「はい敬語いらなーい。いやあ、こっちこそ女子仲間ができて嬉しいよ。これからよろしくね。今度時間が合えば、一緒に狩りに行こ。砂漠地帯のデカワニって、まだ見たことないんだ」
「うん」
ああ、この人は結構いい人だ。
そう思いながら、レンはログアウトするためにウィンドウを出そうとして、
「そうそう、言い忘れてた」
「ん?」
「次の狩りまでに、P90、ちゃんとピンクに塗っておいてね!」
「…………」
ああ、この人はちょっと油断できない人だ。
そう思いながら、レンはログアウトするためにウィンドウを出しました。
こうしてレンは、ピトフーイと《スコードロン》を組みました。
これは気の合う仲間達で結成するチームで、ファンタジー系ゲームですと《ギルド》と呼ばれています。協力して一緒に戦ったり、アイテムの受け渡しをしたり、お揃いの紋章を付けてみたり。
当然ですが、ゲームは一致団結して戦った方がいろいろ有利になります。
人付き合いを増やそうと始めたゲームなのに誰とも組んでいなかったレンにとっては、最初のスコードロン参加です。とはいえ、実質レンとピトフーイだけのコンビですが。
それからの1ヶ月間──、時間が合うときは必ず、ピトフーイと一緒に狩りをしました。
だいたい同じ時間に遊んでいるレンとは違って、ピトフーイのプレイ時間は実にバラバラでした。平日の朝から遊んでいることもあれば、週末に一度も現れないこともあります。
一体リアルではどんな生活をしている人なのか不思議でしたが、それをはっきりと聞くのはマナー違反なので、レンは自重しました。
やがて分かりましたが、ピトフーイは猛烈にお金持ちのプレイヤーでした。
気付いた理由は、保有している銃の数です。なにせ一緒に遊ぶ度に、使っている銃が違うのです。
「ピトさん、今日のそれは……、何?」
「へーん、《L86A2》だよ。イギリス軍のアサルト・ライフルL85の、銃身を強化して長くした分隊支援火器バージョン。普通のマガジンしか使えなくてさ、じゃあライフルとどこが違うんだってツッコミどころ満載の1丁だけど、命中率は悪くないよ。重いけど結構好き」
「は、はあ……」
「サイドアームの拳銃は、《コルト・ダブルイーグル》! コルト社がガバメントをベースに出したダブルアクションオートなんだけど、格好も性能も悪くて不人気銃なんだ! いやー、GGOにあるって聞いたときは探したよ! コレクターが持ってるのを見つけて、クレジット積んで買い取った!」
ピトフーイは遊び込んでいる強いキャラクターですが、それにしても高価なレア銃、珍銃、奇銃をたくさん所有しています。
ある日の狩りの待ち時間中、レンがどうしても興味を抑えきれず、それだけのクレジットはどうしたのかと訊ねると、
「あ、《リアルマネートレード》だよもちろん」
ピトフーイはあっさりと教えてくれました。
リアルマネートレード、略称RMTとは、現実世界の電子マネーを使って、ゲームの中のクレジットやアイテムに替えてしまうという行為です。
GGOは、目下唯一の、ゲーム内の通貨と現実の電子マネーの交換が公式に可能なVRゲームです。このため、GGOにはゲームをやり込むことで〝売れる〟アイテムを手に入れ、販売して生計を立てている、プロのプレイヤーが存在します。
ピトフーイがやっているのは、リアルでの財力にものを言わせたプレイです。努力を重ねてクリアするのがゲームだと思っている人には、叩かれることの多い遊び方です。しかし、遊び方は人それぞれ自由ですし、何よりシステムで禁止されていないので、叩くのは貧乏人のひがみと言われたら、悲しいかなそれまでです。
ピトフーイは、現実世界ではお金持ちである。少なくとも容赦なくゲームにつぎ込めるほどは。レンは一つだけ、彼女のリアルを知りました。そしてこのおかげで、
「今日の銃は《レミントンM870》だよー! ポンプアクションのショットガンといえば、ベタだけどこれよね! 撃ってみる? ね、撃ってみ!」
「やっと手に入ったよ! 《M16》! よく見て《M16A1》じゃないんだよ! 初期モデルのM16だよ!」
「今日はね、9ミリパラベラム弾の自動拳銃ばかり5丁ほど持ってきた。説明するよ、まずはこれが──」
レンは、かなりいろいろな銃器に詳しくなりました。
自分の筋力値が許してくれる銃は試射しましたが、
「どう? どう?」
「うん。撃つのはおもしろいけど……」
「やっぱり、ピーちゃん一筋か」
「うん」
「一途だわー。レンちゃんは! 私なんかね、GGOにある全ての実弾銃を撃ってみたいって思っているのに!」
ピトフーイが吠えました。そして、
「レンちゃん、《対物ライフル》って知ってる?」
「名前を聞いたことがある、程度しか」
「じゃあおねーさんが説明しよう! 対物ライフル、英語だとアンチ・マテリアル・ライフルってのは、まあ、簡単に言うと、飛び抜けてデカイ弾を使う銃」
「デカイ、って?」
「通常のアサルト・ライフルが5.56ミリや7.62ミリ口径なんだけど、そうね、12.7ミリ以上になるとたいていは〝対物ライフル〟って呼ばれるね。これって、重機関銃の弾丸なのよ。第二次世界大戦中は戦闘機が装備していたくらい大きな機銃弾」
「想像もつかないけど、弾が大きいと、威力も大きいの?」
「とーぜん。5.56ミリ弾が400メートルくらい、7.62ミリ弾は800メートルくらいまでしか狙えないけど、12.7ミリになると余裕で1000メートル以上まで狙えるよ」
「せんめーとる? 1キロ?」
「とんでもない長距離でしょ? もちろん、その分だけ銃も大きくて重くなるけどね! 要求される筋力値は凄いことになるよ」
「わたしにはムリだろうなあ……」
「まあ、銃によってはレンちゃんの身長くらいはあるかな」
「えへへ」
「なぜ喜ぶ? ──この手の大型ライフルは、第二次世界大戦までは《対戦車ライフル》って呼ばれていたんだけど、戦車が頑丈になってとても倒せなくなったから、名前が変わったの。長距離狙撃とか、敵の軍事物資を攻撃できる銃として使われているのよ。大きいとはいえ、人間一人で運用できるから便利なの」
「ふーん。大きくて、遠くまで狙える銃、か。じゃあ、持っていると、ゲーム内で最強になれる?」
「いや、全然」
「ありゃ?」
「なにせデカイし重いしで、筋力値の要求も相当高いらしいよ。超遠距離狙撃だとそれなりの技術も必要だし。まー、よほどの好き者じゃないと実戦じゃ使わないんじゃない? 超が三つつくほどのレア銃になるから、ランダム・ドロップで失った日にはショックで寝られないでしょうしね」
「それでもピトさんは持ちたいんだ……」
「おうよ! 自分の部屋のガンロッカーの中に飾りたいのさ! ──このクラスの銃は、サーバー内に10丁くらいしかないって言われていてね、猛烈に高いし、誰も売らないんだ。実はね、一人持っているキャラクターを知ってるんだ。しかも女プレイヤーでね」
「へえ! その銃はさておき、女性プレイヤーってのが驚き」
「シノンっていうんだけど、知らない? 水色の髪の」
「残念ながら」
「まあいいや。そのシノンちゃんが、どこかの地下遺跡ダンジョンでモンスターを倒して、ドロップして手に入れたのが、《へカートⅡ》っていう対物ライフルの1丁でね。彼女がそれをとてもとても大切にしているって聞いたから、捜して見つけて言ってみたの。〝こんにちは! へカートⅡ売って!〟って」
「ピトさーん、それで本当に買えると思ったの……?」
「ダメだった! 身持ち堅いわあの子!」
「…………」
ピトフーイが、超がつくほどのリッチかつガンマニアだということは(そして若干性格に問題があることも)よく分かりましたが、それ以外はほとんど謎です。