ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ⑧

『……そうね。できるならそうした方がいいわ。そこのバリケードも、そうやってできたものだもの。そうやって少しずつ、安全を積み重ねていかないとね』


 うなずいて言う『メリーさん』。

 そして、みんなの決めた方針を認めながらも、心配そうに付け加えて言った。


『でも気をつけて。危険だと思ったら、すぐに引き返して』

「もちろん。そうする」

『無理しないでげてね。生きて。一秒でも、長く』

「ありがと」


 は応じて、うなずきを返す。『メリーさん』はちんもくし、代わりにの目に、失われていた表情がもどる。

 そして。


「…………すぐに、行くよね?」


 元のわいらしい、ひかえめなの声がかくにんした。


「うん」


 こちらにもうなずいて返す。そして、これから向かう予定の、はるが担当していた教室がある方向のバリケードを見やった。少しきんちようおもち。


こわくないの?」

「まさか。こわいよ」


 の問いかけに、きんちようしながらも、しようして答える。


「これから、またあの化け物のとこに行くんだよ? こわくないわけない」


 これから向かうのだ。見た目が不気味なだけではなく、子供のをちぎって殺した、化け物のところへ。


「でも、かくにんしないと」


 は、でも、それでも言う。

 どこか決然と。先週は────化け物とはるざんな姿を発見し、まだきようもパニックもいろく残っていたあの当日は、教室の前までたどり着きはしたものの、中を歩き回る大きな化け物の音と気配におびえて中にライトの光を向けることもできず、ふるえてかべしにかくれたまま何もできずに終わったのだ。

 今度こそ、やるべきことをしないといけない。

 は決断する。この『かかり』で、はリーダーのような立場だった。

 自然とそうなった。経験者のでも、スポーツマンのゆうでもなく、どうしてがそうなったかという理由は、簡単だ。

 初日に死人が出たからだ。今となっては名前も知らない男子がげようとして、みんなが見ている前で首が取れて死んで────そこでどうようせずに、実際はどうようしなかったわけではないのだが、ちゃんと能動的に行動できたのは、だけだったからだ。

 と、経験者のだけ。

 以来、自然と、この二人が『かかり』の中心になっていた。リーダーとして先頭に立つと、知識のあるサポートの。その二人が先頭に立って引っ張っていき、体力と運動神経のあるゆうと、アイデアマンで細かいところに気がつくはると、おくびようだがしんちようで協調性の高いという面々が、それに続く。

 そんなメンバーで、今までやってきた。

 子供のぼくな協調性で協力しあい、みんなで無事に帰るために、がんってきた。

 だがここにきて、一人欠けてしまった。

 大事な仲間。大事な頭脳担当。はそのことを謝罪したが、責任という話ならば、実のところの方が、強く感じていた。

 まがりなりにも、リーダーとして。

 そして何よりも、と『メリーさん』の話を信用して、最初は疑ってバラバラの態度だったみんなを説得して、今の『記録』活動にいつ団結させたのは、他でもないなのだった。

 そうして出たがい者だ。責任を感じないわけにいかない。

 だが、それでもは謝っていない。このことでみんなに謝るのは絶対にちがうと、は信じていた。

 なぜならこの『ほうかご』も、あの化け物も、のせいではない。

 もちろん、のせいでもない。だれのせいでもない。謝るべき人間は、ここにはだれ一人としていない。

 みんながい者で、だれにも責任はない。

 だが、しかしだからといって、行動しないのは、やはりちがっていた。

 はるのことを放置していいわけがない。

 とむらいをしなければいけない。はるを。

 というリーダーの元で死んだ、はるを。

 だからそのために、進む。はそれをみんなに向けて語りかける前に、今まさに話をしているに、まずかくにんした。


ちゃんの方は、だいじようなの?」

「うん」


 迷いなくはうなずいた。


五十嵐いがらしさんは責任ない、って言ってくれるけど、私はそうじゃないと思うから、行く。それに私、みんなの役に立ちたいし。でも役に立ちたいのにちゃんとできてないから……私、『かかり』のみんなしか友達がいないから……みんなのために何かしたいから……行く」


 は言う。おとなしそうな第一印象にたがわず、そつせんしてグループ活動ができるタイプではないが、それでも『かかり』の中心人物なのは、経験者だからという理由だけではなかった。


「去年は、みんなに引っ張ってもらうばっかり、してもらうばっかりだったから……」


 は、『かかり』に積極的であろうと、努力していた。

 落ち着いてはいるが変わり者で、ひかえめで、前に出るのが苦手で、人と話すことが苦手なは、昼間の学校では友達がおらず、置物のように過ごしているのだという。

 れいかんがあり、当たり前のようにゆうれいが見えるので、人と接しているとかんいだかせてしまう。なので人付き合いが苦手になってしまった。少し仲良くなっても、たがいにいやな思いをすることが多く、そうやって十年ほど生きてきて、できるだけ置物のように人とかかわらずに過ごすのが処世術になった。

 それが、『ほうかご』で変わった。

 化け物が実在することを知っている『かかり』は、れいかんを気にしなかった。

 むしろ『メリーさん』の担当者として、れいかんを積極的に受け入れてくれた。は今まで生きてきて、学校のクラスや班のような形ばかりのものではなく、初めて本当にグループの一員となった。

 それでも五年生の間は、引っ張ってもらうばかりで、慣れないことをするのに必死で。

 そうして六年生になった今、は今度は積極的にみんなの助けになろうと、苦手ながらも努力して前に出ていたのだ。

 去年からいだ案内役として、積極的にみんなに話しかけて。

 昼間の学校ならば目立たないようにだまっているじようきようでも、自分なんかでいいのかとよどむようなじようきようでも、がんってはっきりと意見を言って、自分のできる仕事をそつせんして探して引き受けようとしていた。

 もし、それしかないなら、リーダーだってやる。

 そんな決心までして、今年の『ほうかごがかり』にのぞんだ。

 そんなかくまで本当はしていたのだと、何度めかの『ほうかご』を過ごした後に、いつしかリーダーとなっていたに、はそう告白した。ずかしそうに、それから申し訳なさそうに「五十嵐いがらしさんがリーダーになってくれて、ほんとに、ほっとしたの……」と、小さな声で言いえながら。


「だから、行く。だいじよう


 は、だから、そう言い切る。


「私だけなら『メリーさん』がいるし。『メリーさん』といつしよだと、少しだけ化け物が活発じゃなくなったり、見つかりづらくなったりするから……」

「うん。おっけ。わかった」


 そんなにうなずいて見せる

 とはいえ『メリーさん』の助力があってなお、ひ弱なは現場では不安だ。一目見てわかる通り力は弱いし、足も速くないし、人形をいていて武器も持っていない。しかしそれでもの志を尊重していた。それに知識担当が現場で直接見聞きすること自体は、実際に必要なことだし、助かることも少なくないのだ。

 今までそれでやってきた。だから今回も。

 はそうして、残りのみんなをかえる。



刊行シリーズ

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