ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ③

 そして────そんなホールの空気を満たす、細かいノイズ。

 てんじようのスピーカーかられ続ける、耳の中に砂を流しているかのような、耳よりもむしろ神経にれる、かすかなノイズ。

 校舎の中の空気を満たしている、そのノイズ。降りそそぐと、周囲と心の内側のくらやみさいなまれながら、五人の少年少女はうつうつと長くて重いちんもくを続けていたが、やがてホールのはしに立っていた一人の女子が口を開いて、みんなに向けて言葉を発した。


「…………みんな、ごめんなさい」


 黒い印象の、人形じみた少女だった。

 変わった格好の少女だった。長くばした波打つくろかみに、足首まである黒いスカート。上半身に身につけているシャツは白いが、その大半が、マントのように羽織った大人用の黒いケープによって、ぞろりとかくされていた。

 首にはどういうわけか、ひどく目をひくあざやかな赤いリボンが結ばれている。

 右手には、ぶら下げられた電池式のランタン。そして左手には、最もみようなことに、赤いドレスを着せられた、西いていた。

 名前をとうという。

 がらだが六年生だ。はその人形じみたかおちんうつにうつむかせ、いるように、それからこのじようきようへのこんわくもにじませて、ホールにいるみんなに言った。


「こんなことになるなんて……私がもっと、しっかりしてれば」


 ランタンの光が、うつむいたその顔を照らす。表情にかげが差す。彼女は今年の『ほうかごがかり』にいる、たった一人の経験者。今のじようきようと去年の様子を身をもって知っている、たった一人の、去年からのけいぞく組だった。

 この『ほうかごがかり』について知っている、ただ一人の人間。

 だから、この『ほうかご』とは何なのか、『かかり』とは何なのか、ここに呼ばれた自分たちが何をすればいいのか、みんなに教えたのはだ。

 なのに、こんなことになった。だから彼女は謝る。

 謝罪する。もう二人めのせいしやが出てしまったことを。たった一人しかいない、経験者としての力不足を。

 彼女は感情表現が苦手だ、こんな時でも、表情にとぼしい。

 その顔を、しんみようにうつむかせ、はみんなに向かって、深々と頭を下げる。

 そんなに、同じくホールにいた、別の女子が声をかけた。


「それは、ちゃんが謝ることじゃないよ」


 とは様々な部分で対照的な少女だった。かみを高く二つ結びにして、とは正反対のはっきりとした表情。表情のみならず、着ている服もいわゆるギャル寄りで、とはちがっていかにも外交的で気が強そうに見える彼女は、その印象にたがうことのない、じような立ち姿をしていた。

 このじようきよう下でいくらか顔色を悪くしながらも、クレヨンサイズのミニライトと、それから重たいバールを、右手にまとめてつかんで持っている。そして空いた左手をこしに当て、力強いおうちで、の方を見ている。


五十嵐いがらしさん……」


 が、彼女の名を呼んだ。

 名前は五十嵐いがらし。五年生。その首にはと同じ、しかし彼女の服装にはいまいちそぐわない、赤いリボンが結ばれていた。


「でも……」

「だって、どうにもできないでしょ、あんなの」


 は、の言葉をさえぎって、たったいまみんなでげてきたバリケードでふさがれた通路の方を見ながら、くやしそうに言った。


「だいたい、ちゃんが教えてくれなかったら、わたしらみんな、いまごろ何すればいいかも分からずに死んでたかもしれないし。多分もっとヒドいことになってたよ。そこはむしろ感謝してるんだから、謝ることないよ」


 そう言い切るの言葉に、だれからも異論は出ない。それでも、は頭を下げることはやめはしても、視線は相変わらず落ちたままで、表情が晴れることもない。


「……でも」

「まあ……でも、確かに、ね」


 ともあれ、このどうにもならない現実は、も認めた。


「自分を責めちゃうのも、分かるけど。でも、だれの責任でもないじゃん」


 言いつつ、ため息とも、をこらえたとも定かではない、深い息をく。

 もこうしてじようってはいるが、顔色は血の気が引いていて、くちびるも白い。の自責がひどいことにならないように否定するために、とにかくカラ元気を見せただけでしかないのだ。


「……」


 無理に出した元気は、すぐにきる。

 場は暗いまま。なにしろ友達が死んだのだ。おそろしい状態で。少し前まで生きていて、言葉をわしていた子がだ。

 おそろしい悲鳴を聞いてけつけると、そこには化け物に手足をちぎられて、五体をバラバラにされた彼の体があった。そして────血の海の中で、残った頭とどうたいがまるで火であぶられたじゆのようにぢりぢりと縮んで変形し、けたようになりながら、じよじよにてらてらとこうたくを帯びてという────あまりにも異常でおそろしい光景を目にしてしまったのだ。

 みんなの目に焼きついた、そのさんげき

 それからありありと耳に残っている、校舎の中に長くひびいた、すさまじい悲鳴。

 その長い悲鳴の間に、彼が何をされていたのか、そのしゆんかんだれも見てはいない。だがあの光景を見れば、決定的しゆんかんなど見なくても、おのずと知れていた。

 彼が────いや人間が、あんなおそろしい声を出すのを、初めて聞いた。

 死んだはるはおとなしい男子だった。大きな声を出すのはむしろ苦手な、運動も、それに争いごとも苦手な、やや気弱で引っ込みあんな、しかし温和で頭のいい男の子だった。

 そんな子の上げた、学校中にひびきわたる、すさまじいさけごえ

 痛みと苦しみときようと絶望の、ではなく身がすくむさけび。何分ものあいだ続いたその声が、死によってれるまで、たぶん彼はあのおそろしくて気味の悪い化け物につかまえられて、その手と足を、想像を絶する力で生きたまま引きちぎられたのだ。

 みんな、だれも、そうだとは口にしなかった。

 だれもが口をつぐんでいた。口にすれば、直視するしかなくなるからだ。

 出現したおそろしい化け物。友達のさんな死。ざんな死体。異常な現象。

 そして、それらが次は自分に降りかかるかもしれないという事実。それどころか、今にも化け物がバリケードを破って、このホールにおどり込み、自分たち全員がされたとしてもおかしくないのだという、実感を。

 それは小学五年生と六年生に、えられるものではなかった。

 もっとパニックになっていても、おかしくはない。それでもここにいる五人が、かろうじてこの程度でえられている理由は、せいしやが出たのが初めてではないことと────それからもう三ヶ月近く、毎週ここに呼び出されて過ごしてきた、その期間のおかげ、あるいは、その期間のだった。

 みんな押し黙った。心がつぶれていた。

 そんな無言の果てに、一番ショックを受けている様子で、ゆかに座り込んでいた男子が、半ばぼうぜんとした声でつぶやいた。


君……」


 一見してスポーツマン風の少年だった。

 サイズが大きめのTシャツに、ハーフパンツ。えりあしげた、活動的なかみがた

 その頭に、ゴムバンドつきの小型のヘッドランプを巻いている。そのランプの光が、うつむいた頭にしたがって、座り込んだ足元を照らしていた。そしてそのゆかに落ちた光の輪の中でにぶく光っているのは、今は手をはなれてゆかに転がっている、彼自身の持ち物である、金属バットの持ち手。

 それから首に結ばれた、赤いリボン。

 彼はゆう。六年生。ゆうはこの三ヶ月間、数少ない男子同士ということで、死んだはると、他のだれよりも密に接していた。


刊行シリーズ

断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
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