I ―スクワッド・ジャム―

第一章「香蓮の憂鬱」 ②

 事件直後は連日のニュースになりましたが、救出方法がつかめないまま、時は過ぎていきました。新しい死者が出るたびに、報告にも似たニュースが流れるだけになりました。

 やがて、かけがえのない誰かがとらわれている人達をのぞいて、じんわりと、人々から忘れ去られていきました。

 2年後の2024年11月、香蓮が大学受験でもうべんきようをしていたとき、SAOは再びニュースになりました。デスゲームに囚われていた人達が解放されたという、明るいニュースに。

 しかし、結果的に四千人ものプレイヤーが命を落とし、SAOは〝世界で最も人を殺したゲーム〟として、さんぜんかがやくことになってしまったのです。

 もうこんな危険なゲームはなくなる、そう思ったのはVRゲームが好きではない人間だけでした。まだ人々が囚われている間から、〝今度は安全〟という新型の機械が発売され、新しいゲームが発表されていたのです。

 記事は告げていました。


『2025年の夏現在、VRゲームの数はなおも増加を続けている。当然プレイヤー人口も急増し、そのりゆうせいは、遠からぬ過去にあんなおぞましい事件があったことなどみんな忘れてしまったかのようだ。

 五感で楽しめるゲームは今まで以上の仮想現実をもたらし、〝別の自分〟を簡単に楽しめるが、それは本当にその人に人間的な成長や真の幸福をもたらすのだろうか? 五感で何かを感じたければ、パソコンを捨てて生身で外に出ればいいではないか。かつて子供達が山野で元気に遊んだように。

 本当の痛みを感じることもできず、くう世界に慣れた若者達は、やがて大人の想像もつかないような犯罪を起こす可能性はないだろうか? 冷静な議論が待たれている』


 とまあ、記者のへんけんけんかんに満ちあふれた、真っ向からVRゲームにはんてきな記事でしたが、


「〝別の自分〟……」


 れんには、真逆のインパクトを与えてしまいました。

 香蓮は思いました。

 ゲームの中で別の自分になれば、少しは積極的に他人とコミュニケーションが取れるかもしれない。それが、現実世界でのリハビリのような効果を持つかもしれない、と。

 香蓮は、それまでまるで興味がなかったVRゲームについて、一から調べました。数少ない地元の友人の一人が実際に遊んでいることを知ると、会って話を聞きました。

 という名の友人は、


「なにそれ! ゲーム仲間が増えるなんてうれしいよ!」


 そう言ってきようしてくれて、香蓮にいろいろと教えてくれました。

 香蓮は、現在のVRゲームは、少なくともSAOのような危険なことには絶対にならないと分かりました。そして、プレイすることを決意したのです。


 やると決めた以上〝ぜんは急げ〟なのですが、実家では年配の両親が許してくれそうもないので、香蓮は里帰りを早めに切り上げて東京にもどりました。

 はね空港からでんりようはんてんに直行し、絶対に必要な物を手に入れました。

 まずは、銀色のきよだいゴーグルのような、アミュスフィア。

 この機械が、得ている感覚をすべしやだんし、架空の感覚を脳に送り込んでくれます。

 つまり作動中は失神しているようなものですが、アミュスフィアにはいくもの安全装置があります。

 実際の感覚が遮断されているとはいえ、モニターはしています。使用者のしんぱくすうきよくたんに上がったり、呼吸が長く止まったり、頭痛や腹痛などの体の不調を察知したりすると、自動シャットダウン機能が働くように設定され、これはかいじよできないのです。

 また、しんにゆう警報や火災報知器などのホームセキュリティ、きんきゆうしんそくほうや津波警報などの防災情報に連動して、やはり現実世界に戻してくれる機能もあります。

 香蓮は、ゲームもこうにゆうしました。

 たくさんあるVRゲームの中から選んだのは、美優も遊んでいる《アルヴヘイム・オンライン》──りやくしようALO。

 ファンタジー世界で、羽の生えたようせいになって冒険するというものです。


「きっとコヒーも気に入るよ! 異種族との殺し合いとかちょっと生々しいけど、それだって絶対に戦わなくちゃいけないわけじゃないんだ。れいな世界でただ飛んでみんなでしやべっているだけで、むちゃ楽しいよ!」


 が言ったとおり、サンプル画面にえがかれた、森の緑と空と水の青さがまばゆくも美しい世界は、れんの期待度を高めました。

 画面だけでこんなに綺麗なら、その中に〝居られる〟というのは、どれほど気持ちがいいものでしょう。身一つで空を飛べるというのも、心がおどります。

 美優から電話でレクチャーを受けながら、パソコンとアミュスフィアの設定を終えて、とうとう香蓮は、人生初のフルダイブにいどむことになりました。

 快適な環境がいいとのことで、香蓮はわざわざパジャマにえて、部屋はカーテンで暗くして、エアコンのスイッチを入れました。

 そして、パソコンにつなげたアミュスフィアを頭に装着し、ベッドの中で横になって、目を閉じました。


「リンク、スタート!」


 最後に音声により命じた直後──、

 香蓮の意識のすべてが、別世界に持っていかれました。

 ねむりに落ちるときのように体から感覚がけたかと思うと、いつの間にか暗い空間に立ち、音声案内を受けている自分がいました。

 現実ではないのは分かるのに、自分の意識はとてもはっきりとしています。それはまるで、思いのままに動けるめいせき

(〝これは夢だ〟と知覚している夢)

のようです。

 期待にはやる心を落ち着かせながら、香蓮は流れてきた音声案内に従って、必要なこうもくを空中にかぶキーボードに打ち込みました。

 キャラクターの名前は、本名をもじって〝レン〟にすることにして、つづりは他のキャラクターと重ならないように、全部大文字で、さらに子音を重ねて〝LLENN〟としました。

 九種類も選べる妖精種族は、美優といつしよの方がいいので、風妖精族の《シルフ》を選びました。それぞれの種族の領地からゲームが開始される設定なので、これならすぐに美優と出会えるはずです。

 全ての入力を終えて、香蓮はレンとして、ALOの世界へと降り立ち──


「な、なんで!」


 そして激しく絶望しました。



『ごめん! 私、コヒーが身長でなやんでいること、すっかり忘れてた……』


 電話の向こうでは平謝りしてくれましたが、まったくランダムに生成される《アバター》、つまりゲーム内での分身が、同種族の他のキャラクターと比べても長身の美女だったのは、彼女の責任では一切ありません。

 そして、自分の姿を鏡で見たレンがショックのあまりしんぱくすうね上がらせて、アミュスフィアの安全装置が働き、ゲーム開始たった20秒ほどで、強制的にリンクアウトさせられたことも。


『いやさ……、今さらだけど、がらアバターが多い種族もあったんだ……。ねこ妖精族の《ケットシー》とかさ……。キャラクター生成、やり直す? 追加料金、発生しちゃうけど……』


 美優の提案も、れんは断りました。

 お金の問題ではありませんでした。

 ランダムとはいえ長身にされたショックで、ALOというゲーム自体がいやになってしまっていたのです。

 VRゲームはやってみたいですが、ALOに復帰するつもりはありませんでした。そのことを、ここまで教えてくれた美優に謝罪と共に告げると、

『そっか……。残念だけどしょうがないね。いや、コヒーのそういうがんなところ、美点だと思うよ』


 つきあいの長い彼女はそう言って、だいたいあんを示してくれました。


『ねえコヒー、キャラクターの《コンバート》、って分かる?』


 それは、他のVRゲームに、今作ったばかりのレンというキャラクターを〝お引っし〟させることでした。

 今ある大多数のVRゲームのシステム骨子は、《ザ・シード》と呼ばれる、まったく同じものです。このため、一つのIDで、キャラクターの引っ越しが可能です。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインX ―ファイブ・オーディールズ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIX ―フォース・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影