ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ⑥

 えっ? と思って、意味がわからないので先生にかくにんしたら、その文字は手品のように消えてしまっていた。そしてしやくぜんとしないまま、その日の夜。十二時十二分十二秒に、はチャイムと放送によって『ほうかご』に呼び出され────それからだいたい三ヶ月のサバイバルを経て、今に至っていた。

 異例だと『メリーさん』が言っていた、初日に死者が出た『ほうかご』生活。

 それははもちろん、メンバー全員にとって、大変な重圧だった。

 一番最初に、自分たちもそうなるかもしれないという『見せしめ』を見せられたようなものだ。そんな重圧ときんちようのなか、みんなで助け合いながら毎週金曜日の『かかり』を過ごしていたのだが、とうとうそんな仲間の中から、『もしかするといつか』と思っていたせいしやが出てしまった。

 はるの死。

 そのショックは、じんじようなものではない。

 そんな月曜日。みんな、見る限り明らかに、だんとは様子がちがってしまっていた。

 だがその中で、一人だけは、たくさんいる学校の友達から気取られないよう、いつもと変わらない態度を作ることができていた。

 関係がないみんなの前ではあやしく思われないように、余計な心配をさせないように。

 は、だん通りの明るい表情を作っている。

 それができているの態度は、『かかり』の面々の中で、明らかに一人だけ強かった。といっても情がうすいわけではない。はるの死に対して何も思っていないわけではない。むしろ社交的なは、ゆうの次くらいにははるともやり取りをしていて、むしろそのぶん、ショックは大きいくらいだ。

 だが────はそれでも、弱っている姿をかくすことができている。

 関係ないみんなには何もないふりをして、そのかたわらでショックから立ち直れない『かかり』の仲間を気にかけて、休み時間に見かけるたび声をかけている。

 みんなの代わりに、『ほうかご』で死んでしまったはるが本当にこの世から消えてしまったのか、自分の目でかくにんに行ってさえいる。その様子に、いまや『かかり』に残っているゆいいつの男子なのに、はるの死によるショックから立ち直れずにいるゆうが、思わずにたずねたほどだった。


「……五十嵐いがらしさんさ、なんでそんなに強いんだ?」

「強くなんかないよ」


 は答えた。


「ただ、知ってる人が死んじゃうのに、たまたま、少し慣れてるだけ」


 言って、困ったように笑う。


「おじーちゃんとか、おばーちゃんとか、おじさんとか────友達とか」

「そっか……ごめんな」


 その答えに、少し気まずそうに、なつとくするゆう。だが、そんなゆうが想像したじようきようは、の実態とは、おそらくかけはなれていた。

 近しい祖父母と友達が、死んでしまった経験がある。

 の話を聞いて、ゆうが想像したのは、せいぜいこの程度だったが、実態はそんな程度ではなかった。


 二十五人。


 十年くらい生きてきたが、その中でも物心がついた後に、直接言葉をわし、顔も名前も人となりもちゃんと知っている人と死に別れた数だ。ちょっと異常な数と言える。は幼いころから、自分が仲良くしている人の死を、むやみやたらと経験していた。

 直接った人数も、十人をえる。

 と言っても、個々は異常な話ではない。大半はこうれいしんせきだ。

 派手で明るくてひとなつっこく、世話好きでフットワークの軽いのママは、近所やしんせき中の年寄りたちからわいがられている人だった。そして、そんなママをそのままミニサイズにしたようなは、さらに輪をかけて、たくさんのしんせきからねこわいがりされていた。

 なので、親子で付き合いの深いしんせきがとても多い。わいがられていたし、持ち前の人好きを発揮してなついてもいた。だがそうなると、その必然として、はママと共に、わいがってくれた親類のおじいさんやおばあさんのぎわに、よく呼ばれた。

 大好きなしんせきのおじいちゃんおばあちゃんが危なくなった時、幼いけつける。

 そしてそんな状態から、持ち直して元気になる年寄りは、ほとんどいない。

 が手をにぎりながらくなった人もいた。

 さいの会話の相手がだった人もいた。

 ただ、老人ばかりなら自然のせつと言えなくもなかったが、もっと若い親類がくなることも当然あって。それに加えては、同年代の子供の友達と死に別れたことも、つうの子と比べるとかなり多かった。

 八人。

 仲良くしていた友達が、今までに死んでいる。

 事故。病気。理由は様々だが、ともかくこのとしの子供としては、は少し多すぎるくらい同年代の死にれていた。

 だからは思うのだ。

 むやみやたらと友達が多いことは、決していいことばかりじゃない、と。

 たくさん仲がいい人がいるということは、必然的にその別れに出くわす確率も上がる。それが道理であり、くつ。少なくともはそう理解していた。


 は、り人だ。


 そういう運命にあった。そうとしか言いようがなかった。

 だからは他の子よりも、人の死に、しかも身近な人の死に慣れている。慣れたと言っても、悲しくないわけじゃないし、ショックを受けないわけでもない。ただ、そんな幼い子供の人生観にえいきようが出るほどの別れを二十五回かえしてきたは、やがて自然と、必要なことを学んでいた。

 どれだけ悲しくてもショックでも、人は死ぬのだ。

 死にゆく人にはうことが必要で、そしてそれは残された人も同じ。

 はそれができる。かえしてきたから。見てきたから。知っているから。慣れているから。だからこそ手伝うことができた。人よりもその気持ちをたくさん経験しているは、同じように残された人に、手をべずにはいられなかった。

 だからは、それをする。そうせずにはいられない。

 何度も、何人も、見て、経験してきたから。死にゆく人と、残される人を、だからは、放っておくことができない。


 死にゆく人にい。

 残される人をする。


 そして────そんながやることは。必要とされていることは。

 ひいては、人の死は。たとえそこが現実ではなく『ほうかご』だったとしても、何も変わりはしないのだ。




 カァ────────ン、

 コ────────────ン!


 金曜日。深夜十二時十二分十二秒。

 自宅の部屋の中に、ビリビリと空気がふるえるほど音割れした学校のチャイムが、激しくひびく。


「……っ!」


 耳にたたきつけられたような異常な音と、それからこれから始まってしまう時間への、不安とおそれであわはだ。心臓が苦しくなるような不安と、チャイムの音への本能的なおびえと、耳の奥の痛みを押し殺しながら、パジャマではなくだんを着てくつもしっかりいたは、ベッドのはしに座って、その時を待った。



『────ザーッ────ガッ……ガリッ…………

 ……、の、れんらくでス』



 チャイムが終わる。

 ひどいノイズ混じりの校内放送が始まる。



……は、ガっ……こウに、集ゴう、シて下さイ』



 ガリガリとみみざわりなノイズが混ぜ合わされた、男とも女ともつかない、ただかろうじて子供であることが分かるだけの、だれのものとも知れない声による無機質な呼び出しのアナウンス。

 そのいやな校内放送と同時に、部屋のドアが勝手に開いて。


 


 と学校のにおいがする、冷たい空気が部屋の中に流れこんでくると、とんの上に放り出してあった自分の荷物を取り上げて、座っていたベッドから立ち上がり、その向こうに学校のろうのぞかせている、部屋のドアへと向かっていった。


「……」


 ちようきよトラック運転手をしているパパの道具から持ち出した、使い込んだバール。


刊行シリーズ

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