ほうかごがかり 1
序章
よる十二時のチャイムが鳴ると。
ぼくらは『ほうかご』にとらわれる。
そこには正解もゴールもクリアもなくて。
ただ、ぼくたちの死体が積み上げられている。
序章
見る限りでは、何の変哲もない中学生だった。
黒い詰襟の中学の制服。やや低い中背。静かな教室で席に着き、周りに座る同じ格好をした少年少女の中に、個性を埋没させるようにして、彼は数学の授業を受けていた。
特徴と言える特徴はなかった。髪型も、制服も、机の上に出ている筆記具も、机の横にぶら下がっている鞄も、何一つ彼の個性を主張していない。アクセサリの一つもついていない。ただよく見ると、たった一つだけ奇妙なのは、机の上に置かれている彼の手の、左手の薬指の爪だけが、まるで剣の切っ先のように尖った形に切られていることだ。
彼は大人しく授業を終えると、クラスの誰とも必要以上の口をきくことなく休み時間を過ごして、また静かに次の授業を受ける。
真面目に――――ノートへの落書きが妙に多く、それが妙に上手いこと以外は――――至極真面目な態度で、と言うよりも、どこか機械的にも虚無的にも思える態度で、淡々と時間割を消化して、この日の授業を終える。
放課後になる。学校に親しい友達はいない。部活動にも入っていない。
なので授業が終わるとすぐに帰宅する。典型的な、反抗はしないが、学校生活に対して何の価値も見出していない、そういうタイプの人間に見えた。
帰路。彼がどこかに寄ることはなかった。
真っ直ぐに家に向けて帰る。学校生活に価値を見出していない彼だが、学校の外にも、楽しみにしているような何かは存在していなかった。
毎日、彼は学校が終わると自宅である集合住宅に帰り、夜になり、朝になると、また学校に出かける。そして真面目に時間割を消化して帰ってくる。彼は中学生になってからずっと、もう一年以上、こうしてレールの上の機械のように、無味乾燥な生活ルーチンを繰り返しているのだった。
今日も、彼は真っ直ぐに帰宅する。
周囲の何にも、無感動に――――世界に倦んだように、興味を示すことなく。
ただ、その帰路の途中、たった一度だけ、彼は立ち止まる。
それは住宅地にある、彼が卒業した母校である小学校の前にさしかかった時で、彼は道の端に立ち止まって、しばし正門を、じっと眺めるのだった。
「……」
そして、おもむろに鞄を足元に置くと。
両手を前に伸ばし――――
人差し指と親指で四角を作って、
小学校と正門の景色を、その四角の中に収めた。
カメラマンが構図を取るように。あるいは、画家が。
彼がそうして、小学校の正門を眺めてしばらくすると、ほんの一瞬、これまで無表情だった彼の顔に、何かの強い感情がよぎる。
「……」
両手が降りた。その時には、彼の表情は、もう元の無感動なものに戻っていた。
彼は足元に置いた鞄を拾い上げると、小学校から視線を外し、身を翻した。
そして再び帰路につき、もう振り返ることもなく、家まで帰る。
それで一日を終える。昨日も。一昨日も。その前も。そのまた前も。
今日も、そのはずだった。
だがこの日は――――いつもとは違っていた。
「あの」
不意に、がちゃ、とランドセルの金具の音がした。
そして呼び止める声。一人の小学生が路地から現れて、彼に声をかけたのだった。
男の子だった。おそらくは高学年。使い込まれた黒いランドセルを背負っている他に、詰め込まれた水彩用の道具が口から覗いている重たそうなバッグを、荷物として片手にぶら提げていた。
「あなたも、絵、描くんですか?」
立ち止まった少年の背中に、男の子はそう問いかけた。
「僕も、あの、さっきの」
そう言って、男の子はバッグを道路に下ろして、両手の指で四角を作って見せる。先ほど少年がしていたように。
「……」
少年は答えないまま、目だけをそちらに向けていた。
無言の中学生にじっと見つめられ、小柄な小学生の男の子は思わず気圧された様子を見せたが、しかしすぐに意を決したように表情を引き締めると、広げた左手を、少年に向けて突き出して見せた。
「協力してくれる、元『かかり』の人がいるって聞きました」
そして問いかける。
「それって、あなたのことですよね?」
男の子の左手の薬指の爪は、まるで剣の切っ先のような形に切られていた。
「……」
少年は、ゆっくりと男の子に向き直った。
そして重々しく男の子を見据えると、少しの間を置いて、口を開いた。
「そっか。じゃあ、君が今の――――」