「そうだ、レンちゃん」
「なにー? ピトさん」
「《スクワッド・ジャム》って大会を開催するってニュースメールは、読んだ? 今朝来てたんだけど」
「…………。イカの……、ジャム?」
「うわっ! 変なもん想像させないでよ!」
「でも、イカの塩辛って、言わば……、それじゃない?」
「ま……、そうね。そうかもね」
「わたし、結構好き! で、ほかほかのご飯と一緒に食べるの!」
「私はお酒のつまみ。どっちかというと、酒盗の方が好きだけど」
「酒盗いいよね! 盗みたくなるよね!」
「あんた……、私の記憶が確かなら、リアルワールドでは未成年でしょ?」
「もちろんお酒なんて飲まないよ。でも、つまみは好きなのですよ。父や兄達がお酒を飲むとね、ウチじゃ必ず出てくるからね」
「なるほど……。兄が複数いるのか。また、リアルのことばらしちゃったね、レンちゃん」
「あ……」
「まあ、私は別にどうこうしないけど、会話には気をつけてね。特に、私達みたいな女子は。細かな情報を集めに集めて、ときに鎌をかけて聞き出して、ネット検索を駆使してリアルを割り出しちゃうヤツ、結構いるから」
「気をつけます……。ありがとうございます」
「ほらまた敬語! 要らない! 〝この世界〟では誰もが対等! タメる! タメるとき! タメろ!」
「がってん! ピトさん!」
「よしよし。──って今はゲーム大会の話! 何がかなしゅーて、女二人でイカの塩辛の話をしなきゃならんのかね? しかもヴァーチャルオンラインゲームの中で!」
「まあ、確かに」
「しかも、砂漠で銃を抱えてね」
「不思議だよねえ」
岩と砂の砂漠に、女が二人いました。
そこは、太陽が見えないほど、黄色くどんよりとした雲が空を覆っている世界。風がないので動きはありませんが、遠雷が鈍く光っては、不気味な唸り声を上げていました。
大地にあるのは、茶色い砂と、砂になりかけている大小様々な大きさの石と、その石を作り続けている岩。遠くにどうにか見えるのは、斜めになって立ち並ぶ、廃墟となった高層ビルの群れ。
〝殺伐〟という言葉しか似合わない場所で、二人は横に並んで、自動車ほどの大きな岩の陰で両足を前に投げ出して座り、
「で……、その、〝スク──、なんとか〟って、何?」
「よくぞ聞いてくれた!」
「いやいや、ピトさんが言い出したんだし」
「そうだっけー? あたしゃ覚えないなー」
「やれやれ、ピトさんのリアルはお婆さんでしたか」
「ああ! しまったっ!」
まるで週末のファミリーレストランにいるかのように、姦しく談笑を続けていました。ただしここでは、どんなに大声で会話しても、咎める人は誰もいません。
二人の内の一人、
「いやあ、別に隠すわけじゃないけど、いや──、リアル年齢は隠してるけどさ、そんなに年寄りでもないんだよ? もちろん、レンちゃんみたいに未成年、なんてピチピチじゃないけどさ!」
「ピトさん……。〝ピチピチ〟って、もう死語じゃない? 少なくとも、大学で使ってる人、いない」
「はい、レンちゃんは現役大学生! 前から思っていたけどやっぱりか! また一つ判明しましたー!」
「しまったあああああ!」
先ほどから〝レンちゃん〟と呼ばれているのは、女というよりは少女、を通り越して子供でした。
全身がピンクの子供でした。
ピンクといっても可愛らしい〝桃色〟ではなく、明度を落とすために茶色を混ぜ込んだ、くすんだピンクです。
150センチにだいぶ足りない身長に、華奢な体格。丸みを帯びた顔には、くりっと大きな瞳が並び、さらに見た目の年齢を押し下げています。
髪は、やや濃い目の茶色で、ボーイッシュなショートカット。その上に、ニットキャップを被っています。
ピンクなのは服装です。上下とも、形はよくある戦闘服。すなわち、カーゴパンツに似たズボンと、長袖のコンバットシャツ。腿の左右に、細長いポーチを装備しています。足には、編み上げのショートブーツ。
「ほんとー、気をつけないとだめだよー。どんどん分かっちゃうよー?」
「ピトさんが口が上手いのがいけない! この、詐欺師!」
「まあねー」
「え? わたし褒めてないよ?」
「なるほど。今からか」
「うん。その予定もないよ?」
「えー、私は〝褒められて伸びるタイプ〟なんだけどなあ」
「ピトさーん、それ、自分で言う台詞じゃないよ?」
二人の内のもう一人、先ほどから〝ピトさん〟と呼ばれているのは、黒で固めた女でした。
年齢はずっと上、二十代後半に見えました。
褐色の肌に、細面でシャープな顔立ち。美女ではあるのですが、両頰から首筋に向けて延びる、煉瓦色で幾何学模様のタトゥーが、近寄り難い雰囲気を醸し出しています。
背は高く、175センチは優に超えているでしょう。黒い髪は、高い位置でポニーテールに無造作に結わかれていました。
服装は、ほとんど黒に見える、濃紺のつなぎです。
体にぴったりなのでそのラインが分かりますが、彼女の体型は、女性らしいふくよかさを一切無視したもの。まるで筋肉標本のような、人間ではなくアンドロイドだと言えば誰もが納得するような、シャープなシルエットでした。
足先は黒いブーツ。腰には軍用の装備ベルトを巻いて、脇腹から背中にかけて、縦に長いマガジンポーチを取り付けています。
そして二人は、共通する〝あるもの〟を持っていました。
銃です。
ピンクの少女が抱いているのは、ベルギーのFNハースタル(FN)社が生み出した、《P90》。長さは50センチほど。長方形の箱の一部をえぐってグリップを設けたような、おおよそ銃には見えない異形の武器です。
中に並ぶ弾丸が見えるクリアプラスチック製のマガジンは、銃の上に潜り込むように装着されます。その装弾数は、実に50発。マシンガンを除けば、最もキャパシティの大きいマガジンの一種です。
P90も、服と同じくすんだピンク色に塗られていました。異形さも相まって、一見するとまるでオモチャです。体の小さい彼女が抱くと、派手な包み紙のクリスマスプレゼントをもらった子供のようにすら見えてきます。
もう一人、黒い美女の座る脇には、1丁のアサルト・ライフル──、つまり軍用自動小銃が、石に立てかけられて置かれていました。
世界で最も有名な銃の一つ、ロシア製の《AK─47》です。7.62×39ミリ弾が30発撃てる、湾曲したマガジンが装着されています。
「なんでもいいから他人を褒めるのは、モテテクニックの基本だよレンちゃん」
「べ、別にモテモテになりたいわけじゃないし!」
「えー、カノジョとか欲しくないの?」
「要らない。だって、女だもん」
「相手が男とか女だとか、そんな細かいことは気にするなー」
「一番重要なところだと思うけど」
黒い美女とピンクの少女が、姦しいおしゃべりを際限なく続けそうになったそのとき──、
この世界に、くぐもった爆発音が生まれました。
大地の揺れを感じるのと同時に、
「かかった!」「かかった!」
二人は雑談を止め、同時に同じことを叫ぶと、素早く立ち上がりました。黒い美女はAK─47をひっつかむと、ピンクの少女は抱いていたP90を解放すると、
「やっちまえー!」「やっちまえー!」
またも言葉を揃えて、そんな物騒な台詞を楽しそうに吐き出すと、隠れていた岩の陰から左右に分かれて飛び出しました。
50メートルほど離れた砂の平原で、地下のしかけ爆弾の爆発で舞い上がった砂埃が、静かに収まりつつありました。風がないので、ゆっくりと晴れていきます。