ほうかごがかり4 あかね小学校

一話 ⑩

 たとえ、このあと何もできず、遺品の一つも救い出せず、手をつけないまま教室をふうすることになったとしても。何も得られずす羽目になったとしても。それでも、何もしないではいられなかったのだ。


「…………」


 やがて二人は、教室の前方の入り口に辿たどりつく。

 はなれたところで、みんながきんちようおもちでこちらを見守っている中、は再び息をひそめて、中の音に耳をそばだてる。

 やはり。音は聞こえない。気配はしない。

 ゆうと、もう一度目を合わせてうなずき合うと、これから見るであろうモノへのかくを決めて、がばっ、と二人で立ち上がり、消していたライトをけて────それでもこの期におよんでもかくを決めきれない、こしの引けたおびえで強くまゆを寄せながら、窓ごしの教室のくらやみへと光を向けた。



 

 



 えっ。と思わず小さな声がもれた。動きが止まった。

 かくをしてライトを向けた、血と人間の部品が散らばっていた、そのはずのゆか。そこには、

 はるの遺体どころか、その一部も、あれほど広がっていた大量の血も。

 ない。何もかも。ただれいな教室のゆかが、二つのライトが作り出した光の輪の中に、照らし出されただけだった。

 そして、


 じわあ、


 と教室に、てんじようの明かりがともる。

 めいめつする電灯が、ゆっくりと明かりを強くして、ほどなく教室の様子が、全て明るく照らし出される。

 何もなかった。

 本当に何もない。

 先週、たしかにあったさんげきの現場が、ない。そこにあったのは二年二組の、まるでつい先ほどそうをしたばかりのような、れいな教室のゆかだった。


「!?」

「……!?」


 二人とも言葉を失って、固まった。

 そして────



 教室の真ん中で、人形頭の化け物が、そんな二人を、と見ていた。



 ぞ、と背筋が冷たくなる。それは音も、気配もなく、そこに立っていた。

 ずっといた。ほんの少しの身じろぎもせず、置物のように。それこそ正しく人形のように、それはと、そこにいたのだ。


「…………!」


 目が合う。だが、何の反応もない。

 意思も意図も感じられない。あまりにも気配がない。それが、かえってこわい。

 と、そこで、


 ふ、


 と明かりが、力つきたように消える。

 明かりが消えると、その化け物の姿は、教室を満たしたやみの中に消えた。全く気配のないそれは、姿が見えなくなると、本当に消えてなくなる。本当にそこにいないかのように、存在が完全にかくされてしまった。


「……っ!」


 ゆうが、あわてて鉄パイプを持ったままの手で、頭のヘッドランプをつかんだ。

 真っ暗になった部屋に光を向けた。化け物の、子供の手の形をした足と、プラスチックの質感をした頭部が、光に照らされてくらやみかんだ。


「えっ、な、なんでだ……?」


 だが、そこにはるこんせきはない。光でゆかをなぞり、おくにあった場所の、どこを照らしてみても、なんのへんてつもない教室のゆかがあるばかり。何も見つけることができない。もそれに続いてあわてて同じようにライトを向けてさぐったが、先週たしかに見たはずのさんげきは、やはりゆかからあとかたもなくなっていたのだ。


「……!?」


 ない。

 なくなっている。

 何よりもはるがいない。はるの死体がない。

 とむらうべき仲間の死体が、遺品が、さんげきが、まぼろしだったかのように消えている。

 なくなっていた。おどろきに目を見開いて、表情を引きつらせて、思わず顔を見合わせた。

 そして、おさえるのを忘れた声で、おたがいに言葉をかけた。


「……どうする?」

「どうしよう?」

「入って探すか?」

「危ないよ」

「だよな……」


 ゆうなやましそうに窓に顔を近づける。

 想定していないことが起こっていた。

 何が起こっているのか分からなかった。そんなことをしていると、はなれたところで待っているみんなも、二人の様子がおかしいことを、さすがに察しはじめた。


「……」


 そのかすかなどうようが伝わる中、は頭が真っ白のまま、必死で考える。


 どうなってるの?

 何が起こったの?

 くんはどうなったの?

 くんが言うように、入って調べた方がいい?


 結論。ううん、絶対やめた方がいい。くんには、本当に悪いけど。

 てつしゆうするか、できればふうした方がいい。申し訳ないけど、そこまでの危険はおかせない。

 は決めた。口を開いた。


「…………ねえ、くん」


 そしてその決定を、ゆうに伝えようとした時だった。


 


 とそのとき教室に、また照明がともった。

 にじむように、教室の中でだんだんと強くなってゆく光。ゆうは、それによって照らされた教室の様子を、あらためて食い入るように見つめたが────窓から顔をはなしていたは気がついた。いま、教室に光がともったのと同時に、視界のはしろうの向こうが、同時に明るくなったのだ。


「……?」


 たちがいるろうの向こう。

 ろうの奥。そこには曲がり角があって、階段がある。

 階段をしずめるようにかくしているくらやみが、そこには満ちていた。

 そしてそんなくらやみが、まるで教室の明かりと連動するように、じわあ、と明かりがともって照らされて──────


 ほんの一秒ほどの光。

 その光の下に、


「!!」


 息をんだ。

 光の下で、実物の子供の頭と変わらない大きさをした青白い人形の頭が、ほっそりと長い三本の手を生やして立ち、ガラスの目でこっちを見ていた。

 首の断面に、赤いリボン。そして。



 その人形の頭は────



 見た。

 理解した。

 しゆんかん


 


 といつしゆんで、頭から血の気が引いた。

 全身の毛が逆立った。

 血がこおる感覚。

 そのきようおそわれたしゆんかん、明かりが消えて暗くなったろうはしで、シルエットになったが、こちらへ向けて、ひた、と動いた。



!!」



 ぜつきようした。

 ゆうの背をたたいた。

 窓を見ていたゆうおどろいてかえり、そしてに気づいて、「うわあ!!」とさけごえを上げて、あわててした。


「みんなもげて!! 早く!!」

「………………!!」


 たちまち全員がパニックになる。悲鳴が上がって、す。混乱がろうめつくし、さけびと足音が雪崩なだれをうつ。そんな中で、持っている鉄パイプの重さと長さにまごついているに、は追いついて、パイプを取り上げ放り捨てる。


「そんなのいいから! 早く!」

「ひっ……!」


 引きつった顔でうなずくの手を引いて、げた。

 走る。ゆうかれる。さいこう。後ろが気になるが、見ない。

 かえらずに、ただおくれただけを気にかけながら、走って、走る。走ってげることだけに専念する。みんなの持つライトがちやちやまわされて、暗いろうの景色の中で、光とかげさくらんしたように回る。

 そんな光とかげと、きようあせりとパニックで、目が回りそうな中を。

 走って、走って、階段をけ下りた。そしてろうに飛び出し、さらに走る。

 そして、


「早く!」

「…………っ!!」


 バリケードの前で二人を待っていたゆうのところへ、息を切らせてけつけた。

 走り、辿たどりつくと同時に、急いであなを押し込んで、自分も中にもぐりこむ。


「……っ!!」



刊行シリーズ

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