I ―スクワッド・ジャム―

第一章「香蓮の憂鬱」 ③

 この場合、きたえたキャラクターの強さは、相対的に引きがれます。

 たとえば、とあるゲームで筋力を鍛えたキャラクターをコンバートすれば、新しいゲームの中でも、筋力の強いキャラクターとしてスタートできるということ。

 元のキャラクターはしようめつしますし、所持アイテムや所持金は移せませんが──、どちらにせよ、今の香蓮には関係ありません。一度作ったIDがにならないのがメリットです。

 これなら、自分の望むアバターを探すことができそうです。


『別のゲームになっちゃうけど、分からないことがあったら聞いてね! あと今度、かんざきエルザのライブチケットが手に入ったら東京に行くから、そのときはめてね!』


 美優はそう言って、最後にはちゃっかりとほうしゆうを約束させて、香蓮を送り出してくれました。

 そして香蓮は、このIDでいろいろなVRゲームに接続し、キャラクターのコンバートをしまくりました。

 とはいえ、そのたびにゲームソフトを買うわけにはいかないので、最初だけはお試し期間のある、つまり無料でできるゲームを選びました。

 ゲームの種類など、もう問いません。

 VRゲームはひやつりようらんです。

 車を運転するカーレースゲーム。飛行機をそうじゆうして空中戦を行うフライト・シミュレーション。宇宙を旅するSFアドベンチャー。数あるスポーツをヴァーチャルで楽しむもの。美女や美少女とのれんあいを楽しむもの。中には、つうに〝日常生活を送る〟というものまで。

 いくつものVRゲームの門をたたいたれんは、作られたアバターが少しでも気に入らないと、そくに別ゲームのアカウント作成に。

 そのしゆうちやくは、言い出したあきれるほどでしたが、口出しはしませんでした。


 数日後、レンは、


「見つけたあっ!」


 とあるVRゲームのスタート地点でさけんでいました。ぜつきようでした。

 くるった黄昏たそがれどきのような不気味な色の空へと、メタリックなかべちよう高層ビルが乱雑にびる異様な世界で、ミラーガラスに映るレンの姿は、


「ああ……。見つけた! 見つけた!」


 緑色のせんとうふくを着た、身長150センチにも満たないだろう、


「見つけたっ!」


 チビの少女だったのです。



 こうして、レンが身を置くことにしたゲームの名は──、

《ガンゲイル・オンライン》。

じゆう〟と〝しつぷう〟の名の通り、こうはいした世界でキャラクター達がえんりよなくたがいをち合う──、

 銃の世界でした。


          *     *     *


 2025年、11月。

 ゲームを始めて、3ヶ月以上がちました。東京にも冬がやってきました。

 しゆも少なければ、東京には友達もいない、サークル活動もしていなければアルバイトも禁止されている香蓮には、毎日ちゃんと大学に通い、予習と復習をこなしたとしても──、プレイする時間はたっぷりありました。

 平日は何時間、休日は何時間、試験前は減らす。ちようめんな性格から、ダイブする時間をきっちりと決めて、れんはガンゲイル・オンライン──、りやくしようGGOをプレイし続けました。

 VRゲームは、が言うとおり、〝素晴らしくよくできた仮想空間〟でした。

 五感をフルに使って体験できるという意味では現実と変わらないのですが、やはり仮想空間は仮想空間です。受け取る情報量の面で現実には絶対に勝てず、〝今自分がどっちにいるのか〟は、すぐに分かります。

 逆を言えば、〝どっちが現実だったっけ?〟と思いなやむ必要はないので──、

 これはある意味よくできているのかもしれない。そう香蓮は思いました。


 GGOのたいは、最終戦争でこうはいし、美しさの〝う〟の字もなくした地球です。

 空は、晴れていようがくもっていようが、また朝だろうと昼だろうと、黄色と赤の絵の具をかした筆洗いのような、くるった夕日の色をしています。

 大地に緑はきよくたんに少なく、その代わりにばくこうはいきよに満ちあふれた、ALOとは正反対の世界です。

 プレイヤー達が演じるのは、そんな地球に、宇宙船に乗ってもどってきた人達。

 さつばつとした世界で、ばつするグロテスクなモンスターや、人をおそう狂った機械をり、ときにプレイヤー同士でようしやなくち合い殺し合う。それがGGOです。

 このアバターになっていなかったら、香蓮がGGOを遊ぶことなど、決してなかったでしょう。


 使う武器は、ゲーム名の通り、じゆうです。

 GGOでの銃は、二種類に分けられます。

 一つは《光学銃》。

 ブラスター、レイガン、ビームライフル、光線銃──、呼ばれ方は様々ですが仕組みはいつしよ。SF世界らしくくうの外見と名称で、だんがんではなく、エネルギーの光を放ちます。

 エネルギーパックもふくめて小型軽量であり、射程が長く命中精度が高いというメリットがあります。同時に、そもそも1発あたりのダメージが少なく、さらに対人せんとうでは《たいこうだんぼうぎよフィールド》というアイテムによってかなり防がれてしまうというデメリットがあります。

 デザインはSFチックで、直線を組み合わせたような形状。設定上、これらのSF銃器は〝宇宙船の中で使われていたもの〟ということになっています。

 もう一つは《実弾銃》。

 こちらは、〝れ果てた地球上に本物が、または設計図が残っていた〟という設定です。実在する本物の銃を、銃器メーカーの許可を得てそのまま再現しています。

 けたたましい銃声と共に放たれるのは、質量のある弾丸。もちろんゲームの中なので〝そう見せている〟だけですが。

 メリットは、一発あたりのりよくが強く、ぼうぎよフィールドでは防げないということ。デメリットは、だんどうが風など外的要因のえいきようを受けやすいことと、だんそうが重くかさばるということ。

 そこでセオリーとして、対モンスター戦にはこうがくじゆう。対人間戦には、実弾銃を使うのがいいとされています。

 とはいえガンマニアが多いGGOでは、〝非効率上等!〟と言わんばかりに、対モンスター戦でも実弾銃しか使わないプレイヤーもいます。たとえばピトフーイのように。


 見事にチビアバターを引き当てたレンですが──、

 150センチに満たないキャラクターは、この世界では相当にめずらしい存在でした。

 プレイヤーキャラクターにせよ、コンピューターが動かすノンプレイヤーキャラクター

(NPC)

にせよ、ゴツくいかめしい人間だらけのこの世界では、目立つことこの上ありません。

 高層ビルの谷間に、けばけばしいネオンがあふれるSF世界の町を歩けば、


「うわっ! ちっこ!」

「何あれ……? 女の子? 男の子?」

「見たか今の? 子供がいたぞ……」

可愛かわいいな、おい」

「小さいなあ。あんなアバターあるんだ」

「NPCか?」


 だれもが口々に、レンのことをつぶやくのです。

 そのたびにレンは、口元がゆるしようどうおさえきれず、それを見られるのはずかしいので、鼻から下をバンダナでおおうようにしました。

 ヴァーチャル・チビを楽しむだけでもかなり面白かったのですが、根が真面目まじめなレンのこと、せっかく始めたゲームなので、それなりに戦ってみようと思いました。ちっこくて強いなんて格好いいじゃないですか。

 ゲームにはたいてい、チュートリアルと呼ばれる初心者向けの講習があります。

 GGOの場合、NPCのおに教官が、銃のち方から、せんとうの身のかくし方、各種モンスターの外見や弱点、見つけ方など、ありとあらゆる知識を体験させてくれます。

 かつては、


『チュートリアルなんてやらなくていいよー! あんなのは時間の無駄! 仲間に聞けば自然と覚えるって! 現場主義ってヤツだよ! オンザジョブトレーニングってやつだよ!』


 などと言ってましたが、れんには一人でもくもくと講習を受ける方が向いていました。そもそも、仲間なんて誰もいませんし。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインX ―ファイブ・オーディールズ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIX ―フォース・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影