ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ①


 てんじようの明かりが、ゆっくりと、ゆっくりと明るくなり。

 そして完全に明るくなる前に、ちゆうで力つきたように、ふっ、と消える。


「…………」


 くらやみ

 そしてまた、息をかえしたように再びてんじようにぶく明かりがともる。

 ゆっくりと明るさを増し────そして力つき、消える。

 くらやみ


「…………」


 明かりが消えると、この部屋の中は目の前にかざした手のひらも見えないほど、暗い。

 そのくらやみていこうするように、じんわりとともる電灯の光は、力つきる寸前の最も明るい時でさえ、たそがれ時のように弱々しい。

 そしてまた、ふっ、と消える。

 くらやみ

 やがてまた、じわり、とともる。

 力つき、消える。

 くらやみ


「…………」


 どうのように、あるいは呼吸のように、電灯はゆっくりと、めいめつをくり返している。

 広い空間を、ごく短い間だけかびがらせる明かりは、あまりにもたよりなく、この部屋は体感として、ほぼくらやみであると言ってよかった。

 広く、暗い部屋。

 また明かりがともる。

 その死にかけの電灯によって、断続的に照らし出され、かびがっている部屋は、とある学校の教室だった。

 小学校の教室。まだ新しいれいな教室だ。

 ほとんど傷もよごれもない子供用の机とと、そして正面のきようたくが、ほぼとうかんかくに、ずらりと並んでいる。

 黒板と、たなと、窓とカーテンと、さまざまなけいの張り紙。

 かべぞいに、にぎやかに並ぶそれら。そんな教室の光景が、くらやみにすっかり包まれていて、そして断続的に息をかえす明かりによって、また照らし出されるのだ。

 そして、その光景の中に────



 



 教室のほぼ中央、並んでいる机の間を、まるで授業を見回る先生のように、異様な姿の化け物が

 化け物は〝人形〟だった。

 教室の真ん中、大人の頭ほどの高さにかびがっているそれは、わざとらしいほどプラスチックのこうたくがある、子供を模した人形の頭部だった。目を見開き、ほほみながらも表情の動かないそれは、実物の子供とほとんど同じ大きさをしている。そしてツヤツヤとしたほおと、すぼめて笑った小さな口と、何の感情も映していない大きな丸いガラス玉の目で、ただ無意志にゆっくりと周囲をへいげいしていた。

 そして、


 その首から下には、三本の足がある。


 いやちがう。

 正しくは、

 それどころか足ですらなかった。ゆかに立つそれは、足ではなく〝手〟だった。大きな人形の首には、そこに続くべきどうたいが存在せず、ただられて穴が開いていて、そこから三本の長い手が、にゅう、と直接生えていたのだ。

 いびつに細長い、

 それらはたこつぼの中からしたなんたい生物のしよくわんめいた姿で、そそり立つかのように生々しくびて、足の機能を果たすために、ぺたりとゆかに接していた。

 細い五本の指がある、子供の手のひら。そんな小さな手のひらから、うでが大人のたけの長さまで作り物の頭部に続いている様子は、あまりにもバランスを欠いていて、あまりにも異常で不気味だった。

 そして────それらの手は、〝人形〟ではない。

 肉だった。三本の手は、上にっているプラスチックの頭部とは全くちがう、完全に肉の質感をしていた。

 やわらかい肉感。しかしそれは白とも、青灰色とも、土気色ともつかない、死んだ肉の色をしている。ねんじみて死肉の色をした、ねん細工じみてバランスを欠いた三本の手が、生々しく生きて動きながら、上にった人形の頭部をうんぱんしていた。

 

 そうとしか呼べない異形の存在が、教室の中を歩いている。


 ぺた。

 ぺた。

 ぺた。


 とくらやみの中に、音がする。

 三本の手が、手のひらの肉が、かたく冷たいゆかに、代わる代わるれる、音。

 そんな〝足音〟の上に、ななめにかたむいた人形の頭部がっていて、何の表情もないガラス玉の目で、周囲を無機質に見つめていた。てんじようの明かりが息をかえすたび、〝それ〟の姿が、不気味に照らし出される。

 うすぼんやりとした明かりの下で、〝それ〟の無言の視線が、教室を走査する。

 無感動にさぐっている。こんちゆうが、じっと静かに、えさの存在をさぐるかのように。

 そして────



「………………っ!」



 そんな〝異形〟がいる教室の、きようたくの下に、男の子が一人うずくまって、必死に息を殺して身をふるわせていた。

 がらな小学生男子。眼鏡をかけ、おとなしそうな容姿。

 着ているのはなんへんてつもない、はんそでポロシャツのだん

 街を見回せば、どこにでもいそうな格好の少年。ただひとつだけつうではない部分は、そんな彼の首元には、地味な格好に全くそぐわない、ひどく目を引く、血のように赤いリボンが結ばれていた。

 名前ははる

 六年生。彼はきようたくの下に身をかくしていた。

 何から身をかくしているかは、言うまでもない。

 かくれ、おびえ、強く目を閉じている。そんな彼の背後にある真っ暗な空間から────ときおり照明が照らすだけのくらやみから────〝音〟が聞こえている。


 ぺた。

 ぺた。

 ぺた。


 と。

 身を縮め、丸めた背中の向こう側に広がっている教室の空間に、聞こえている。

 そこを裸足はだしで歩いているような〝足音〟が、ずっと歩き回っている。そして明らかに生き物ではない、しかし生き物のように動いている異様な〝気配〟が、足音とともに、ゆっくりと移動していた。


「………………!」


 はるは、必死に息をひそめて、〝それ〟からかくれていた。

 閉じこめられていた。動けば、音を立てれば、そして見つかってしまえば、どうなってしまうのか分からなくて、思わずかくれてしまったこの場所から、もう一歩たりとも、動くことができなくなっていた。

 あんなもの、先週まではいなかった。

 毎週金曜日の深夜、十二時十二分十二秒に呼び出されるこの場所。これまで何度も来ているこの教室は、今まではあんな化け物ではなく、ただ真ん中の机の上に、人形の頭が置いてあるだけだったのだ。

 今までのように、いつものように、人形の頭を横目に見ながら部屋に入り、観察記録をつけようとした。

 そうしたら────人形の頭がきもつぶし、あわてて目の前のきようたくの下にかくれたが、明らかに失敗だった。すぐに後悔した。最初に回れ右をして、教室の外にげるべきだったのだ。

 結果、もうきようたくの下からすことも、助けを呼ぶこともできなくなった。

 閉じこめられてしまった。だが運動がてんでダメで、過去五年間、ずっとクラスで一番足がおそかったはるには、走ってげるという発想は、最初に出てこなかったのだ。

 走ってげても、追いつかれるに決まっているからだ。

 この『かかり』になってからずっと、ねむるたびに見ている悪夢と同じだった。

 姿のない足音だけの〝何か〟に追いかけられる夢。必死でげるけれども、足はもつれて前に進まず、最後には追いつかれて────そしておそろしい力で手足をつかまれて、はっ、とあせびっしょりになって目を覚ます、あの生々しくこわい夢と同じようにだ。

 きようたくの下のくらやみの中で、声には出さず、心の中でさけぶ。


 助けて……!

 だれか助けて……!


 がちがちに縮こまって身と息をひそめながら、そして心の中でさけびながら、はるはただ背後の足音を聞き続ける。

 せまり、はなれる、むき出しの肉の足音を。

 この足音が、教室を出てどこかに行ってくれることを、心の底から願いながら。

 とにかく〝あれ〟がこちらに近づいてこないことを、こちらの存在に気づかないことを、心の底から、しぼり出すようにして神様にいのった。

 だが────足音は、教室から出ることなく、もう何十分も部屋の中をうろついている。

 絶望的だった。〝あれ〟はずっと教室の中にすわって、ウロウロと歩き回り、当然かくれているきようたくに何度も近づいてきた。


刊行シリーズ

断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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