I ―スクワッド・ジャム―

第二章「レンとピトフーイ」 ①

「ねえ! そこのおチビちゃん。あんた、中身は女の子でしょ? 歩き方で分かるよ」


 GGOの中央都市《SBCグロッケン》にあるきらびやかなショッピングモールで、次に買うべきじつだんじゆうは何か、ウィンドウ・ショッピングを楽しんでいたとき、


「ちょっとお茶しない? おねーさんがおごるから」


 レンは、女の声で、後ろから話しかけられました。ナンパされました。

 おねーさん?

 顔をかくすフード付きローブ姿でり向いたレンが見たのは──、

 リアルの自分ほどではないが背の高い、くろかみポニーテールの、顔にれんいろのタトゥーを走らせたかつしよくはだの美女でした。

 このときの彼女の服装は、ビキニに毛が生えたような、どう見てもせんとうには向かないしゆつなものでした。細くまったサイボーグのような肉体を、周囲にこれでもかと見せつけていました。

 なんでタトゥーが顔だけなのかと不思議に感じながら、また、これが自分のキャラクターだったらそつこくGGOから去っていただろうなと思いながら──、

 相手が明らかな女性なので、レンはけいかいを少しゆるめました。

 今あるほとんどすべてのVRゲームにおいて、リアルの性別以外のキャラクターになることは、わずかな脳波判定ミスをのぞいてはあり得ません。

 興味本位で話しかけてきた男性プレイヤーはいましたが、女性プレイヤーと話をするのはちがいなく初めてです。

 そもそもGGOは、あつとうてきに女性プレイヤーが少ないゲームです。明らかに見た目が女性のキャラクターを遠くに見かけたことはあったのですが、あえて追いかけて話しかけようとはしませんでした。

 褐色肌の美女が、にっこりと微笑ほほえみました。


「私は〝ピトフーイ〟。みんな呼びにくいってブーブー言うから、略して〝ピト〟でいいよ。おチビちゃん、お名前は?」

「こんにちは……。〝レン〟……、です」

「レンちゃんか! 可愛かわいい名前だね! あと、ゲーム内では敬語はいらないよ! せっかく別世界を楽しんでいるのに、日本社会じみた上下関係なんて、つまんないでしょ!」


 それが、レンがGGO内でだれかと交わした、最初の会話でした。


 レンは、ピトフーイといつしよにゲーム内レストランの個室に収まると、お茶とケーキをさかなに会話をしました。いわばVR女子会です。

 ここしばらく、教授と家族以外とは直接の会話をしていないれんでしたが、レンとしての敬語のないそれは、不思議とはずみました。明るくて気さくなピトフーイの性格も、どこか友人のを思い起こさせました。

 二人はまず、おたがいが苦労してきたGGO内での女性プレイヤーの少なさで盛り上がり、それによる苦労話と笑い話をしました。

 セクシーなキャラになってしまったピトフーイは、顔面タトゥーを入れるとナンパが激減したと告げて、レンにもすすめてきました。

 レンが首を素早く横にって答えると、


「私もリアルでは入れてないよー。温泉入れなくなっちゃうからね!」


 ピトフーイはそう言って、優しげな笑顔を見せました。

 もっともGGO内でのタトゥーは入れるのも消すのもいつしゆんですので、クレジットさえあれば、好きなだけちようせんすることが可能です。

 そんなピトフーイのVRゲーム歴はレンよりずっと長く、それこそSAOのデスゲームそうどうの間も遊んでいたとのこと。

 そしてGGOは、8ヶ月前のサービス開始時から。他のVRゲームにないさつばつとした世界観が大好きで、今はこればかり遊んでいるとのこと。ただ、最近はリアルの方でいそがしくて、遊ぶ時間はかなり減ったとのこと。

 ゲーマーとしてもせんぱいですが、プレイヤー能力としても、ピトフーイはレンのはるか上を行っていました。

 会話によって打ち解けることができたので、レンはピトフーイを《フレンド》として登録しました。これによって、ゲーム中でもそうでなくても、メッセージのやりとりができます。

 GGOを始めてから3ヶ月以上、レンは、ゲームの中での知り合いを、やっと一人見つけることができました。そういえば、長身コンプレックスでたいじんきようしよう気味の自分を解消したくてVRゲームを始めることにしたんだっけと、今さらになって思い出しました。

 もちろんレンには、現実世界のピトフーイがどんな人間か、まったく分かりません。

 かつて美優は、こう教えてくれました。


「VRゲームの中だって、キャラクターを動かしているのはリアルな人間なんだから、会話や仕草で、その人となりはにじみ出るもんだって。本当に別人格を演じることができる人は、そういないよ」


 ピトフーイの態度は陽気で、ぼうな感じはまったくしませんでした。

 そこでレンは勝手に〝気のいいお姉さんタイプの二十代女性。社会人。独身〟などとプロファイリングしてみましたが、あっているかなど分かりません。

 お茶とケーキをごちそうになったあと、今日はもう〝落ちる〟、つまり現実世界にもどるのかとたずねてきたピトフーイに、レンは新しいじつだんじゆうを探していると答えました。


「なんだ! それなら任せなさい! いい店教えてあげる!」


 ピトフーイは、自分の知っている小さな店に連れて行ってくれました。

 せまい道をき進んだ先にある、場末の飲み屋のような、狭くてごちゃごちゃした店でした。

 しかしそこには、他のプレイヤーがせきたんさくや、強力なモンスターをたおして手に入れてきた、レアでこうりよくな銃が並んでいました。


「すごい……。こんな店もあるんだ……。こんな銃もあるんだ……」


 目移りしていたレンに向けて、


「レンちゃんレンちゃん! これ、オススメだよ! 昨日入荷したばかりだって! こっち来て! 見て!」


 ピトフーイが、新しいしようひんでもすすめるかのように手招きしました。

 そして、そこにあったのが、小型で高性能、そしてそこそこレアな銃──、P90でした。

 そのプライスタグに並ぶ数字のかいりよくはなかなかのもので、初期の想定予算ははるかにオーバーしていて、買うとしばらくゲーム内でお茶も飲めないレンでしたが、


「買いますっ!」


 一目見てのそつけつでした。レンの口から、


「何これ……、本当に銃なの……。かわいい……。なまらかわいい……」


 心の声がれました。


「おっ? レンちゃんさん?」



 予備マガジンと、それを収めるマガジンポーチをオマケしてもらい、ほくほく顔の買い物のあと、レンはP90をげ茶のローブの下にかくして抱えながら町を歩きました。

 ちょっと手をってウィンドウを出して操作してストレージに入れれば、重い思いをしなくていいのですが、


「分かるよー。買った銃は、しばらくさわっていたいもんね。かんしよくを確かめていたいもんね」


 となりを歩くピトフーイの言うとおりでした。今のレンは、買ったばかりのぬいぐるみを抱いて帰る子供です。ずっとそばに置いて、でていたいのです。


「名前はどうする? 付けるでしょ?」

「な、名前? 銃にですか?」


 レンはピトフーイの顔を見上げました。


「もちろん!」

「そ、そんなことは──、します!」

「でしょー。で、その子のお名前は?」


 数秒のせいじやくのあと、レンはしっかりとした口調で答えます。


「〝ピーちゃん〟」

「うむ、いい名だ。ピーちゃんには、レンちゃんの手で、たくさんの敵の血をたっぷりと吸わせてあげるんだよ。じゆうは、人を裏切らないから。殺した数だけ、大きく成長するから」

「うん! わたし、がんって殺す!」


 現実世界でこれを話していたら、まず通報されていたことでしょう。

 そろそろ、そのリアルワールドにもどる時間になって、レンはピトフーイに大きく頭を下げました。


「ありがとうございます、ピトさん。本当にお世話になりました」

刊行シリーズ

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ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインXI ―フィフス・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
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ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインII ―セカンド・スクワッド・ジャム〈上〉―の書影
ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンラインI ―スクワッド・ジャム―の書影