I ―スクワッド・ジャム―

第一章「香蓮の憂鬱」 ④

 こうしてレンは、一生さわることなんかないと思っていた銃の使い方を、ヴァーチャル世界でマスターしました。

 GGO特有の《バレット・サークル》というアシスト機能についても、しっかりと学びました。

 日本語だと《だんどう予想円》と呼ばれるこれは、たまがどこに当たるか教えてくれる、こうげき側のシステム・アシストです。

 じゆうの引き金に指をれることがスイッチになり、自分の目の前にライトグリーンのサークル、つまり円が現れるのです。大きくなったり小さくなったりするその円の中のどこかに、弾丸はランダムで命中します。

 円の大きさは、目標までのきよや、銃の性能、プレイヤーである自分の能力によって大きさが変わってきます。そして、その収縮は心臓のどうとシンクロします。

 つまり、ドキドキときんちようしっぱなしだと、円は乱暴に収縮してねらいが安定しない、ということに。的が大きく見える近距離戦闘では無視できても、遠距離げきの場合は本当に重要になってきます。

 チュートリアルで、【遠距離狙撃を学べ!】という科目があったのですが、この〝心を落ち着かせて狙う〟というのが一番上手うまくいかず、レンの成績はかなりボロボロで、NPCの教官にはおこられっぱなしでした。


「うん、狙撃銃を使うのはめよう」


 人間、得手不得手があるものです。レンは、前向きにすっぱりとあきらめました。

 逆に、近くの相手に素早く狙いを付けてち込む、いわゆる《スナップ・ショット》は思いのほか高得点で、教官からは、

『うむ! お前には、サブマシンガンが一番向いているぞ!』


 そうオススメを受けました。



 こうしてチュートリアルをバカ正直に全クリアしたレンは、たった一人でモンスターりを始めました。

 最初の狩りは、都市から少し出たきゆうりよう地帯で、のろのろと歩くぶたとダチョウをけ合わせたようなモンスターをくことでした。

 ほとんど的のモンスターを見て、撃つのはかわいそうとも思ったのですが、レンは案外ていこうなく光学銃の引き金を引けました。

 撃たれた場所はだんエフェクトと言って赤く光るだけですし、死ぬと光のりゆうになって消えるので、〝傷つけた、殺した〟感がうすかったのも功を奏しました。

 レンは、真面目まじめにゲームを楽しみました。教わったことをちくいち実行し、絶対に勝てないモンスターには無理に手を出さず、それでも殺されてしまったら、どこが悪かったかしっかりと反省をする。

 どうしてもたおせないモンスターがいると、インターネットのこうりやくサイトをのぞいて、上手な倒し方を学びました。

 地味な努力というのは、着実な進歩をもたらすものです。レンはモンスターを倒し続け、経験値とクレジット、つまりゲーム内で使えるお金を地道にかせぎ続けました。

 経験値がある程度増すと、自分の能力値を上げることができます。

 筋力、びんしようせいたいきゆうりよく

(体力)

、器用さ、知力、運、この六つの能力を割りって、〝自分好みの自分〟を作り上げていくのです。

 せっかくがらなんだから、敏捷性を上げて、もっと速く走れるようになろう。何か作れるようになるっていうから、器用さも上げたい。運がいいと助かるかも。筋力はある程度ないとてないじゆうがあるからそこそこ。別に撃たれ弱くてもいいから、耐久力はまんしよう。知力? 知らん。

 レンはそう思って、敏捷性と器用さをメインで、筋力と運をサブで上げていきました。現実世界では図体のでかさが災いして、徒競走ではいつもビリだったトラウマが、かなりえいきようしていました。

 手持ちのクレジットが増えると、武器や装備を買い足すことができます。レンは、光学銃を連射性能の高いサブマシンガンタイプに買いえました。

 そして残ったクレジットの使い道を考えて、レンはえることにしました。せっかく可愛かわいい体を手に入れたのだから、女の子らしい可愛い服を着たいという欲求です。

 さつばつとしたSF世界であるGGOにおいてはどう考えてもちがっているせんたくなのですが、本人はお構いなしです。

 レンは町の仕立屋──、というよりせんとうふく屋に行くと、何か可愛い服がないか、わくわくしながら探しました。

 当然GGOですから、フリルがついた服などはありません。中学生のころに雑誌で見てひどくあこがれて、でもユーカリの木のような自分には絶対に似合わないだろうとあきらめていたロリータ服は、残念ながら見つかりませんでした。

 その代わりに見つけたのが、今着ている初期装備の戦闘服の生地を、好きな色に変えられるシステムでした。さすがは、ゲーム世界です。

 それならばと、レンはピンクを望みました。

 可愛くれんなピンクの服は、現実世界において、どんなに憧れても着ることのできなかったものです。れんには絶対に似合わなくても、レンにはきっと似合うことでしょう。

 色見本にあるゆいいつのピンクは、残念ながらかつて憧れたような、明度の高いあざやかなものではありませんでした。現実ではあまり見たことのない、くすんだ地味なピンクです。

 まあそれでも、ピンクはピンクです。レンは戦闘服の上下をその色に変えてもらうと、ショートブーツ、バンダナ、ぶくろ、装備ベルト、そして戦闘中にかみさえるためのニットキャップまで、同じピンク色にしてしまいました。

 全身ピンクコーディネートに生まれ変わり、こころはずませて店を出たレンは、ショーウィンドウに映る自分を見てにやけて、


「…………」


 それから、無言でまゆをひそめました。そうです。まだピンクでない部分があったのです。

 レンは武器のカスタムショップにけ込むと、ペイントをらいしました。

 かたからげていたこうがくじゆうを、い灰色の武器を、この服と同じピンクにってくれ、と。


 こうして、レンは上から下まで完全にピンク、持っているいかつい武器までピンクという、写真が大好きな有名タレント夫婦もかくやという格好になりました。

 そんなレンを町で見て、変だと笑う人もいれば、同時にその小ささから可愛かわいいと言ってくれる人もいました。

 かみが短いので性別が分かりにくいのか、男なのか女なのか、不思議がる人も。

 もちろん、レンは好きでやったことですし、しよせんはゲームの中であり、本当のわたしをだれも知らないのだからと思うと、気にもなりません。

 しかし、町中でピンクを着たのは、これが最初で最後でした。



 レンが最初に他のプレイヤーを殺したのは、その直後。

 モンスターりで十分楽しんでいたレンには、他のキャラクターとじゆうげきせんをして殺すなどという欲求はありませんでした。銃を向けるのはあくまでモンスター。ゲームとはいえ、無理に〝人殺し〟まではしたくないと。

 この日レンはいつもの通り、赤茶けたこうで一人、モンスター狩りをしていました。

 うすぐもりの空には高い位置に太陽が見えてますが、いつも通り空と世界は赤く染まって、朝か夕方のようでした。設定では、この地球は最終戦争時に大気すらかいされたのだとか。

 レンは、岩だらけの大地の上にちた戦車が点在する〝狩り場〟で、モンスターの出現を待っていました。

 ここでは、ワニのどうたいを牛にしたようなモンスターが、戦車の下に穴をって住み着いています。

 レンは一両の戦車の前後にしゆりゆうだんをしかけて、細いワイヤーを低く張りました。器用さの能力が上がったので、そんなトラップが作れるようになっていました。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインX ―ファイブ・オーディールズ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIX ―フォース・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影