三章 幽霊囃子 ⑧

 てんじよういたの木目が示す矢印に沿いここまで来たが、きつねめんわらべは少し顔を見せた程度で、特に会話もなく消えてしまった。

 前を見れば、大広間の果てにはれいな絵のえがかれたふすまが連なっている。

 ヤナギが足を止めたのは、クレーヴェルからの注意こうを思い出したためである。

 とびらふすまを開けた先では、敵がせをしていることが多い──

 それはホラーのお約束でもあるらしい。

 立ち止まりついでに、ヤナギはふすまの絵をじっとながめた。ヒントは観察することで見つかると、さきほど学んだばかりである。


(はて……あのふすまは、ずいぶんと大きなもののような……?)


 十枚ほどで一つの絵となっているらしい。

 和を思わせるすみのタッチはしゆういつで、色はなくともせんとうの光景がはっきりとわかる形でえがかれている。

 けんかくさむらいにんじや、神官──職業はおおむねばらばらだが、かれらは一様に、中央に立つきよだいりゆうへと立ち向かっていた。

 左右からきようげきする構図は、見る者が見れば複数のスクリーンショットをすみのタッチで加工し組み合わせたものと察しがついただろうが、ヤナギにそこまでのはない。

 そしてそこにえがかれたうちの一人は、ヤナギのよく知る人物だった。


(……きよふみ……?)


 きつねめんわらべは、きよふみが幼いころの姿である。

 一方、ふすまえがかれているのは、くなる直前──十代半ばの、やや大人びた少年のきよふみだった。

 つえを片手に、かれは美しい少女けんえんをしている。

 少女のけんは反対側にももう一人おり、二人の姿はまいのようによく似ていた。

 やくどうかんに満ちたふすまが、ヤナギにはどうも引っかかる。


(あの絵は、もしや……きよふみと、友人たちえがいたものか……?)


 入院生活が長く、体も不自由だったきよふみは、りようようのVR空間で似たきようぐうの子供たちと出会い、かれらと友人になっていた。

《セリーンガーデン》と名付けられた箱庭から飛び出し、《アスカ・エンパイア》にぼうけんたいを求めたかれらの通り名は、確か──



「……《スリーピング・ナイツ》──」



 ヤナギは無意識のうちに、孫との会話で聞き慣れていたその単語をつぶやいた。

 ──変化は劇的だった。

 正面に連なっていたふすまが、まるでバネけのように勢いよく左右へ引かれていく。

 そしてひらかれた光景に、かれを疑った。

 白い石柱が立ち並び、草花がほこる緑の草原──

 陽光はまぶしく空は青く、流れてくる風はさわやかで心地ここちいい。

 明らかに城の中などではないが、そんな空間が暗い大広間と直接につながっている。

 たんていからの注意も忘れ、ヤナギはさそまれるように歩を進めた。

 みしめた草と土のかんしよくまどいながら、ヤナギは改めて周囲を見回す。

 人の気配はない。当然、敵の気配もない。

 彼方かなたには山々のりようせんが青く見え、近くには白いブランコやベンチ、石のテーブルなどが配置されている。

 通路のようにいしだたみかれているが、地表のほとんどは芝生しばふで、至るところにあざやかな花々が群生している。

 そしてかえれば、さきほどまでの暗い大広間がそこにある。

 場面の変わりようにまどいつつ、ヤナギは編みがさを外した。

 数歩も進まないうちに、かれは美しい庭園のかたすみきよだいせきを見つけた。

 シルエットはややいびつながら、それこそ十連のふすまにもひつてきするサイズで、よくみがかれた表面は美しいこうたくを放っている。

 ゆっくりと歩み寄ったヤナギは、その表面にまれたたくさんの文字をちゆうから読み進めた。


「……六月八日、オオナムチとうばつ──六月十日、ほうらいじゆを入手、六月十三日、キヨミハラでバーベキューパーティー……」


 それは《スリーピング・ナイツ》の活動記録だった。

 出来事のれつが続く中に、いくつかの太字が目に留まる。


「……ランとユウキの誕生日パーティー、メリダの誕生日パーティー…………クロービスの誕生日パーティー……」


《クロービス》とは、きよふみのプレイヤーとしての名である。

 それぞれの文字列をクリックすると、中空に記念写真のスクリーンショットが飛び出てきた。

 そこではゲームの中のきよふみ──クロービスと、かれの仲間たちが楽しげに笑っている。

 しばらくせきぎようした末、ヤナギはついがしらさえた。

 悲しくてなみだが出たわけではない。

 ──大半をびようしようで過ごした孫の一生は、人よりも短く、何も楽しいことのない人生だとばかり思っていた。

 ゲームなどしよせん、人生のだいたいぶつであり、気休め程度のものでしかないと思っていた。

 ──そうではなかった。

 きよふみは、確かに、で。

 友人たちと共に、《生きていた》。

 その事実を、ヤナギは今、初めて実感する。

 孫がここで確かに生きていたことが、今はただしよううれしい。そして同時に、かんちがいから孫を「不幸」

だと決めつけていた自分をずかしく思う。

 えつと共にもくとうささげていたヤナギは、ふと背後に人の足音を聞いた。

 なみだのままかえると、そこにはきつねめんわらべがいる。

 一人ではない。

 稲荷いなりの使いを思わせる白いきつねを二ひき、左右に従わせている。

 ちょこんと前足をそろえてすわみ、さながら石像のぜいだが、毛並みは美しく清らかだった。


「……きよふみ……か?」


 ふるえる声で問いかけると、わらべは不思議そうに首をかしげた。


きよふみは、もう死んじゃったよ?」


 わらべは事も無げに断言した。

 ヤナギは絶句する。

 当たり前のことではある。だが、心のおくでは別の答えを期待していた。本人ではないにせよ、その分身、あるいはおくいだ存在──そういった、ゆうれい以外であっても何か関係のある答えが来るものと思いこんでいた。

 しかしわらべの声は、いつさいの誤解を許さない明朗かつたつなものだった。


「死んだ人は生き返らないし、ゆうれいになって出てきたりもしない。きよふみもそういうの、まったく信じてなかったよ。だからむしろ残念がってた。まぼろしでもいいから、死んだ人にもまた会えたらいいのに、って──だから、みんなのおくの中にいる〝ゆうれい〟と会えるけを実装したんだ。ちょっと時間が足りなくて、だれがどんな姿で出てくるかとかは本人だいになっちゃったけど……おじいちゃんはどう思う?」


 きよふみとほぼ同じ声で、わらべが問う。

 心を乱しつつ、ヤナギはうなずいた。


「……そう……ですな。たとえまぼろしと承知でも……会いたいと思ってしまうのが、人の弱さやもしれません──」


 わらべがまた首をかしげる。


「弱さじゃないよ。別に悪いことじゃないし、会いたいなら会えばいい。それを本物だと思いこんじゃうと良くないけれど、動いて話せるただの〝アルバム〟だと思えば、別に何もおかしくないでしょ? 技術の進歩って、そういうものだと思う。これは〝きよふみ〟からの受け売りだけど」


 わらべの返答を受けて、ヤナギは思案をめぐらせる。


「……君は、つまり……きよふみに作られた人工知能、ということかな?」

「うん。本当は秘密なんだけど、きよふみを知っている人には誤解されないように、話しちゃっていいんだ。あと──を見つけられた人も特別」


 わらべきつねたちをその場に残し、近くのブランコにこしけ、きぃこきぃことぎ始めた。


「それにしても、ここは一体……城内とは、あまりにふんちがいますが──」


 ヤナギは目元をぬぐい、改めて周囲を見回す。

 わらべたんたんと応じた。


「ここはスリーピング・ナイツの《記録室》。メンバー以外の人が見つけちゃったのは想定外だけど……あのふすまを見て《スリーピング・ナイツ》ってキーワードをつぶやくと、この空間につながるんだ。きよふみのちょっとした悪戯いたずら……っていうより、思い出のアルバムかな。クエストの制作中も、きよふみぼくはよくここでいつしよに作業したんだよ」

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影