この場合、鍛えたキャラクターの強さは、相対的に引き継がれます。
例えば、とあるゲームで筋力を鍛えたキャラクターをコンバートすれば、新しいゲームの中でも、筋力の強いキャラクターとしてスタートできるということ。
元のキャラクターは消滅しますし、所持アイテムや所持金は移せませんが──、どちらにせよ、今の香蓮には関係ありません。一度作ったIDが無駄にならないのがメリットです。
これなら、自分の望むアバターを探すことができそうです。
『別のゲームになっちゃうけど、分からないことがあったら聞いてね! あと今度、神崎エルザのライブチケットが手に入ったら東京に行くから、そのときは泊めてね!』
美優はそう言って、最後にはちゃっかりと報酬を約束させて、香蓮を送り出してくれました。
そして香蓮は、このIDでいろいろなVRゲームに接続し、キャラクターのコンバートをしまくりました。
とはいえ、その度にゲームソフトを買うわけにはいかないので、最初だけはお試し期間のある、つまり無料でできるゲームを選びました。
ゲームの種類など、もう問いません。
VRゲームは百花繚乱です。
車を運転するカーレースゲーム。飛行機を操縦して空中戦を行うフライト・シミュレーション。宇宙を旅するSFアドベンチャー。数あるスポーツをヴァーチャルで楽しむもの。美女や美少女との恋愛を楽しむもの。中には、普通に〝日常生活を送る〟というものまで。
いくつものVRゲームの門を叩いた香蓮は、作られたアバターが少しでも気に入らないと、即座に別ゲームのアカウント作成に。
その執着は、言い出した美優も呆れるほどでしたが、口出しはしませんでした。
数日後、レンは、
「見つけたあっ!」
とあるVRゲームのスタート地点で叫んでいました。絶叫でした。
狂った黄昏時のような不気味な色の空へと、メタリックな壁の超高層ビルが乱雑に伸びる異様な世界で、ミラーガラスに映るレンの姿は、
「ああ……。見つけた! 見つけた!」
緑色の戦闘服を着た、身長150センチにも満たないだろう、
「見つけたっ!」
チビの少女だったのです。
こうして、レンが身を置くことにしたゲームの名は──、
《ガンゲイル・オンライン》。
〝銃〟と〝疾風〟の名の通り、荒廃した世界でキャラクター達が遠慮なく互いを撃ち合う──、
銃の世界でした。
* * *
2025年、11月。
ゲームを始めて、3ヶ月以上が経ちました。東京にも冬がやってきました。
趣味も少なければ、東京には友達もいない、サークル活動もしていなければアルバイトも禁止されている香蓮には、毎日ちゃんと大学に通い、予習と復習をこなしたとしても──、プレイする時間はたっぷりありました。
平日は何時間、休日は何時間、試験前は減らす。几帳面な性格から、ダイブする時間をきっちりと決めて、香蓮はガンゲイル・オンライン──、略称GGOをプレイし続けました。
VRゲームは、美優が言うとおり、〝素晴らしくよくできた仮想空間〟でした。
五感をフルに使って体験できるという意味では現実と変わらないのですが、やはり仮想空間は仮想空間です。受け取る情報量の面で現実には絶対に勝てず、〝今自分がどっちにいるのか〟は、すぐに分かります。
逆を言えば、〝どっちが現実だったっけ?〟と思い悩む必要はないので──、
これはある意味よくできているのかもしれない。そう香蓮は思いました。
GGOの舞台は、最終戦争で荒廃し、美しさの〝う〟の字もなくした地球です。
空は、晴れていようが曇っていようが、また朝だろうと昼だろうと、黄色と赤の絵の具を溶かした筆洗いのような、狂った夕日の色をしています。
大地に緑は極端に少なく、その代わりに砂漠と荒野と廃墟に満ち溢れた、ALOとは正反対の世界です。
プレイヤー達が演じるのは、そんな地球に、宇宙船に乗って戻ってきた人達。
殺伐とした世界で、跋扈するグロテスクなモンスターや、人を襲う狂った機械を狩り、ときにプレイヤー同士で容赦なく撃ち合い殺し合う。それがGGOです。
このアバターになっていなかったら、香蓮がGGOを遊ぶことなど、決してなかったでしょう。
使う武器は、ゲーム名の通り、銃です。
GGOでの銃は、二種類に分けられます。
一つは《光学銃》。
ブラスター、レイガン、ビームライフル、光線銃──、呼ばれ方は様々ですが仕組みは一緒。SF世界らしく架空の外見と名称で、弾丸ではなく、エネルギーの光を放ちます。
エネルギーパックも含めて小型軽量であり、射程が長く命中精度が高いというメリットがあります。同時に、そもそも1発あたりのダメージが少なく、さらに対人戦闘では《対光弾防御フィールド》というアイテムによってかなり防がれてしまうというデメリットがあります。
デザインはSFチックで、直線を組み合わせたような形状。設定上、これらのSF銃器は〝宇宙船の中で使われていたもの〟ということになっています。
もう一つは《実弾銃》。
こちらは、〝荒れ果てた地球上に本物が、または設計図が残っていた〟という設定です。実在する本物の銃を、銃器メーカーの許可を得てそのまま再現しています。
けたたましい銃声と共に放たれるのは、質量のある弾丸。もちろんゲームの中なので〝そう見せている〟だけですが。
メリットは、一発あたりの威力が強く、防御フィールドでは防げないということ。デメリットは、弾道が風など外的要因の影響を受けやすいことと、弾倉が重くかさばるということ。
そこでセオリーとして、対モンスター戦には光学銃。対人間戦には、実弾銃を使うのがいいとされています。
とはいえガンマニアが多いGGOでは、〝非効率上等!〟と言わんばかりに、対モンスター戦でも実弾銃しか使わないプレイヤーもいます。例えばピトフーイのように。
見事にチビアバターを引き当てたレンですが──、
150センチに満たないキャラクターは、この世界では相当に珍しい存在でした。
プレイヤーキャラクターにせよ、コンピューターが動かすノンプレイヤーキャラクター
(NPC)
にせよ、ゴツく厳めしい人間だらけのこの世界では、目立つことこの上ありません。
高層ビルの谷間に、けばけばしいネオンが溢れるSF世界の町を歩けば、
「うわっ! ちっこ!」
「何あれ……? 女の子? 男の子?」
「見たか今の? 子供がいたぞ……」
「可愛いな、おい」
「小さいなあ。あんなアバターあるんだ」
「NPCか?」
誰もが口々に、レンのことを呟くのです。
その度にレンは、口元が緩む衝動を抑えきれず、それを見られるのは恥ずかしいので、鼻から下をバンダナで覆うようにしました。
ヴァーチャル・チビを楽しむだけでもかなり面白かったのですが、根が真面目なレンのこと、せっかく始めたゲームなので、それなりに戦ってみようと思いました。ちっこくて強いなんて格好いいじゃないですか。
ゲームにはたいてい、チュートリアルと呼ばれる初心者向けの講習があります。
GGOの場合、NPCの鬼教官が、銃の撃ち方から、戦闘時の身の隠し方、各種モンスターの外見や弱点、見つけ方など、ありとあらゆる知識を体験させてくれます。
かつて美優は、
『チュートリアルなんてやらなくていいよー! あんなのは時間の無駄無駄! 仲間に聞けば自然と覚えるって! 現場主義ってヤツだよ! オンザジョブトレーニングってやつだよ!』
などと言ってましたが、香蓮には一人で黙々と講習を受ける方が向いていました。そもそも、仲間なんて誰もいませんし。