ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ⑦

 同じくパパの持っていた、クレヨンくらいの大きさだが強力なライトに、筆記用具やけいたいばんそうこうを入れた、愛用のサコッシュ。

 それらを手に、ドアの向こうの不気味にうすぐらい夜の学校のろうへとみ込むと────


 ぐるん、


 と体の中をひっくり返されたようないつしゆんの強い眩暈めまいのあと、首に赤いリボンを結ばれた自分が、ろうの真ん中に立っていた。


 シャ──────────ッ、


 と降りそそぐ、放送の終わったスピーカーかられ続ける、細かい砂のようなノイズ。

 そんな校舎の中で、頭と体の中にかすかに残る、ドアをくぐった感覚のざんに少しまゆを寄せて、は顔を上げた。

 目の前にあるのが、が担当している化け物の教室。

 だがは、いつもそうするように、それに背を向ける。照明がめいめつするたびに、窓に赤茶色の手形と、『たすけて』という無数の文字がかびがる教室を放置して────は身をひるがえし、げんかんホールに向けて歩き出す。


「…………」


 照明がひとつもいていない、暗いろうだった。

 だが、ライトが必要なほどではない。この『ほうかご』の学校の中は、基本的に明かりがない真っ暗やみだったが、窓が続いてカーテンもないろうに限っては、外を照らす外灯の光が常にしこんでいて、夜の街を走る車の中くらいには明るかった。

 こつこつとくつの足音を立てて、だんそとぐつで入ることはないろうを、足早に歩く。

 白黒写真を思わせる、かげの強いろう。しかしろうは、曲がりなりにも光があって見通せているのに対して、その片手側に続いている教室の窓は、中をかいることもできないくらい完全なくらやみに閉ざされていた。

 常に片方に感じる、黒いあつぱく感。

 だがそれはある種、安心の証明だった。

 なぜなら、ここで過ごした『かかり』は、みんな知っているのだ。

 

 たったいまが後にした自分が担当する教室も、みんなが担当している教室も、それから先週、さんげきたりにしたはるが死んだ教室も、同じだったようにだ。


 こつこつこつこつ……


 そんな、静かな不安と圧力からのがれるように、足早にろうを進む

 進んで、真っ暗に口を開ける階段にさしかかり、ここでライトをつけて、階段を二階ぶん下りる。

 そして職員室や事務室のけいとびらを横目に、ろうたり、ホールの入り口へ。

 そこをふさいでいるバリケードへ。たくさんの机とが積み上げられ、異様なオブジェかパズルのように組み合わされて、通路をめてふさいでいるそれに、近づく。

 それから、一度うかがうように背後をかえったあと、そのかたすみにしゃがみこんで、バリケードの中でたった一つだけ下をとおけることができる、秘密のみちになっている机にもぐりこむ。そして、トンネルになっている四つ分の机の下を、頭を低くしてとおけて、ホールに顔を出す。

 そして立ち上がり、みんなを見回した。


「よいしょ、と……みんな、今日もおつかれさま」


 あいさつした。反応が返ってきた。


「こんばんは、五十嵐いがらしさん」

「……」

「……」


 すでにみんなそろっていたが、あいさつとして返ってきたのは、一人からだけだった。

 あとは目礼。しやく。だがはそれを気にすることなく、くぐってきたばかりのバリケードのみちのあたりに手を当てて、少しだけ笑って見せた。


「この『かかり』は最悪の最悪だけど、ここくぐるのだけは、ちょっと好きかな」


 言う。


「秘密基地みたいで」


 その言葉に、ゆうが「あー……少しわかる」と小さな声で言って、困ったようにほおをかく。

 反応はなくてもみんな同じように思っていたのか、ほんの少しだけ、場に張りつめた空気がゆるんだ。ランタンと人形を手にしてホールの真ん中に立っていたが、そんなの言葉を引き取るようにして、口を開いた。


「……秘密じゃないけど、基地なのは合ってる」


 そう言う。


「ここのバリケードは、三年前と四年前の『かかり』が作ったの。そのころ、校舎の中をうろついてる化け物がいたらしくて、それが、ここまで来れないようにしたんだって。そう、『メリーさん』が言ってた」

「そうなんだ」


 は、れているバリケードを見上げる。

 教室や職員室にある机とを積み重ね、ひもやガムテープやビニールテープでしばって、ろうてんじようまでめてしまっている構造物。あまりにも物々しくてまがまがしくて、製作者たちの必死さが伝わってくるかのようだ。

 も、軽口をたたきはしたが、このバリケードを見るのは少しこわい。

 ワクワクする部分もあるが、それ以上に見ると不安になる。こわくなる。この物々しい姿には明らかに、これを作った子供たちの必死さと、きよぜつきようが宿っていた。

 ここまでしてふさがなければいけなかったのだ。

 ここまでしてしんにゆうを防がないといけない何かが、以前に存在していたのだ。

 きっとそれは、このバリケードのすぐ向こう側まで来ていた。

 ごとではない。自分たちの前に、そんなものが現れない保証はない。

 と────



『今夜も、いらっしゃい。かわいそうな、かわいそうな、みんな』



 そこに、不意に落ち着いた、しかしはっきりとした少女の声がひびいた。


「!」


 全く動いていないの口から出た、同情をたたえた呼びかけ。それを聞いてみんなが目を向ける。たったいま話に名前が出た、『メリーさん』の声だった。


『今夜も、みんなご苦労様。今日は無事でありますように』


 彼女はまず、いのりのような言葉を口にする。


『何かあったら、えんりよなく相談して。それが私の役目だから』


 そして、そう改めてかくにんする。それを言うからは人形のように表情がちていたが、ランタンの光に照らされながらわずかにかしげられたかおは、見ている全員にうれいの感情をげんさせた。

 首のない人形『メリーさん』は、グラウンドにある朝礼台にいる化け物だ。

 毎年『かかり』にいるれいかんのある子が担当になって、その口を借りて話し、もんの先生のような立場で助言をしていた。

 とうれいかん体質だ。正確にはれいばい体質。つまり取りかれやすい。

 こうして『メリーさん』が話している間、は口を、正確には首から上を、『メリーさん』に使われている。

 だがこれはが取りかれたりとか、乗っ取られたりとか、そういう状態になっているわけではないらしい。こうしている間のおくも感覚もつうにあり、そうしようと思えば簡単に主導権も取り返せるので、本人の感覚としては本当に『貸している』ような状態だという。みんな初めのころは不気味がり、こわがり、あやしんでいたが、今はの体質も、それから『メリーさん』がもんであることも、みんな受け入れていた。

 実際に助言は役に立っていたし、彼女の言葉はいつも『かかり』に同情し、『かかり』のことを心配していた。それに、ちゃんと味方としての立ち位置を明確にして、行動もしてくれている相手を、いつまでも疑い続けるには、この『ほうかご』はあまりにも危険でおそろしくて、あまりにも心細い場所なのだった。


『今日は、みんな、どうするの?』


 彼女はまず、いつものように、みんなに『ほうかご』での今日の行動指針をたずねた。


『いつもと同じ────ようには、いかないわよね』


 そして今日は、無表情ながら少しだけ悲しげに、付け加える。それに対してみんな、うなずくか、うつむいた。先週のはるの死は、まだ全員の中でを引いているし、まだ何も解決していなかった。


「うん、今度こそ、くんのお墓を作ろう、って思って」


 代表で答えたのは、だ。


「先週はできなかったから。あと、くんの教室をどうしよう、って。あの化け物が外に出てくるかもしれない感じなら、ふさがないと」


刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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