三章 幽霊囃子 ⑦

 フルダイブ技術自体がすいみんすいに近い要素をはらんではいるが、それはあくまで脳の機械的せいぎよによって起きている事象であり、たとえゲームの中でもすいみんひつとなる。

 SAO事件のがいしやたちも日々、ゲームの中ですいみんをとっていたし、ねむること自体は特にめずらしくもない。

 ただし今のクレーヴェルは、そうした身体的な生理現象とは別に、強制的かつしゆんかんてきねむらされ──そして〝夢〟を見せられた。

 それこそが、なぎきよふみけた《ゆうれい》の正体である。


「データとしては存在しないはずの、個人のくなった友人知人を模したゆうれい──その正体は、本人のおくの中にあるきよぞうです。プレイヤーを数秒単位でねむらせ、そのわずかな時間に脳へげきあたえ、故人のげんえいを見せる。我々が見ていたゆうれいはゲーム内に反映されたデータなどではなく、〝自身のおくそのもの〟だった──そういうことでしょう?」


 クレーヴェルの推測通りだとすれば、これは特に目新しい技術ではない。ゆうたいだつや臨死体験といったしんれい現象は、その多くが脳の見せるまぼろしだと言われている。

 VRMMOなどかげも形もなかった時代にも、そくとうようのシルビウスこうに電気的なげきあたえることで、じんてきに臨死体験を引き起こす例は報告されていた。

 無論、同じげきあたえたからといってばんにんに同じ現象が起きるわけではない。実験結果には個人差も大きく、テストプレイヤーたちが何も見ていないという事実も、この推論を補強していた。

 人間の脳には、《げんかくを見る機能》が最初から備わっている。

 多くの人間は夢という形でそれを体感するが、VR技術もまた、そんな脳の機能を機械的にあやつすべに他ならない。

 とらが浅くたんそくした。


『……検証はこれからだが、おそらくそれで正解だ。今のいつしゆんだけ、君はフルダイブシステムからのかんしようによって短い夢を見せられた。夢の中だから当然、通信機能もアイテムも使えない。この技術のきもは、夢の背景をゲーム内の光景といつさせることだな。しかも時間が短いせいで夢と気づかず、ゲームの中でゆうれいに出会ったとさつかくしてしまう──タネがわかってみればなんのことはない。まさしく正体見たりばなだ。個人の夢だから、何を見たのかはログにも残らないし、そもそもデータにも存在しない。とんだゴーストだ』


 事情が明らかになったというのに、とらの声は苦々しい。


「……とらさん、何か言いたげですね?」

『わかっているくせに聞くんじゃないよ……こいつは規約はんじゃないが、りんに反している。出てくる故人との関係性にもよるが、トラウマをえぐられて平気な人間はそうそういない。うちのテストプレイヤーたちにこのけが発動しなかったのは、けとのあいしよう問題か、あるいはたまたま身内に故人がいなかったとか、そんな程度の理由だろう。逆にいえば──深い〝傷〟をかかえている人間ほど、このけから強い精神的ダメージを受ける。あくしゆだ』


 クレーヴェルはついした。


「ホラーがあくしゆなのは当然でしょう。いや……言いたいことはわかりますよ。きよふみという少年がどんなつもりでこんなけを作ったのか。そこは確かに気になります。他人の傷をえぐって喜ぶような人間だったとすれば、あまりめられた話ではありませんが──」


 たんていちがい、とらは笑わない。


『どのみち修正が必要だ。このまま再配信はできない。どこで入手した技術だかわからんが、子供がおもしろ半分で作ったにしてはせいこうけだ。だれか……それこそ研究者かげんえきの開発者から、技術きようを受けたと見ていい』


 この点に関して、クレーヴェルの見解はとらとは少しちがう。


「それは……どうでしょう? このけはかれが独自に作ったものかもしれませんよ。こんなクエストを個人で、それも短期間のうちに制作できた時点で、かれの才能はちがいなく本物です。もちろん、専門家の研究成果等を参考にはしているでしょうが……発想はともかく、技術的にはさほど無茶なことをやっているわけでもありません。〝プレイヤーに、ゲーム内の背景を流用した故人の夢を数秒間だけ見せる〟──私の場合はたまたま、くなった親友が出てきましたが、コヨミじようなんて以前に飼っていたせいぶつが出てきたそうですよ。大多数の人間にとっては、〝ちょっとおどろいた〟程度の効果しかもたらさないように思います」


 このようとらうなった。


『大多数はそれでいい。さっきも言った通り、問題は〝少数〟の本当に傷をかかえている人々のケースだ。さっき、君に〝このまま続けられるか?〟と聞いたね? 君は演技が上手うまくて冷静ちんちやくだ。だがそんな君でも、バイタルはうそをつかない──しんぱく、血圧、脳波、いずれも今のしゆんかんに、きわめて大きな変動を示した。今はもう落ち着いているが──今回の配信停止のほつたんとなった大学生も、強いしようげきを受けて気絶し、病院へかつまれたわけだ。危険がないとはとても言えない』


 たんてい鹿しかぼうぶかかぶり直す。


「……そんなにどうようしてましたか。実の所、にせものとはいえ……ほんの少し、会えてうれしかったんですけれどね」


 強がりではない。

 痛ましい姿を見せられたことはつらいが、ヤクモはクレーヴェルにとって、まがうことなき親友であり戦友だった。

 同じ大学で知り合い、警察学校でも同期となり、共に警察官となってからは上司のをこぼしあうあいだがらだった。

 肉体的にも頭脳的にも、あらゆる面で警官としての平均点をほんの少しずつ上回る文字通りのようびんぼうで、特段、すぐれた特技がない代わりに弱点も見あたらない──そんな青年だった。

 クレーヴェルはうすわらいとともに、通信機しのとらなごやかに話しかける。


「ともあれ、判断は最後まで進んでからでいいでしょう。そもそもしんぱくや血圧の変化までうんぬんというなら、ホラーというジャンル自体が危険という見方もできます。《びようとら退たい》とか……あれ、うつたえられたらいい勝負になりそうですよ? こっちのけなんてかわいいものです」

『あれはなあ……正直、私もどうかと思ったんだが。いや、しかしあれは全員に対して公平なこわさだ。今回のように、個人のトラウマをえぐるようなしろものじゃない』


 たんていを細めた。


とらさん。トラウマっていうのは──放置しておくと、傷口がくさることもあるんです。そうなる前に、えぐってでもかさぶたにして、痛みに慣れるのも一つの対処法かと思います」

『ふむ……えぐったせいでよりひどのうした場合は?』

「……ま、おいおい考えましょう」


 舌先三寸で言いくるめられる相手でもなかった。

 たんていろうに歩を進める。

 ──〝ヤナギにこのクエストをプレイさせる〟という本来の目的を果たしつつある以上、あえてとらほんさせる必要はない。このクエストが配信停止のままになろうと再配信されようと、それはらいと関係のないことがらである。

 だが、クレーヴェルはすでに《なぎきよふみ》からのメッセージを受け取ってしまった。

 コヨミもヤナギも気づいていない。ナユタは気づいているかもしれないが、かのじよは思考を心にくせがある。

 きよふみという少年のさいの意志が《ここ》にある以上──クエストの配信停止をこのまま座視するのは、少々後味が悪い。


(さて……いったいどんなくつをつけて、この〝守護者〟を心変わりさせたものか──)


 エラー検証室、室長のとらは、味方としてはたよりになる反面、説得すべき相手としてはなかなかごわい。

 逆の見方をすれば、この難物さえ説得できれば、同じ論法で上層部の理解を得られる。

 とらを借るきつねよろしく、クレーヴェルはかれを化かさなければならない。

 うすくちびるをぺろりと舌で湿しめし、探偵は愛用のステッキをくるりと一回転させた。





 果てがないと思えた大広間に終わりが見えてきた時、ヤナギは立ち止まって小休止をいれた。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット3の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレット2の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ クローバーズ・リグレットの書影