ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ②

 そのたびに見つからないように、早くはなれてくれるように、頭の中で唱えた。

 何度も何度も何度も。きようのあまりさけび出さないように、歯を食いしばって、願った。


 ぺたっ。

 ぺたっ。

 ぺたっ。


 また、足音がだんだんと大きくなってくる。

 はなれていた足音が、また近づいてきたのだ。

 あせが出る。体が、顔のが、固まる。

 真っ暗な中で、たった一人きようたくに身をひそめている、その背中のに、〝あれ〟がだんだんとせまってくる。


「………………っ!!」


 息を止める。縮こまる。体がふるえる。

 音を立てないように必死で気配を殺すが、体のふるえが、体の中で鳴る心臓の音が、外にれているようにしか思えなくて、に気づかれているのではないかと思えて、こわくてこわくてたまらない。

 背後で、だんだん近づいて、大きくなってゆく足音。


 

 

 


 大きく、近くなってゆく足音。そしてきようたくの板一枚だけをへだてた至近きよで、〝それ〟が動いている気配。

 そのすぐそばで、自分の存在をさとられないように、口を両手でおおっている自分。

 なみだになりながら、必死で身を縮めている自分。


 


 そして────足音が、すぐそばで、止まる。

 せいじやく。すぐそこに、手をばせばれてしまいそうなきよに、気配が立ち止まる。

 それから、



「…………………………」



 、と。

 視線が背中に降った。

 無機質な視線が。無意思な視線が。立ち止まった気配から、音もなく立っている〝それ〟から、大きなガラス玉の視線が、じっ、と降り注いでいた。

 今まさにかくれているきようたくが、その周囲が、注視されていた。何の感情もない大きな目から向けられる、異様なまでにはんの広い視野が、見えない圧力のように強い気配で注がれて、押しつぶされそうになった。


「…………………………………………………………!!」


 いやだ!

 見つかりたくない!

 僕はここにいない! だれもいない! あっちに行け!

 心の中だけで、そんな願いを、さけぶように唱える。呼吸と、ふるえる体と心臓の音を、押さえこもうとするかのように、自分の体を強く強くめる。



「…………………………………………………………………………っ!!」



 きんちよう

 ちんもく

 そして。


 ……ぺた。


 ひどく長く感じた数分後。再び足音がして、背後の気配がはなれた。

 気配が動き出し、足音と共に、向こうへとはなれはじめた。

 しばし、かくにん。そして────あん


「…………!」


 きんちようと、いつまでこれが続くのかというきようたんは残したまま、それでもひとまずまた危機が去ったことに、何度めかになる少しだけの安心をした。

 えろ。えるんだ。

 自分に言い聞かせる。

 えるしか、助かる方法はない。

 幸い、身動きもせず音も立てなければ、〝あれ〟はこちらに気づかない。がんって、時間切れまでえる。そうすれば助かる。そうかくにんする。

 そうかくにんした、そのしゆんかんだった。


 


 胸ポケットのけいたいが。

 はだに伝わるしんどう。それとしんどうの音。

 せいじやくの中に、マナーモードのしんどうの音が、おそろしく大きくひびきわたる。


「ひっ!!」


 そのかんしよくと音に飛び上がった。

 なんで!? どうして電話が!? ぶわ、と全身にとりはだが立ち、あわてて着信を止めようと、反射的に胸ポケットに手を入れて、中のけいたいを引っ張り出した。

 たん、自分の周囲が明るくなった。

 むき出しになった、きようたくの下が、目の前のかべが、黒板が、明るく照らし上げられた。


「あっ」


 失敗をさとった。

 ろうばい


「あ……あ……!」


 そしてろうばいして動けない、その目の前で。


 

 


 人形の頭が、



 長い子供の手が、

 見開いた視野の上のはしから、


 


 と目の前に、

 うようにして現れて──────



「────────────────────────────────っ!!」



 大きな、大きな悲鳴をあげたしゆんかん

 がば、と長い死肉の手がいつしゆんのうちにばされて、そのさけんだ口を、顔を、ていこうしようと前に出したうでを、その冷たくおぞましい五本の指で、しよくするように乱暴につかんだ。


 …………………………!!

 ………………………………………………!!


 ………………




 けつけると、悲鳴が聞こえた教室の中には、見たことのない〝化け物〟がいて。

 そしてその〝三本の手が生えた人形の頭〟がうろつく教室のゆかに、窓の外から向けられたかいちゆう電灯の光に照らされて、血の海の中に落ちているはると、それから残った頭とどうたいが、どういうわけかまるでオーブンの中で焼かれているじゆのように、じわじわてらてらとのを見て──────


「────────────────っ!!」


 けつけた一同は。

 いつせいに、すさまじい悲鳴をあげた。



 六月二十日、金曜日。

 深夜の『ほうかご』。この学校の『ほうかごがかり』の集合場所になっている一階のげんかんホールでは、いま五人の少年少女が、立ちつくし、座りこみ、ひざをかかえ、全員沈鬱に黙りこんで、あるいはなみだを流していた。

 暗いホールだった。

 いるのは四人の女子と、一人の男子。

 五人。これが今年の『ほうかごがかり』の全員だ。つい今しがた。最初は男子が三人いたのだが、そのうちの二人目が、いま死んだのだ。

 担当していた教室で、異常な死をげていた。

 ここにいる一同は、悲鳴を聞いて様子を見にけつけたところで、おそろしいそれを発見し、急いでここまでげてきたばかりだった。

 この小学校の校舎は、建ってから五年ほどの、まだ新しい建物だ。その一番大きな入り口であるげんかんホールの中で、たんと、きようと、絶望と自失が、いくつかのかいちゆう電灯と電池式のランタンによって、うすくらがりの中にいんうつに照らし出されていた。

 げんかんホールは暗かった。

 この学校の『ほうかご』は、外灯には明かりがともっていて、しきとグラウンドははしまで見通せるくらいじゆうぶんに照らされていた。にもかかわらず、逆に校舎内の明かりはどういうわけかほぼ全く機能しておらず、建物の中は真っ暗か、死にかけててんめつしている電灯ばかりだった。

 このげんかんホールも例外ではない。明かりはなかった。ただ本来は真っ暗なはずのホールは、外につながっている大きなガラス戸があるので、そこからしこむ外の明かりによって、うすぼんやりとだが照らされているのだ。

 それから少年少女たちがそれぞれ所持している、けいたい型ライトの光も。

 それらの強い、しかし限定的な明かりが、ホールに立ち並ぶスチール製の箱と、事務室に続いている受付の窓と、かべけいやポスターなどを、切り取るようにしてかびがらせている。

 それからかびがっているものは、もう一つ。

 だ。このホールからは、北と南の校舎へ向けて二方向にろうびていたが、それらはどういうわけか大量の机を積み上げて作られた大きなバリケードによって、物々しくふうされているのだった。

 入り口から入って左右に続く、ふうされたろう

 そして正門とグラウンドにそれぞれ出ることができる、前後の大きなガラスの引き戸。

 げんかんホールは、いわばその十字路だ。そして奥のガラス戸から見えるグラウンドには、石を積んだまつな墓標が二十ほど並んでいて、それから今はだれも目を向けていない正門方向のガラス戸には、鉄のこうの門と、そのさらに向こうに、たがいにが並んでいるという、異様な光景がのぞいていた。


刊行シリーズ

断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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