『……そうね。できるならそうした方がいいわ。そこのバリケードも、そうやってできたものだもの。そうやって少しずつ、安全を積み重ねていかないとね』
うなずいて言う『メリーさん』。
そして、みんなの決めた方針を認めながらも、心配そうに付け加えて言った。
『でも気をつけて。危険だと思ったら、すぐに引き返して』
「もちろん。そうする」
『無理しないで逃げてね。生きて。一秒でも、長く』
「ありがと」
華菜は応じて、うなずきを返す。『メリーさん』は沈黙し、代わりに恵里耶の目に、失われていた表情が戻る。
そして。
「…………すぐに、行くよね?」
元の可愛らしい、控えめな恵里耶の声が確認した。
「うん」
こちらにもうなずいて返す華菜。そして、これから向かう予定の、春人が担当していた教室がある方向のバリケードを見やった。少し緊張の面持ち。
「怖くないの?」
「まさか。怖いよ」
恵里耶の問いかけに、華菜は緊張しながらも、苦笑して答える。
「これから、またあの化け物のとこに行くんだよ? 怖くないわけない」
これから向かうのだ。見た目が不気味なだけではなく、子供の四肢をちぎって殺した、化け物のところへ。
「でも、確認しないと」
華菜は、でも、それでも言う。
どこか決然と。先週は────化け物と春人の無惨な姿を発見し、まだ恐怖もパニックも色濃く残っていたあの当日は、教室の前までたどり着きはしたものの、中を歩き回る大きな化け物の音と気配に怯えて中にライトの光を向けることもできず、震えて壁越しに隠れたまま何もできずに終わったのだ。
今度こそ、やるべきことをしないといけない。
華菜は決断する。この『かかり』で、華菜はリーダーのような立場だった。
自然とそうなった。経験者の恵里耶でも、スポーツマンの湧汰でもなく、どうして華菜がそうなったかという理由は、簡単だ。
初日に死人が出たからだ。今となっては名前も知らない男子が逃げようとして、みんなが見ている前で首が取れて死んで────そこで動揺せずに、実際は動揺しなかったわけではないのだが、ちゃんと能動的に行動できたのは、華菜だけだったからだ。
華菜と、経験者の恵里耶だけ。
以来、自然と、この二人が『かかり』の中心になっていた。リーダーとして先頭に立つ華菜と、知識のあるサポートの恵里耶。その二人が先頭に立って引っ張っていき、体力と運動神経のある湧汰と、アイデアマンで細かいところに気がつく春人と、臆病だが慎重で協調性の高い海深と陸久という面々が、それに続く。
そんなメンバーで、今までやってきた。
子供の素朴な協調性で協力しあい、みんなで無事に帰るために、頑張ってきた。
だがここにきて、一人欠けてしまった。
大事な仲間。大事な頭脳担当。恵里耶はそのことを謝罪したが、責任という話ならば、実のところ華菜の方が、強く感じていた。
まがりなりにも、リーダーとして。
そして何よりも、恵里耶と『メリーさん』の話を信用して、最初は疑ってバラバラの態度だったみんなを説得して、今の『記録』活動に一致団結させたのは、他でもない華菜なのだった。
そうして出た被害者だ。責任を感じないわけにいかない。
だが、それでも華菜は謝っていない。このことでみんなに謝るのは絶対に違うと、華菜は信じていた。
なぜならこの『ほうかご』も、あの化け物も、華菜のせいではない。
もちろん、恵里耶のせいでもない。誰のせいでもない。謝るべき人間は、ここには誰一人としていない。
みんな被害者で、誰にも責任はない。
だが、しかしだからといって、行動しないのは、やはり間違っていた。
春人のことを放置していいわけがない。
弔いをしなければいけない。あんなことになった、春人を。
華菜というリーダーの元で死んだ、春人を。
だからそのために、進む。華菜はそれをみんなに向けて語りかける前に、今まさに話をしている恵里耶に、まず確認した。
「恵里耶ちゃんの方は、大丈夫なの?」
「うん」
迷いなく恵里耶はうなずいた。
「五十嵐さんは責任ない、って言ってくれるけど、私はそうじゃないと思うから、行く。それに私、みんなの役に立ちたいし。でも役に立ちたいのにちゃんとできてないから……私、『かかり』のみんなしか友達がいないから……みんなのために何かしたいから……行く」
恵里耶は言う。おとなしそうな第一印象に違わず、率先してグループ活動ができるタイプではない恵里耶が、それでも『かかり』の中心人物なのは、経験者だからという理由だけではなかった。
「去年は、みんなに引っ張ってもらうばっかり、してもらうばっかりだったから……」
恵里耶は、『かかり』に積極的であろうと、努力していた。
落ち着いてはいるが変わり者で、控えめで、前に出るのが苦手で、人と話すことが苦手な恵里耶は、昼間の学校では友達がおらず、置物のように過ごしているのだという。
霊感があり、当たり前のように幽霊が見えるので、人と接していると違和感を抱かせてしまう。なので人付き合いが苦手になってしまった。少し仲良くなっても、互いに嫌な思いをすることが多く、そうやって十年ほど生きてきて、できるだけ置物のように人とかかわらずに過ごすのが処世術になった。
それが、『ほうかご』で変わった。
化け物が実在することを知っている『かかり』は、恵里耶の霊感を気にしなかった。
むしろ『メリーさん』の担当者として、霊感を積極的に受け入れてくれた。恵里耶は今まで生きてきて、学校のクラスや班のような形ばかりのものではなく、初めて本当にグループの一員となった。
それでも五年生の間は、引っ張ってもらうばかりで、慣れないことをするのに必死で。
そうして六年生になった今、恵里耶は今度は積極的にみんなの助けになろうと、苦手ながらも努力して前に出ていたのだ。
去年から引き継いだ案内役として、積極的にみんなに話しかけて。
昼間の学校ならば目立たないように黙っている状況でも、自分なんかでいいのかと言い淀むような状況でも、頑張ってはっきりと意見を言って、自分のできる仕事を率先して探して引き受けようとしていた。
もし、それしかないなら、リーダーだってやる。
そんな決心までして、今年の『ほうかごがかり』に臨んだ。
そんな覚悟まで本当はしていたのだと、何度めかの『ほうかご』を過ごした後に、いつしかリーダーとなっていた華菜に、恵里耶はそう告白した。恥ずかしそうに、それから申し訳なさそうに「五十嵐さんがリーダーになってくれて、ほんとに、ほっとしたの……」と、小さな声で言い添えながら。
「だから、行く。大丈夫」
恵里耶は、だから、そう言い切る。
「私だけなら『メリーさん』がいるし。『メリーさん』と一緒だと、少しだけ化け物が活発じゃなくなったり、見つかりづらくなったりするから……」
「うん。おっけ。わかった」
そんな恵里耶にうなずいて見せる華菜。
とはいえ『メリーさん』の助力があってなお、ひ弱な恵里耶は現場では不安だ。一目見てわかる通り力は弱いし、足も速くないし、人形を抱いていて武器も持っていない。しかしそれでも華菜は恵里耶の志を尊重していた。それに知識担当が現場で直接見聞きすること自体は、実際に必要なことだし、助かることも少なくないのだ。
今までそれでやってきた。だから今回も。
華菜はそうして、残りのみんなを振り返る。