ほうかごがかり 2

五話 ①

『ムラサキカガミ』



 紫鏡。二十歳までこの言葉を憶えていると、死んでしまうとされる怪談。

 事故死する、病死する、全身に鏡の破片が刺さって死ぬ、ハンマー男に殺される、鏡に引きずり込まれるなど、さまざまなバリエーションがある。起源とされるエピソードや、回避する呪文などにも、多くの異説がある。



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「『無名不思議』に殺された子は、存在自体が消えてしまうんだ。いなかったことになる」




「犠牲者は存在を怪談の養分として吸い取られて、怪談の一部にされる。代わりにこの世界からは消えてしまうんじゃないか、って」




「どういう仕組みで人の存在が世界から消えるのかは分からない。でも完全に消えてしまうわけじゃないらしくて、少しだけだけど〝ほころび〟があって、消えそこねてる部分があったりすることが確認されてて」




「一番わかりやすい〝ほころび〟が――――僕ら『かかり』が、憶えてるってこと」



 ………………


         †


 この世界から、真絢の〝存在〟が消えた。

 瀬戸イルマにとって、それは世界が壊れるような衝撃だった。

 イルマの世界から光が消えた。しかも、とても許されない、残酷な形で。

 単純に死ぬよりもひどい結末で。無惨に殺され、遺体を徹底的に破壊され、さらにその尊厳も生きた証も何もかも踏みにじった、冒涜に等しい結末だった。

 家族や友達が知り合いが、そんな目にあっただけでも、大変なショックだろう。

 だが、真絢のことは、それどころで収まる話ではなかった。

 イルマにとって真絢の存在は、家族以上の存在だったからだ。 家族を超える、唯一にして、特別な存在。イルマにとって真絢は――――家族なんかにはこんな感情を向けようがない、自分の全てを賭けて、憧れて、心酔している、しかしそれでいてとても近くにいる、まさに奇跡のようにそこにいる、と言っていい存在だったのだ。


 イルマの心の中心には、ずっと〝ヒロイン〟という存在がいた。


 小学生になる前まで、ママの国であるインドネシアで暮らしていたイルマは、いずれパパの国である日本で暮らす準備の助けになるようにと与えられた、たくさんの日本のアニメと漫画に、与えた両親が後悔したくらい夢中になった。

 没頭した。アニメの中の、ドラマチックな物語と世界に。

 きらめくようなキャラクターたちに。そして中でもイルマの心を釘づけにしたのは、物語のヒロインたちだった。

 綺麗で、可愛らしくて、優しく、気高い女の子。

 彼女がストーリーに現れただけで、世界が変わる、特別な存在。

 そんな存在に、イルマは夢中になった。最初は自分に投影して。最初は自分がヒロインになる空想を遊ばせ、ヒロインごっこをしたりしていた幼いイルマは、しかしやがて投影した時に最も心がときめくのは、自分がヒロインになる想像よりも、そのヒロインに出会う自分を想像した時だと気がついた。

 自分がヒロインなるのではない。

 出会いたかったのだ。手を引いて、今までの自分から連れ出して欲しかった。

 だんだんと知ってしまったから。自分は、あんなにきらめく存在じゃないと。

 引っ込み思案というわけではなく、しかしリーダーシップを取れるほどではない。不細工ではないが、誰もが振り返るほど可愛くもない。得意なこともないし、胸を張れるほど人に優しくもない。卑怯な心も持っていて、何よりすごく怖がりで、ヒロインにはふさわしくない。つまりイルマは――――あまりにも〝普通〟だった。

 イルマは憧れた。ヒロインのいる漫画の世界に。

 そこに描かれる日本に。いずれ住むのだと教えられている国に。

 そしてそこで、もしかすると出会えるかもしれない、ヒロインの存在に。

 普通ならば、実際に住んでみて、現実の日本にそんなものはなかったと現実を知って失望する、夢見がちな幼少期の一幕になるはずだったのだが――――イルマはそこで。自分の知っている有名人に。そんな人との、偶然の出会い。

 それが、見上真絢だった。

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