こうしてレンは、一生触ることなんかないと思っていた銃の使い方を、ヴァーチャル世界でマスターしました。
GGO特有の《バレット・サークル》というアシスト機能についても、しっかりと学びました。
日本語だと《弾道予想円》と呼ばれるこれは、弾がどこに当たるか教えてくれる、攻撃側のシステム・アシストです。
銃の引き金に指を触れることがスイッチになり、自分の目の前にライトグリーンのサークル、つまり円が現れるのです。大きくなったり小さくなったりするその円の中のどこかに、弾丸はランダムで命中します。
円の大きさは、目標までの距離や、銃の性能、プレイヤーである自分の能力によって大きさが変わってきます。そして、その収縮は心臓の鼓動とシンクロします。
つまり、ドキドキと緊張しっぱなしだと、円は乱暴に収縮して狙いが安定しない、ということに。的が大きく見える近距離戦闘では無視できても、遠距離狙撃の場合は本当に重要になってきます。
チュートリアルで、【遠距離狙撃を学べ!】という科目があったのですが、この〝心を落ち着かせて狙う〟というのが一番上手くいかず、レンの成績はかなりボロボロで、NPCの教官には怒られっぱなしでした。
「うん、狙撃銃を使うのは止めよう」
人間、得手不得手があるものです。レンは、前向きにすっぱりと諦めました。
逆に、近くの相手に素早く狙いを付けて撃ち込む、いわゆる《スナップ・ショット》は思いの外高得点で、教官からは、
『うむ! お前には、サブマシンガンが一番向いているぞ!』
そうオススメを受けました。
こうしてチュートリアルをバカ正直に全クリアしたレンは、たった一人でモンスター狩りを始めました。
最初の狩りは、都市から少し出た丘陵地帯で、のろのろと歩く豚とダチョウを掛け合わせたようなモンスターを射貫くことでした。
ほとんど的のモンスターを見て、撃つのはかわいそうとも思ったのですが、レンは案外抵抗なく光学銃の引き金を引けました。
撃たれた場所は被弾エフェクトと言って赤く光るだけですし、死ぬと光の粒子になって消えるので、〝傷つけた、殺した〟感が薄かったのも功を奏しました。
レンは、真面目にゲームを楽しみました。教わったことを逐一実行し、絶対に勝てないモンスターには無理に手を出さず、それでも殺されてしまったら、どこが悪かったかしっかりと反省をする。
どうしても倒せないモンスターがいると、インターネットの攻略サイトを覗いて、上手な倒し方を学びました。
地味な努力というのは、着実な進歩をもたらすものです。レンはモンスターを倒し続け、経験値とクレジット、つまりゲーム内で使えるお金を地道に稼ぎ続けました。
経験値がある程度増すと、自分の能力値を上げることができます。
筋力、敏捷性、耐久力
(体力)
、器用さ、知力、運、この六つの能力を割り振って、〝自分好みの自分〟を作り上げていくのです。
せっかく小柄なんだから、敏捷性を上げて、もっと速く走れるようになろう。何か作れるようになるっていうから、器用さも上げたい。運がいいと助かるかも。筋力はある程度ないと撃てない銃があるからそこそこ。別に撃たれ弱くてもいいから、耐久力は我慢しよう。知力? 知らん。
レンはそう思って、敏捷性と器用さをメインで、筋力と運をサブで上げていきました。現実世界では図体のでかさが災いして、徒競走ではいつもビリだったトラウマが、かなり影響していました。
手持ちのクレジットが増えると、武器や装備を買い足すことができます。レンは、光学銃を連射性能の高いサブマシンガンタイプに買い換えました。
そして残ったクレジットの使い道を考えて、レンは着替えることにしました。せっかく可愛い体を手に入れたのだから、女の子らしい可愛い服を着たいという欲求です。
殺伐としたSF世界であるGGOにおいてはどう考えても間違っている選択なのですが、本人はお構いなしです。
レンは町の仕立屋──、というより戦闘服屋に行くと、何か可愛い服がないか、わくわくしながら探しました。
当然GGOですから、フリルがついた服などはありません。中学生の頃に雑誌で見てひどく憧れて、でもユーカリの木のような自分には絶対に似合わないだろうと諦めていたロリータ服は、残念ながら見つかりませんでした。
その代わりに見つけたのが、今着ている初期装備の戦闘服の生地を、好きな色に変えられるシステムでした。さすがは、ゲーム世界です。
それならばと、レンはピンクを望みました。
可愛く可憐なピンクの服は、現実世界において、どんなに憧れても着ることのできなかったものです。香蓮には絶対に似合わなくても、レンにはきっと似合うことでしょう。
色見本にある唯一のピンクは、残念ながらかつて憧れたような、明度の高い鮮やかなものではありませんでした。現実ではあまり見たことのない、くすんだ地味なピンクです。
まあそれでも、ピンクはピンクです。レンは戦闘服の上下をその色に変えてもらうと、ショートブーツ、バンダナ、手袋、装備ベルト、そして戦闘中に髪を押さえるためのニットキャップまで、同じピンク色にしてしまいました。
全身ピンクコーディネートに生まれ変わり、心弾ませて店を出たレンは、ショーウィンドウに映る自分を見てにやけて、
「…………」
それから、無言で眉をひそめました。そうです。まだピンクでない部分があったのです。
レンは武器のカスタムショップに駆け込むと、ペイントを依頼しました。
肩から提げていた光学銃を、濃い灰色の武器を、この服と同じピンクに塗ってくれ、と。
こうして、レンは上から下まで完全にピンク、持っている厳つい武器までピンクという、写真が大好きな有名タレント夫婦もかくやという格好になりました。
そんなレンを町で見て、変だと笑う人もいれば、同時にその小ささから可愛いと言ってくれる人もいました。
髪が短いので性別が分かりにくいのか、男なのか女なのか、不思議がる人も。
もちろん、レンは好きでやったことですし、所詮はゲームの中であり、本当のわたしを誰も知らないのだからと思うと、気にもなりません。
しかし、町中でピンクを着たのは、これが最初で最後でした。
レンが最初に他のプレイヤーを殺したのは、その直後。
モンスター狩りで十分楽しんでいたレンには、他のキャラクターと銃撃戦をして殺すなどという欲求はありませんでした。銃を向けるのはあくまでモンスター。ゲームとはいえ、無理に〝人殺し〟まではしたくないと。
この日レンはいつもの通り、赤茶けた荒野で一人、モンスター狩りをしていました。
薄曇りの空には高い位置に太陽が見えてますが、いつも通り空と世界は赤く染まって、朝か夕方のようでした。設定では、この地球は最終戦争時に大気すら破壊されたのだとか。
レンは、岩だらけの大地の上に朽ちた戦車が点在する〝狩り場〟で、モンスターの出現を待っていました。
ここでは、ワニの胴体を牛にしたようなモンスターが、戦車の下に穴を掘って住み着いています。
レンは一両の戦車の前後に手榴弾をしかけて、細いワイヤーを低く張りました。器用さの能力が上がったので、そんなトラップが作れるようになっていました。