ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ⑨

「準備はいい?」


 問いかける。


「戸のストッパーと、つっかえ棒になるやつ、持った?」

「ああ。ばっちりだ」


 これから行動する、その準備。応えたのはゆうだ。その手には武器がわりとして持っている金属バットの他に、細身の鉄パイプがにぎられていて、二刀流のようになっていた。

 同じ鉄パイプをもう一本、も、両手で重そうに持っている。戸のつっかえ棒だ。それからの方が、くさびがたをしたゴム製のドアストッパーのようなものを、胸にくようにして二つかかえて持っている。

 これは引き戸の間に差しこむことで、開かなくなるというストッパーだ。

 これを戸に差しこみ、さらに鉄パイプをつっかえ棒にすることで、化け物のいる教室の戸をふうしてしまう計画だった。こんなストッパーがあると、見つけてきて、用意したのははるだ。いつか必要になるかもしれないからと持ってきてホールに置いていたのだが、それを初めて使うのが、当人であるはるが死んだ教室というのがあまりにも皮肉だった。


ちゃんとちゃんは、だいじよう? いける?」

「……うん」

「……うん、いける」


 そんな道具をかかえた二人は、かくにんすると、同時に答えてうなずいた。先週は、さんげきたりにして息も絶え絶えだった二人だが、一週間でなんとか持ち直した。顔色はよくないが、それでも勇気をもって参加を決めた。

 教室のふうは、人手はあったほうが当然早いので、助かる。

 今まで通りの感じをもどしてきたと、は思う。たちは今まで、こうしてみんな一丸となって、『ほうかご』に対応してきた。

 いつもの調子。一人、欠けてしまっているけれど。


「よし、行こ!」


 は、去来したそんな思いをるように、バールをげて、例の教室の方を指し示した。そして、今まで通りの変わらないリーダーとして。強くいながら、みんなを率いて、先頭に立って歩き出した。




 ホール北側の通路をふさいだバリケードの、子供だけがもぐりこめる机ひとつぶんのみちをくぐって北校舎のろうしんにゆうすると、外とつながっているげんかんとは明らかにちがう、へいそくした静けさが満ちていた。

 時間が止まったようなへいそく。静止した空気。白黒写真のようなくらやみと光。そんなろうせいひつを、かすかなノイズだけが、ただ静かにかくはんしている。

 光が射しこむ外の窓と、真っ黒な教室の窓。

 それらにはさまれた、ぐで無機質な通路に、五人は立って、しばしのあいだちゆうちよし、それからやがてたがいにうなずき合って、先に進みはじめる。


「…………」


 きんちようしたちんもくの中、ばらばらと、五人の足音がろうひびく。

 みんな、先を見たまま、あまり視線を動かさない。

 歩いている自分たち。それからそのすぐとなりに、外からの明かりによって、教室側の黒い窓に映っている、うっすらとかすれた自分たちの鏡像。

 その中にいるだけで、異様なきんぱく感がある。心が縮むが、ここで場をなごませたり、したりする子はさすがにいない。声を出すのも、音を出すのもこわいのだ。口をつぐみ、歩く足音も、動作のきぬずれも、呼吸の音も、『何か』に聞こえてしまいそうで、みんな気にして、ひそめているのだ。


「………………」


 みんなの、自分の、足音と、呼吸の音。

 それから心臓の音。空気に混じったノイズのほかに、聞こえるのは、それらの音だけ。

 歩き進むごとに、ひしひしときんちようが高まってゆくが、それはおのおのの心の中で押し殺し、乗りこなしてゆくしかない。進めば進むほど、もどるために同じだけの歩数、同じだけのきよがかかるという事実が、その一歩ごとに、心の上に乗せられていった。

 ろうの景色を、おのおのの持っているライトの光が、それぞれの胸の中で乱れる心のように、くらむように、ゆれる。

 そんな思いを心の中で押し殺し、ちんもくとともに、ろうを進む。

 やがて、窓がないせいで本当に真っ暗な、口を開けたほらあなのような階段に辿たどりつき、不安とともに上って、二階のろうに出る。そしてまた静かなろうを、二年生の教室が並んでいるろうを不安と共に進んでゆくが、だんだんと進む先から強い圧力がかかっているかのように、はばと速度が減ってゆく。だれ一人ひとりとして自覚がないまま。

 そして────


 ぴた。


 と、ある教室に辿たどりつく一歩手前で、一同は、足を止めた。

 二年二組。

 ろうの真ん中あたりにある教室。

 その入り口と、窓。それが、みんなの見ている前で、、と中から光って、そして、、と、力つきたように消えた。

 ここが、はるの担当していた教室だ。

 つまり、『あれ』がいる教室。はるが死んだ教室。それを前にして足が止まった。かくをしてここまで来たはずだったが、自然と足が動かなくなって、心臓がばくばくと、大きな音を立てた。

 みんなだまっていたが、心の中は同じだった。


 ついた。

 ついてしまった。


 ちゃんとかくして来たが、それなのに不安で、こわくて仕方がない。

 みんなみとどまるように動きを止めていたが、この静止の中に、一てきの水でも落としてきんこうが壊れれば、がたがたとふるえだすにちがいない。だが、それでも。それでも、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 は、このあやうい空気の中で、がんって心を落ちつける。

 おなかの底から息をいて、みんなをかえり、しんちようにひそめた声で、言葉をかけた。


「…………まず、わたしが行くね」

「……」

「先にかくにんしてくる。化け物と────それからくんが、どうなってるか」

「……」


 みんな、しんけんな目でを見て、うなずいた。そんな中から一人、ゆうが前に進み出て、同じくひそめた声で言った。


「俺も行く」

「おっけ。助かる」


 は答え、そのままゆうの後ろに目を向けて、手を差し出す。その先にいるから、戸のストッパーを一つ受け取り、それからゆうと二人で、窓の高さよりも頭を下げて、そろりそろりと教室に近づいていった。


「…………」


 ぐっ、と胸の中で、重いかたまりのようにきんちようが増した。

 この教室の中には、はるを殺した化け物と、はるの死体がある。今からそれを、見なければならない。

 耳をそばだてた。教室の中の、音をさぐる。

 化け物の様子をさぐる。見つかれば自分もはるのように、手足をちぎられて殺されてしまうかもしれない、そんなおそろしい相手の動向を、必死になって耳をすませて、ぜんしんぜんれいあくしようとする。だが、


 しん、


 と。

 教室の中の音は静まり返っていて、何も聞こえない。

 先週、ここで同じように身をひそめた時には、ぺたぺたと聞こえていた足音と、大きなものが動いていた気配が、感じられない。

 ただ、


 どっ、どっ、どっ、


 という自分の胸の中の心臓の音が、いやに大きく聞こえるばかり。

 動いていない。少なくとも近くにはいない。それを長い時間をかけてみしめるようにかくにんして、後ろに目を向けて、ゆうと視線をわす。

 そしてうなずき合い、動き出し、窓の下をけて、教室の前方へ。

 きようたくのある方へ────ゆかに血の海が広がり、もぎ取られた手足が散乱し、死んだはるどうたいが転がっていたのを窓ごしに見たあの場所の方へ────近づいてゆく。

 のうに、かぶ。

 こわい。ひどい。二度と見たくない。

 思い出すのもおそろしい、あのなまぐさい、ざんな光景。

 いやだ。だが、だからこそ、は思うのだ。

 だからこそ、と。


刊行シリーズ

ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影