待ち伏せに成功しても、相手の数が多い、すぐ目の前に来ない、武装が飛び抜けて強いなどなど、少しでも無理があれば決して手を出しませんでした。そのまま潜み続けるか、じんわりと後退して、静かにやり過ごしました。
こうしてレンは、対人戦闘の面白さにハマっていきました。
子供の頃、兄姉や友達と遊んだ、鬼ごっこ、かくれんぼ、ケイドロなどを思い出しました。隠れるドキドキ感、見つけるワクワク感。そしてそこに加わった──、相手を〝撃ち殺す〟優越感。
なるほど、これがゲームで本気で戦うということか。勝負を楽しむということか。
理解が深まったレンは、今まで小馬鹿にしていてすみませんと、世界中のゲーマーに心の中で謝りました。
モンスター狩りと対人戦闘によって稼いだ経験値で、レンは敏捷性能をさらに上げて、ますます素早く動けるように、そして速く走れるようになりました。
レンはまったく気付いていませんでしたが──、
敏捷性、またはアジリティ、略してAGIを上げていくこのスタイルは、《AGI万能論》と呼ばれ、この頃のGGOでは、〝対人戦闘で最も有効〟とされていました。
稼いだクレジットで、レンは対人戦闘に向いている実弾銃を手に入れました。
予算と知識をフルに使って選び出したのは、旧チェコスロバキア製のサブマシンガン、《Vz61 スコーピオン》。
ストックを折りたたんだ状態で全長27センチと、世界で最も小型で軽量なサブマシンガンの一つです。使うのが拳銃用の小型弾薬とはいえ、引き金を引くだけでマガジンの30発を2秒足らずで撃ちきることができます。低威力のデメリットと、反動が弱く命中精度が高いというメリットを持つ銃です。
レンはこれを〝2丁〟買いました。共にストックを外して、やはりピンクに塗りました。
レンの戦い方は、サソリの一刺しのように、〝一撃必殺〟でした。
他プレイヤーが潜む自分のすぐそば、おおよそ10メートル以内に入ったら──、両手にスコーピオンを持って、鍛えた敏捷性にものをいわせて相手へと飛び出します。
そして、銃口の先を相手の頭に、まるで下から突き刺すように向けると同時に、フルオートで撃ちまくるのです。相手が一人の場合は右手のスコーピオンで、二人の場合はすぐさま左手のスコーピオンで。
GGOには、《バレット・ライン》というシステムがあります。日本語では《弾道予測線》。
これは、狙撃や待ち伏せなど、相手を認識していない場合の初弾を除き、銃口を向けられたキャラクターに見える赤い線です。飛んでくる銃弾の軌跡を事前に見て、回避行動のきっかけにできるというもの。
当然現実にはこんなものはなく、ゲームとしての面白さを増すために設けられた、防御的なシステム・アシスト機能です。
バレット・ラインをよく見て、必要最小限の動きで避けるのは、GGOにおける対人戦闘の基本とされています。
しかしそれも、〝3メートルほどから、銃口を向けられるとほぼ同時にぶっ放される〟ようでは役に立ちません。バレット・ラインが目の前で輝いた次の刹那には、フルオートで顔面を掃射されるのですから。
レンが生み出したのは、銃の特性をフルに発揮した、まるで東西冷戦時の東側暗殺者のような、実にえげつない〝殺し方〟でした。
こうして、レンは機会がある度に着実に戦果を上げました。ある日はモンスターを倒して、ある日は、かわいそうな誰かさんを問答無用で倒して。
そしてとうとう、
『砂漠フィールドに、正体不明の、恐ろしい待ち伏せプレイヤー・キラーがいる。幾人ものソロプレイヤーが、相手の容姿を見る間もなく殺されているそうだ』
そんな噂が、ローブ姿で町を歩くレンの耳にも届きました。
誰かを囮にして発見して、そのPK野郎の正体を見極めようという、討伐隊募集の知らせまで出回りました。このままでは、懸賞金までかけられそうです。
さすがにレンも自重して、卑怯とも取れる砂漠での待ち伏せは止めました。
以後は普通に緑色の迷彩服を着て森林フィールドでモンスター狩りをしたり、遺跡や廃墟の冒険をのんびりと楽しんだり。
ゲームを始めて3ヶ月以上。
2025年が最後の月に入った頃──、
こつこつ遊んだレンは、中堅といえるほどの強さを手に入れていました。もっとも、当の本人には、そんな自覚はありませんでしたが。
〝ピトフーイ〟と名乗る女性プレイヤーと会ったのは、そんなときでした。