えっ? と思って、意味がわからないので先生に確認したら、その文字は手品のように消えてしまっていた。そして釈然としないまま、その日の夜。十二時十二分十二秒に、華菜はチャイムと放送によって『ほうかご』に呼び出され────それからだいたい三ヶ月のサバイバルを経て、今に至っていた。
異例だと『メリーさん』が言っていた、初日に死者が出た『ほうかご』生活。
それは華菜はもちろん、メンバー全員にとって、大変な重圧だった。
一番最初に、自分たちもそうなるかもしれないという『見せしめ』を見せられたようなものだ。そんな重圧と緊張のなか、みんなで助け合いながら毎週金曜日の『かかり』を過ごしていたのだが、とうとうそんな仲間の中から、『もしかするといつか』と思っていた犠牲者が出てしまった。
越智春人の死。
そのショックは、尋常なものではない。
そんな月曜日。みんな、見る限り明らかに、普段とは様子が違ってしまっていた。
だがその中で、華菜一人だけは、たくさんいる学校の友達から気取られないよう、いつもと変わらない態度を作ることができていた。
関係がないみんなの前では怪しく思われないように、余計な心配をさせないように。
華菜は、普段通りの明るい表情を作っている。
それができている華菜の態度は、『かかり』の面々の中で、明らかに一人だけ強かった。といっても情が薄いわけではない。春人の死に対して何も思っていないわけではない。むしろ社交的な華菜は、湧汰の次くらいには春人ともやり取りをしていて、むしろそのぶん、ショックは大きいくらいだ。
だが────華菜はそれでも、弱っている姿を隠すことができている。
関係ないみんなには何もないふりをして、そのかたわらでショックから立ち直れない『かかり』の仲間を気にかけて、休み時間に見かけるたび声をかけている。
みんなの代わりに、『ほうかご』で死んでしまった春人が本当にこの世から消えてしまったのか、自分の目で確認に行ってさえいる。その様子に、いまや『かかり』に残っている唯一の男子なのに、春人の死によるショックから立ち直れずにいる湧汰が、思わず華菜にたずねたほどだった。
「……五十嵐さんさ、なんでそんなに強いんだ?」
「強くなんかないよ」
華菜は答えた。
「ただ、知ってる人が死んじゃうのに、たまたま、少し慣れてるだけ」
言って、困ったように笑う。
「おじーちゃんとか、おばーちゃんとか、おじさんとか────友達とか」
「そっか……ごめんな」
その答えに、少し気まずそうに、納得する湧汰。だが、そんな湧汰が想像した状況は、華菜の実態とは、おそらくかけ離れていた。
近しい祖父母と友達が、死んでしまった経験がある。
華菜の話を聞いて、湧汰が想像したのは、せいぜいこの程度だったが、実態はそんな程度ではなかった。
二十五人。
十年くらい生きてきた華菜が、その中でも物心がついた後に、直接言葉を交わし、顔も名前も人となりもちゃんと知っている人と死に別れた数だ。ちょっと異常な数と言える。華菜は幼い頃から、自分が仲良くしている人の死を、むやみやたらと経験していた。
直接看取った人数も、十人を超える。
と言っても、個々は異常な話ではない。大半は高齢の親戚だ。
派手で明るくて人懐っこく、世話好きでフットワークの軽い華菜のママは、近所や親戚中の年寄りたちから可愛がられている人だった。そして、そんなママをそのままミニサイズにしたような華菜は、さらに輪をかけて、たくさんの親戚から猫可愛がりされていた。
なので、親子で付き合いの深い親戚がとても多い。可愛がられていたし、持ち前の人好きを発揮して懐いてもいた。だがそうなると、その必然として、華菜はママと共に、可愛がってくれた親類のお爺さんやお婆さんの死に際に、よく呼ばれた。
大好きな親戚のお爺ちゃんお婆ちゃんが危なくなった時、幼い華菜も駆けつける。
そしてそんな状態から、持ち直して元気になる年寄りは、ほとんどいない。
華菜が手を握りながら亡くなった人もいた。
最期の会話の相手が華菜だった人もいた。
ただ、老人ばかりなら自然の摂理と言えなくもなかったが、もっと若い親類が亡くなることも当然あって。それに加えて華菜は、同年代の子供の友達と死に別れたことも、普通の子と比べるとかなり多かった。
八人。
仲良くしていた友達が、今までに死んでいる。
事故。病気。理由は様々だが、ともかくこの歳の子供としては、華菜は少し多すぎるくらい同年代の死に触れていた。
だから華菜は思うのだ。
むやみやたらと友達が多いことは、決していいことばかりじゃない、と。
たくさん仲がいい人がいるということは、必然的にその別れに出くわす確率も上がる。それが道理であり、理屈。少なくとも華菜はそう理解していた。
華菜は、看取り人だ。
そういう運命にあった。そうとしか言いようがなかった。
だから華菜は他の子よりも、人の死に、しかも身近な人の死に慣れている。慣れたと言っても、悲しくないわけじゃないし、ショックを受けないわけでもない。ただ、そんな幼い子供の人生観に影響が出るほどの別れを二十五回繰り返してきた華菜は、やがて自然と、必要なことを学んでいた。
どれだけ悲しくてもショックでも、人は死ぬのだ。
死にゆく人には寄り添うことが必要で、そしてそれは残された人も同じ。
華菜はそれができる。繰り返してきたから。見てきたから。知っているから。慣れているから。だからこそ手伝うことができた。人よりもその気持ちをたくさん経験している華菜は、同じように残された人に、手を差し伸べずにはいられなかった。
だから華菜は、それをする。そうせずにはいられない。
何度も、何人も、見て、経験してきたから。死にゆく人と、残される人を、だから華菜は、放っておくことができない。
死にゆく人に寄り添い。
残される人を鼓舞する。
そして────そんな華菜がやることは。必要とされていることは。
ひいては、人の死は。たとえそこが現実ではなく『ほうかご』だったとしても、何も変わりはしないのだ。
4
カァ────────ン、
コ────────────ン!
金曜日。深夜十二時十二分十二秒。
自宅の部屋の中に、ビリビリと空気が震えるほど音割れした学校のチャイムが、激しく鳴り響く。
「……っ!」
耳に叩きつけられたような異常な音と、それからこれから始まってしまう時間への、不安と恐れで粟立つ肌。心臓が苦しくなるような不安と、チャイムの音への本能的な怯えと、耳の奥の痛みを押し殺しながら、パジャマではなく普段着を着て靴もしっかり履いた華菜は、ベッドの端に座って、その時を待った。
『────ザーッ────ガッ……ガリッ…………
……かかり、の、連絡でス』
チャイムが終わる。
ひどいノイズ混じりの校内放送が始まる。
『ほうかごガかり……は、ガっ……こウに、集ゴう、シて下さイ』
ガリガリと耳障りなノイズが混ぜ合わされた、男とも女ともつかない、ただかろうじて子供であることが分かるだけの、誰のものとも知れない声による無機質な呼び出しのアナウンス。
その厭な校内放送と同時に、部屋のドアが勝手に開いて。
ぞわ、
と学校の匂いがする、冷たい空気が部屋の中に流れこんでくると、華菜は布団の上に放り出してあった自分の荷物を取り上げて、座っていたベッドから立ち上がり、その向こうに学校の廊下を覗かせている、部屋のドアへと向かっていった。
「……」
長距離トラック運転手をしているパパの道具から持ち出した、使い込んだバール。