてさらむ。

 複数の兵のひざしたようしやなくはらい、立っていられずに転げた敵の上へとどめのやいばを次々にり下ろし、あまりの勢いにきようこう状態となった残りの敵の退路へばやふさがる。


「きゃああああっ! こわいっ! こわいっ! だれか助けてぇぇぇぇっ!」


 ほとんど泣きながらるわれるコヨミの刀は、いつせんごとに確実に敵をほふっていく。声や表情とは裏腹に、動きには一分のもない。

 そんなコヨミにおびえてそうとするあわれなりようへいたちは、次々にきようじんじきとなり、くさりかけのしかばねさらしていった。


「ひぐっ……! えぐっ……! もおやだぁぁ……」


 あらかたの始末を終えて子供のように泣きじゃくるコヨミのあしもとから、ひんりようへいってげようとした。

 コヨミは視線も向けずに敵の背へぶすりとやいばて、ぐりぐりとしを加えた上で、わずかばかりの経験値とほうしようきんを確実に入手する。

 おくれてきゆうえんに来たじよろう蜘蛛ぐもにんすらせず火薬玉でばし、かのじよはアームウォーマーでぐしぐしと返り血をぬぐった。


「ううっ……いたいけな乙女おとめに集団でおそいかかってくるとか、ちくすぎる……セクハラでうつたえてやるぅぅ……」


 しようたたいて再び歩き出しながら、かのじよふるえる声でまた歌い出す。


「……やーっつのおーいしーさ、やーなぎーもちー……♪ 死ーにたーいやーつかーら前ーへ出ろー……♪」


 きようのためか、歌詞がみように変わってしまった。

 あわよくばとバックアタックをねらっていた一ぴきのイタチが、何もできずにガタガタとふるえながらその背を見送る。

 ──きよういだく者が常に弱者とは限らない。一ぴきのゴキブリにおびえる人間が、そのゴキブリよりも弱いという保証は何処どこにもない。

 しようを鳴らす小さなさつりくしやあんしゆんかんおとずれたのは、それから数分後のことだった。


「……コヨミさん? 何で歌ってるんですか……?」

「…………な、なゆさぁぁぁんっ!? わあああああっ!」


 曲がり角から現れたいくさ巫女みこの美少女に、コヨミははじも外聞もなく飛びついた。

 どさくさまぎれで豊かな胸に顔をうずめてデータ上のやわらかさをたんのうしつつ、演技ではないえつらす。


「こ、こ、こわかったよおおっ……! なゆさんおそいぃー! 楽器入手してから一時間以上ってるのにぃー!」

「あー……すみません。色々とたんさくしていて……城内が広すぎる上に、自動生成のゾーンもあるみたいなんです。マッピングがあんまり役に立たなくて困りました」


 きつくコヨミの頭をどもあつかいにでながら、ナユタがいつも通りのれいな声をした。

 視界のはしに見えたからかさけへばやないを投げつけつつ、コヨミはあんの深呼吸をかえす。


「ううう……やっと……やっと合流できたぁぁ……もうね、ほんと大変だったの。きつねめんの子は顔だけ出して〝お姉ちゃんは別にいいや〟とか言い残してすぐ消えちゃうし、頭の上からに鳥のふん落とされるし、てんコーナーをけたらおぐろべったりからかんあつかいされるし、まよんだお茶室ではぬらりひょんにお茶をてられて正座で足がしびれるし……おちやはおいしかったけど!」

「…………なんだか、ずいぶんかいなことになっていたみたいですね」


 コヨミとしてはきようの体験談を話したつもりだったが、ナユタには伝わらなかったらしい。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影