ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ④

 そんな仲間のおそろしいさいたりにして、彼は過呼吸のような息をしながら、目を見開いてゆかを見ていた。暗くてかたくて冷たいゆかにじっと目を落としながら、必死でこのおそろしい現実と、自分の中の感情にえていた。

 そんな中かられた、たった一言の、死んだ彼の名前。

 そのたった一言は、がんってカラ元気で立て直そうとしたみんなの心のていぼうに、確実によくない形の穴をあけた。


「なんで、こんなことになっちゃったの……?」


 ホールの別のすみに、並んで座っている二人の女子のうちの片方が、つぶやいた。

 同じデザインの、色ちがいのワンピースを着た女の子が二人。二人は同じ顔をしていた。かみがたは少しちがうが、二人とも同じ、かたあたりまでの長さ。

 明らかにふたである二人は、このじようきようおびえるように、ぴったりとって、ひざかかえて座っていた。二人とも、今にも泣き出しそうな顔をしてふるえていて、いまれたつぶやきの声も、なかばなみだごえだった。

 ふじと、まい

 つぶやいたのは姉、の方。妹のは何も言わなかったが、同じ顔をして、同じポーズでじっと座っている。

 そして、二人の首に、そろって同じ赤いリボン。

 全員の首に結ばれているリボン。これは別に、みんなで示し合わせて身につけているわけではない。『かかり』として『ほうかご』に呼び出されたときに、全員の首に、なぜか分からないが勝手に結ばれているものだった。

 あまりにも気味が悪い。だが、だれも外さずにいる。

 というのも、この面々が『ほうかご』に呼び出された最初の日。最初の七人の中にいた一人の男子が、さくらんして学校からそうとし────正門から外にしながら首のリボンをがしたしゆんかんとその場所で首がたれて頭が転がり落ち、残ったどうたいが勢いのまま前のめりにたおれて、虫のように手足を動かしながら死んでしまったのを、みんな見てしまったからだった。

 その彼はいま、校門の外に並ぶぼうれいの列の、真ん中に立っている。

 ぼうれいの一人になっている。自己しようかいどころか、まともに顔を合わせる間もなかった。ここにいるだれも、彼の名前を知らないままだ。

 だが、その姿は全員の頭に焼きつき、今も見ようと思えばすぐに見られる場所にいる。

 自分もかもしれないと、みんながおそれている。

 そして今日、おそれていたのとは別の形だったが、とうとう二人目のせいしやが出た。もうリボンだけではなく、ここでは何が起こるか分からなかった。

 どんなおそろしいことが起こるか分からない。このホールに落ちている重くて絶望的な空気は、改めてきつけられたそんな不安やきようなどが、それぞれの中で何重にも重なったもののあらわれだった。


「……ごめんなさい」


 が、れ出したみんなの感情に向けて、再び謝罪を口にする。


「私、案内人なのに、みんなを案内して守らなきゃいけないのに、去年のみんなからその役目を任されたのに、全然できてない……」


 みんなの感情を自ら背負って、うつむく


「去年とはぜんぜんちがってて、経験がぜんぜん役に立たなくて……」

「だから、ちゃんが謝ることじゃないってば」


 その謝罪に対してもう一度、がさっきと同じようにくぎす。


ちゃんのせいじゃないでしょ。ちゃんも、わたしらとおんなじで、巻きこまれただけじゃん」


 だがは、そう言ったあとで────少し迷って、そしてこれだけは聞かなければいけないと、に問いかけた。


「でも……これだけは、一応かくにんさせて」


 こしに当てていた手を、かたがけしたサコッシュにれさせる。


「ほんとにこれで『記録』してれば、化け物は大人しくなるんだよね?」


 そのサコッシュの中には筆記用具とノートが入っていて、それが一部はみ出して、フタのない口からのぞいていた。

 ここにいるみんなは、自分の担当している化け物をこうやって『記録』していた。

 自分たちの持ち込んだノートやメモ帳に、日記のように書きこんでいるのだ。


「……うん、去年はそれで、ちゃんと『卒業』してた」


 は、暗い表情で答えた。

 化け物を『記録』する。そうすることで化け物たちはおとなしくなり、六年生の終わりまでえれば無事に『かかり』は終わる。初めてみんなが『ほうかご』に呼び出された時、はそう説明していた。

 と────それから、が。


「それで去年は、みんな…………えっ?」


 の質問に答えたは、そこで不意にだれかから声をかけられたように反応すると、左手にかかえていた首のない西洋人形に、耳を寄せるように顔を近づけた。

 人形の赤いドレスには、よく見ると、


「えっ。うん…………うん……」


 はそんな人形の、首から上の何もない空間に少し耳をかたむけていたが、不意に目のしようてんが合わなくなって。同時に少しだけ開いたくちびるの間から、どちらかというとわいらしい彼女の声とは明らかにちがう、落ち着いた少女の声がした。



『……ちがってないわ』





 くちびるは、舌は、動いていなかった。


『記録することは、あなたたちにできる一番の対策なのはちがいないわ。記録は〝あれら〟の最も求めるささげ物。だけど同時に、〝あれら〟の力を最もぎ落とす毒よ』


 は言う。の声ではない声で。の言葉ではない言葉で。口も、表情も動かさずに。その声で話し始めたとたん、急に、どことなくしようてんの合わなくなった目で、みんなの方を見つめながら。

 まるで人形がしやべっているかのようだった。

 いや、それは、そのものだった。


『記録されればされるほど、〝あれら〟は限界も規則もない化け物から、あらゆるものにしばられた何かに変わってゆく』


 彼女は言う。


『でも〝あれら〟は、そんな〝何か〟になりたいの。あなたたち子供が大人になるように。運が悪いと、待ちきれなかった〝あれら〟におそわれるわ。と言うよりも、〝あれら〟は常にそのタイミングをねらってる。気をつけて』


 落ち着いていて、無機質な、しかしどこかやさしいこわいろ。忠告の言葉。その言葉のあいだ、うでは、いていた人形の体を起こしていた。ちようしゆうであるみんなの方に向けるように。いまの口から出ている言葉がの言葉ではなく、この『人形』の言葉なのだと、そう示すように。


「『』……」


 が、人形の名前を口にした。

 これは、ただのこわれた人形ではなかった。腹話術のたぐいでもないし、の持ち込んだ私物でもない。この人形は、この『ほうかご』にんでいる生きた人形だ。はるを殺した〝化け物〟の仲間だ。

 が担当している。名前が『メリーさん』。

 意思を持ち、話をして、『かかり』のみんなに助言をしてくれる人形。その直接の言葉は担当であるにしか聞こえないが、の口を借りて、みんなに聞こえるように話をすることもできるのだ。


『気をつけてね。あとは、記録やお世話がちがってたり、失敗してたり。それから混乱したりぼうになって、めちゃくちゃなことをしたりすると、おそわれるわ』


 歴代の担当と共に『かかり』を見守って、助言役をしてきたという人形。


『そんな時に最低限、げたりかくれたり身を守ったりできると助かるかもしれない。だから心構えをしておいた方がいいわ。ていこうして助かるとは限らないけど、できなかったら、確実に命を失うのだから』


 化け物たちの中でゆいいつの、子供たちの味方。そんな彼女が言う。


『祈りましょう』


 言って、しようてんの合っていない目を、少しだけせる。表情のない目とかおに、少しだけうれいのようなかげが落ちる。



刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
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断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
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