I ―スクワッド・ジャム―

第一章「香蓮の憂鬱」 ⑤

 出てきたきよだいワニが引っかかれば、音とさくれつで教えてくれます。

 あとは一気にきよめて、相手のこうげきを素早くけながら、必中の至近距離から光学銃をちまくる。いつものレンの狩りの方法でした。

 待っている間はずっとひまなので、レンは少しはなれた岩に寄りかかるように座って、いつものように音楽をいていました。アイテムとして存在する音楽プレイヤーとイヤホンで、自分のアミュスフィアに入っている音源データを聞けるのです。

 じゆうを手に、全身ピンク色の服と装備で、ただ一人、こう黄昏たそがれる。

 現実には絶対にできないことを、レンは楽しんでいました。時々メニュー画面を操作して、《ストレージ》、つまりアイテム保管庫から温かいお茶の入ったほうびんを出して、のんびりと飲みました。

 ストレージは、〝とうめいなカバン〟のようなものです。ここにアイテムを入れておくことで、手で持ち運ぶ必要はありません。

 ただし、キャラクターの筋力値によって許容重量制限があるので、何から何まで入れておくことはできません。ストレージに入る最大重量と、実際に自分が持てる最大重量は同じです。

 ストレージから中身を取り出すには、空中で手をるウィンドウ画面操作が必要です。これにはどんなに早くても数秒かかりますから、すぐに使いたい武器やだんやくをしまうわけにはいきません。

 本来なら、ストレージには武器やりようやくをめいっぱい入れておくべきですが──、


「あー、お茶が美味おいしい」


 レンは武器弾薬を減らしてでも、魔法瓶やおやつを入れていました。

 VRゲームにおいては、味覚すらてきに体験できるのです。それを使わない手はありません。いくら飲み食いしても、決して太りませんし。

 聴いていたモーツァルトが終わると、レンは〝かんざきエルザ〟のアルバムにこうかんしました。

 人気きゆうじようしようちゆうの、女性シンガー・ソングライターです。

 クラシック音楽を思わせるメロディに、優しい歌詞の歌をみ切った声で歌う、やし系のアーティスト。友人達のえいきようで、れんもすっかりファンになりました。

 レンはれ果てた世界で、彼女の、軽やかで澄み切った歌声を楽しみました。

 そのアルバムも終わり、ばくはつおんはまるで聞こえず、さて今日の待ちせはからりかもしれない。でも、十分ピクニックを楽しんだからそろそろ現実世界に帰ろうか──、

 そんなことを思っていたレンの目の前に、人間が現れました。

 レンの座る真っ正面、200メートルほど向こうのいわかげから、三人の男達が現れると、ぐレンの方へと歩いてくるではありませんか。相手がしやめんを登ってきたので、それまでまったく気付きませんでした。

 全員が例外なくマッチョで、よろいのようなプロテクター付きの服を着込み、それぞれ大型の光学銃をスリングで背負っています。

 このゲームにおいて、フィールドで他のプレイヤーとそうぐうすれば──、

 よほどの知り合いの仲良しさんでなければ、始まるのは会話ではなくち合いです。〝撃ち合いで語るのがGGOだ!〟などと言う人すらいます。

 三人は、ずいずいと近づいてきます。

 向こうは複数人で、なんだか強そう。こっちは一人で、おまけに対人せんとうの経験のない素人しろうと

 初めて大型のモンスターとたいしたとき以上のきようが、レンを包みました。そして同時に、頭の中で、もんいくにもさくれつしました。

 走ってげるべきなのか?

 それとも回線をしやだんして現実世界に逃げるべきなのか?

 いえ、それより何より──、

 どうしてかれはこっちにぐ向かってくるのか? じゆうを背負ったままで!

 身動きも取れないまま、レンはずっと見ていました。やがて男達とのきよが30メートルを切って、銃の性能を楽しげに語る彼等の声すら、風に乗って聞こえてきました。

 レンは気付きました。〝気付いていない〟ことに。彼等が、自分の存在に、まったく気付いていないことに。

 そのまま男達が近づいて、やがて10メートルを切って──、

 彼等にとってはもうれつに不幸な、レンにとってはGGOのプレイスタイルを決定的に変えるしゆんかんがやって来ました。

 まず、レンの背後で、そして男達にとっては進む先で、小さなばくはつが起きました。

 ねらっていたきよだいワニが、ようやくいまごろ、レンのしゆりゆうだんトラップに引っかかったのです。もちろん男達には、そんなことなど分かりません。とつぜんの爆発でおどろあわてふためいた三人は、岩の向こうでい上がった砂に目をうばわれて、すぐ目の前でレンが動き出したことに、まったく気がつきませんでした。

 爆発は、レンの恐怖心をり切ってしまいました。こうなると、もうすべての行動が自棄やけです。なるようになれ、です。

 レンはひざの上にあったピンクの光学銃をひっつかむと、一番近い男に向けて連射しながらっ込んでいきました。男のたいこうだんぼうぎよフィールドがレンのたまげんすいするのに構わずちまくり、やがて何発かが、顔面を至近距離かららえました。そのときには、レンは他の二人の半径2メートル以内にいました。背の高い男達を見上げながら、レンは撃って撃って撃ちまくりました。

 そして、わずか10秒ほどのきようらんが収まってみると、男達三人の姿は、もうそこにはありませんでした。全員、極めて近い距離からのじゆうげきによりヒットポイントを全部けずられて、〝死亡〟していたのです。

 ばくには、こうふんで心臓をね上がらせている自分と、わなをして戦車のわきで痛がっている巨大ワニがいるだけでした。


 どうしてあの三人が、わたしにまったく気付かなかったのか?

 苦しんでいたきよだいワニを楽にしてあげた後、しばらくなやんだレンは、


「ひょっとして……」


 一つの仮説を立てました。

 レンはピンクのこうがくじゆうを自分のいたいわかげに置いて、少しはなれてみました。仮説が正しかったことが、一目で分かりました。

 見えないのです。さっき置いた自分の銃が。

 GGO世界の、常に夕暮れのような赤みがかった空気の中では、レンのくすんだピンクは、茶色の岩土や砂と同化してしまい、とても見えにくくなるのです。さらに、ちょうど今みたいな光の加減では、まったく見えなくなるのです。


「これは、おもしろい……。使えるかも……」


 レンはつぶやきました。



 以後、レンは町中でピンクの服装を一切めました。万が一のふくしゆうを防ぐためです。

 新しく買った、ありきたりな緑のせんとうふくに、顔と全身をおおう、げ茶色のフード付きローブで過ごしました。まるで子供が毛布をかぶってゆうれい遊びをしているようでしたが、全身ピンクよりは当然目立ちませんでした。

 そしてこうばくのフィールドに行くと、だれも見ていない場所で大好きなピンクにえて、待ちせを始めるのです。基本的には今まで通りモンスターをっていましたが、もし他のプレイヤーを見かけたら──、

 ようしやなくものへんこうしました。

 相手がこちらに来るのなら、身をひそめて待ちます。もうピクリとも動きません。

 そしてたおせる人数だと分かった場合(それはたいてい一人、多くても二人でしたが)、至近きよから飛び出して容赦なくち倒しました。

 ゲーム開始直後、〝できれば人間(の形をしているもの)は撃ちたくない〟──、そう思っていたことなど、すっかり忘れてしまいました。

刊行シリーズ

ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIV ―インビテーション・フロム・ビービー―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXIII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXII ―フィフス・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
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ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVIII ―フォース・スクワッド・ジャム〈中〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVII ―フォース・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインVI ―ワン・サマー・デイ―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈下〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインIV ―サード・スクワッド・ジャム ビトレイヤーズ・チョイス〈上〉―の書影
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ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影