ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ⑤

くんのたましいが、安らかでありますように』

「……」


 そして、もくとうのような少しの間があったあと、は顔を上げた。

 その時には、の目は元の表情をもどしていた。顔の表情もだ。元よりとぼしい彼女の表情だったが、それでも人形と比べると、明らかに表情がある。

 ただ、もどってきたは何も言わず、みんなのちんもくも続いた。

 もくとうのようなちんもくだった。みんな、死んだはるのことを考えていた。


「………………」


 あまりにも自分の死と地続きの────重く、おそろしい、押し殺した、もくとう

 ずっと、だれも、二度と、口を開かないのではないかとさえ思うほどの、あまりにも重苦しいちんもく

 だがその中で、一人が動いた。


「……ねえ」


 だった。ちんもくを破る。そして言った。


「あとで、行ける人だけでいいから、もう一回、くんのとこに行こうよ」

「!?」


 みんなが、ぎょっとしたように顔を上げた。おどろき、正気を疑うような目で。だがは、そんなみんなの視線を決然と受け止めて、先を続けて言った。


「まだどうにかできないか、かくにんしようよ」

「……」

「無理でもくんの持ち物だけでも取り返そう。くんの、お墓を作らなきゃ」

「!」


 それを聞いて、だれかが息をむ気配がした。


「お墓、からっぽじゃ、かわいそうじゃん。もちろん無理するつもりないし、そしたら取り返せないかもしれないけど。でもそれならそれで、あの化け物がどれくらい危険なやつか、分かるじゃない? 無理しない程度でいいから、調べようよ。生き残るために」

「……」


 最初はまどっていたみんなだが、そんなふうにの言葉が続くにつれて、じよじよなつとくが広がった。それから次に賛同やあきらめなど、それぞれの受け止めによる反応。


「そうだ。そうだよな……」


 けんちよだったのは、顔を上げ、手放していた金属バットをにぎり直したゆうだ。

 それから静かにうなずいて見せたと、先ほどより強く身を寄せて座ったまま、ゆっくりとかぶりをって、視線を落とすふた


「……ごめん、私たちは無理。自信、ない」


 が言う。

 はそんなふたたちの方も見て、うなずいて言った。


「うん、それでいいよ」

「……」

かくれてるのもアリだと思う。無理して死んじゃったら意味ないし。何をしたら助かるか、答えなんか、分からないし。とにかく自分で生き残るために、みんなでアリだと思うことをしようよ」


 そしてうつむくふたのぞき込んで、言う。


「わたしは見に行く。ちゃんとちゃんは、げてかくれる。めっちゃかくれて、げるわけ。それならできそう? おっけ?」

「…………それなら、たぶん」

「よっし」


 笑いかける。顔を上げ、ぜんと、みんなに向けて語りかける。


「生き残ろうよ」


 そう、強く。


「戦おう。観察しよう。げて、かくれよう。それぞれできることをしよう。いいと思うことをして、正しいと思うことをしよう」


 ぜんと、しかし悲痛に、みんなと自分をする。


「それで────がんって、生き残ろう」


 は宣言した。

 無理をした、そうはくな顔で。


「…………」

「……行こう」


 しかし、それでも、その言葉によって。

 たんきようと絶望の中で止まっていた一同は、ゆっくりとだが立ち上がり、自らができることのために、再び動き始めた。


 ………………




 月曜日。朝。

 児童たちの登校もしゆうばんにさしかかり、ばこがごった返している時間。五十嵐いがらしは、げんかんホールから少しだけグラウンド方面に出たところの、少しだけ目立たないはしっこで、かくしようもなくくもった顔で、テンションの低いあいさつをしながら、集まっている『かかり』の面々に合流した。


「……おはよ。かくにんしてきた」

「!」


 そして報告する。待ちかねていたみんなに、きんちようが走る。


「『メリーさん』の言った通りだった。席もロッカーもなくなってたし、クラスの子に聞いてみたけど、だれくんのこと覚えてなかった」

「……っ」


 その報告に、息をむ一同。


「びっくりした。本当に、存在がなくなっちゃうんだね……」

「そんな……」


 ゆうのつぶやき。ショックを受ける面々。言葉がなくなる。

 明るい朝の、にぎやかなけんそうの、かたすみで。

 日常のはしっこに、だれにも気づかれることなく、空気が冷え切ったような時間が生まれて、流れていった。


 …………

 ………………



 あかね小学校は、とうはいごうによって五年ほど前にできた小学校だ。

 児童数の減少によって、二つの小学校が統合されて、新しく建てられた。なので建物は新しいのだが、しきはもっと昔に閉校になった小学校のあとが、再利用されている。

 旧来の住宅地の一角に建っていて、ほぼとなりと言っていい位置にお寺がある。しかしお寺が近いからといって、それが由来のかいだんのようなものはないし、七不思議どころか、うわさされているかいだんの一つもなかった。

 不気味なの一つも聞かない。

 気味が悪い場所もないし、開かずの部屋もないし、トイレもれいで明るくて、行くのがいやな場所ではない。

 通っている子供たちも、れたふんのない子ばかり。

 このあかね小学校は、建物もふんも新しい、総じてキレイで明るい、ふるくさかいだんのようなものとはえんな、いかにもだった。


「おはよー」


 そんな小学校に通う、五十嵐いがらし

 五年生。ママがいわゆるギャルママで、自分のオシャレも、むすめにオシャレをさせるのも大好きだ。もちろん本人も。

 好きな授業は図工と体育。

 好きな食べ物はイカのしおから

 好きな遊びは、どろだんご作り。

 朝の会がもうすぐ始まるという時間に、教室に入ってきたは、固まっておしゃべりしていた友達のところに行って、背中にタッチしながらあいさつした。

 あいさつは大事だというのがママの教えだ。

 別にそれを忠実に守っているわけではないが、の朝は、よく話す友達みんなにあいさつすることから、だいたい始まる。


「おはよー、ひーちゃん、もこちゃん、あっちゃん、なっちゃん」

「あ、おはようー、ちゃん」

「いえーい」


 かえってあいさつを返すみんなと、にぎやかに手をれ合わせる。


「ふーちゃんも、きららちゃんも、おはよー。あ、ゆめちゃん、おはよー、金曜日はありがとね、めっちゃ助かった! すっちーいるじゃん、おはよー、治ったんだ? あっきーもおはよー。木島くんおはよー」


 そしてクラスの女子の半分以上と、何人かの男子にあいさつしたところで、チャイムが鳴って今日きよう先生が入ってきて「はーい、みんな席についてー」と声かけをしたので、あいさつの続きはまた後で。

 は、友達が多い。

 明るく前向きで世話好き。基本的に人間が好きで、人と話すのが好きで、人の顔も名前もおぼえるのが得意で、生まれつき人づき合いが身についている、きつすいの社交家だ。

 意識してそうしているのではない。自然に友達になっている。

 にとって、歌にある「ともだち百人」はではない。ただ本人としては、それが確かに自分の強みで、基本的にはそれでいいとは思っていつつも、決していいことばかりではないと思っている。

 そんなは、五年生になって、『ほうかごがかり』に選ばれた。

 先生から受け取った、日直のバインダーにはさまれた今日の予定の紙に、手書きで書きこみがされていたのだ。


 ほうかごがかり

 五十嵐いがらし




刊行シリーズ

断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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