ほうかごがかり 1
一話 ⑦
見てしまった。
啓は、目を見開いた。
「!?」
「僕もだ」
啓と目を合わせて、彼は言った。
「僕も納得してない。だって僕も、〝呼ばれた〟一人だからね」
白い髪の少年の表情は、その目は、啓が思い描いていたものとは違っていた。啓を見上げる彼は、たった今まで下手な諧謔と露悪を振り回していた彼の目は、ひどく真面目で真摯で冷静で、そしてひどく――――倦み疲れていた。
「…………」
啓は、何も言わなかった。
目を見開き、口をつぐんだまま数秒、そんな彼の目と、彼の足を掴んでいる、『何か』の手を、じっと見た。
そして、止まっていた息を、静かに飲み込む。
それから数歩、彼から身を離した。周りのみんなの視線が、彼から外れるように。みんながあれに気づかないように。ここで、啓が見た〝手〟に気づかれても、啓の内心が今そうなっているように、収拾のつかない混乱を呼ぶだけと思ったからだ。
そして、同時に理解した。
ここに来てからずっと納得がいかなかった、公明正大な性格の惺が、ずっとこの少年に協力的にしている、その理由を。
「……」
少年は、啓が何もせずに離れると、溜息をつき、見上げていた視線を再び下ろした。そしてまたみんなから視線を外し、壁の方を向いて、背を丸めて机に頬杖をついて、中断した説明を再び続けた。
「……御愁傷様。キミらも、僕も、望んでないのにここに〝呼ばれた〟」
改めて、皮肉げに彼は言う。
「でも、呼ばれたのは、キミらだけでも、僕らだけでもない。ずっとずっと、毎年七人が『ほうかごがかり』として、ここに呼ばれてきたんだ」
「…………!」
その言葉に、みんなの気配が動揺するようにざわめいた。
「多分、この小学校ができた時から、ずっとそうだった。そんな過去の『ほうかごがかり』の記録が、ここには残ってる。その棚にあるものが、全部そうだ」
言って指差したのは、部屋の片面を埋めている、大きく古びた木製の棚。改めて目を向けると、その棚にはぎっしりとノートや綴じられた紙束が、比較的新しいものから変色しているものまで、綺麗なものから乱雑なものまで、大量に詰め込まれていた。
この全てが記録だという。
小学生の身では気の遠くなるような、啓には、そしてきっと他のみんなにも、実感が湧かないほどの、長い年月。大量の記録。
「僕はそこの記録を、ずっと読んでる」
彼は言う。
「ずっと昔から、この『ほうかごがかり』は続いてる。何十年もずっと続いて、一度も解決なんかしていない」
「…………」
「今、キミらは戸惑ってると思う。まだ夢だと思ってるやつもいるだろう。キミらは僕の言うことを信じてもいいし信じなくてもいい。従ってもいいし逆らってもいい。けど、まずは僕や緒方くんの説明やアドバイスを、一応でも聞いておいた方がいい。とにかく何もかも、判断するのはそれからだ」
誰ともなく、みんなが惺を見た。黒板の傍に立った惺は、神妙な表情で頷いた。
「そういうことになる。まずはよろしく」
「緒方くんは去年から、『かかり』の仕事をやってる」
付け加える少年。
「それから、そこの堂島さんも。経験者が二人もいる年は珍しいよ。おかげで僕も、少しは楽ができそうだ」
「……!」
急に名前を呼ばれて、箒を持った少女が、みんなからの視線を受けて、慌てておどおどと会釈した。
「そうだね、じゃあ、まずは」
そこで、少年は座る姿勢を変え、腕組みをする。
その後を惺が引き取った。
「じゃあ――――とりあえず、お互いに自己紹介しようよ」
と宣言して。
黒板に書いた『ほうかごがかり』の文字の横に、まず『緒方惺』と、自分の名前をお手本のような上手な字で書き込んだ。
5
緒方惺
堂島
二森啓
顧問――――太郎さん
†
黒板に、七人の名前が書き込まれた。
惺と菊と啓、真絢の四人が六年生。イルマと留希が五年生。
「見上真絢」
簡単な自己紹介では、最も口数が少なく名前しか口にしなかったが、それでも彼女が最も印象に残った。飛び抜けて容姿が整っていて、髪が長く綺麗で、背も一番高く、加えて人前に慣れている堂々とした態度。そして基本的に人のことをあまり憶えない啓でさえ、はっきりとその存在を認識している有名人だった。
そして、
「小嶋留希です。五年二組です。よろしくお願いします……」
次に印象が強いのは、留希だ。
線が細く、睫毛が長く、髪もやや長めで、制服がズボンでなければ勘違いしたかもしれないくらい、可愛らしい容姿の少年。
だから最初は女の子かと思った。名前も女の子っぽい。だが手足や骨格が、啓のような習慣的に人間をよく見ている、観察力が高めの人間からは隠しきれない程度には少年で、自己紹介の声もちゃんとした少年のものだった。
「ボクは……瀬戸イルマ、です。五年一組です」
その次はイルマ。自分のことを『ボク』と呼ぶ女の子。
彼女も、何となくだが学校で見たことがある気がする。『イルマ』という名前からもそうだが、肌も少し他の子よりも褐色がかっていて、おそらく両親のどちらかが、どこか南方の外国人であるらしいことが窺えた。
そして――――
「あっ、えっと、えっと……堂島、菊です……六年二組です……」
最も容姿の印象が薄いのが、彼女だった。
聞けば啓と同じクラスだった。言われてみれば確かにいた気がする。だが啓には、彼女についての印象がほとんどなかった。ロングヘアというわけではないが前髪が長めで、顔が隠れ気味。声が小さく、態度が弱く、容貌も素朴で、特徴が薄い。しかしだからと言って悪目立ちするほど非社交的なわけでもない。
パーカーの袖から覗く手指や、ハーフパンツから出ている脚に、いくつも絵柄付きの絆創膏を貼っていて、それがかろうじて啓の記憶にあった。今は場違いな竹箒を抱くようにして抱えているので、まずそれに目がいった。
だが、それもやはり、本人そのものの特徴とは言い切れない。だが、容姿の特徴が他の子と比べて平凡という点では、この中では唯一彼女だけが、啓と同じカテゴリにいる人間だと言うこともできた。
「……さて」
そんな面々に、惺と啓と『太郎さん』を加えて。
七人が、順番に自己紹介を終えると、小学生らしい順応性で、惺に主導される形でいつの間にか『ほうかごがかり』の係活動らしい形になっていた。
「じゃあまず、『かかりのしごと』の内容について、詳しく説明しなきゃね」
惺が言う。