ほうかごがかり5 あかね小学校

四話 ①


 話はさかのぼる。


 砂の積もった教室の中に立つ、もんの表情をかべた、ゆうの姿をした砂のかたまり。

 ゆうがそんな砂の像になってしまった、あの日の『ほうかご』から週が明けた月曜日。週末になればもう夏休みに入ってしまう学期の最後の週のはじめに、五十嵐いがらしが重い気持ちで登校すると、そこには目を疑う光景があった。


「えっ、くん!?」


 いつも『かかり』が集まって話し合う、ホールを出たところの目立たないかたすみ

 そこに落ちているであろう、重い空気を想像しながら重い足取りで顔を出したが見たのは、そうはくな顔をした。そしてその三人の視線を浴びながら、こんわくした表情をして立っているゆうと────


「────くん!?」


 死んだはずの、はるの姿だった。

 まだゆうの方は、死体も、その後の消失もかくにんしていないので、死んではいなかった可能性も否定できない。だがはるがそこにいて、みんなの視線の中でごこわるそうにしているのを見て、は思わず声を上げてしまった。おどろきで声が裏返っていた。


「えっ…………え?」


 おどろきすぎて、息が、心臓が、止まりそうになった。とりはだが立ったはだと、見開いたまま閉じられない目。ふたと同じ顔色をしているのだろう自覚があった。それはおどろきというよりも、ほとんどきように近かった。


「え、ど、どういうこと……!?」

「いや……俺のほうが知りてえんだけど」


 わけがわからず疑問を口にしたに、ゆうがあまりにもつうに、これまでと何ひとつ変わらない様子で答えて言った。


つうに登校して来てみたらくんがいてさ、それで死ぬほどびっくりしてたら、ふじさんたちが俺のことまで『死んだはず』とか言うし……俺のほうが意味わかんねえんだけど。何がどうなってんだ?」


 本気で困った様子でまゆをよせて、「なんなんだよ」と言いながら、周りのみんなを見やるゆうまどい、最初はためらいつつ、思わずそんなゆうに向けて手をばす。そしてうでかたや頭にれて、そのかんしよくと実在を確かめた。

 ちゃんとかんしよくがある。

 生きている人間のかんしよく。それから体温。


「さわれる……体温もある……」

「な、なんだよ、やめろよ」


 ゆうれいやゾンビには思えなかった。半ばぼうぜんとしながらべたべたさわってかくにんしていると、その手をうざったそうに押しのけられた。あわてて謝る


「やめろって」

「あ、ご、ごめん。ゆうれいかと思って……」

「おまえも言うのかよ」


 ゆうは、まゆをハの字にする。


「マジで何があったんだ? だれも教えてくれねーんだけど」

「あ……そうなんだ」


 おびえきっているや、ちゆうちよして固まっているを見て、はなるほどとじようきようを理解する。そして何をどう、どこから説明したものかと、しばし考えて、まずはかくにんが必要だと思い至って、逆にゆうへとたずねた。


「……えーとね、こないだの『ほうかご』って、くんはどうしてた?」

「あ? …………あー、あ? 言われてみると、なんかあんまりおくがない気がするな」


 問われてゆうは、最初不思議そうな顔をして、それから少しのちんもくとともにまゆを寄せ、首をひねった。


「たしか『ほうかご』に行ったら、俺が担当してるあの教室で、何か見て…………えーと、何を見たんだっけ? とにかくそれを確かめようと思って、入ってったんだよ。砂だらけの部屋の中に。それで、何があったんだっけ?」


 言いながら考えて、考えて、そしてしばらくしてなつとくいかなそうに、答えて言った。


「…………あー、やっぱダメだ。それしかおぼえてねー」


 ばりばりと頭をかく。


「教室に入ってってから、自分の部屋で目え覚ました、それまでの間が思い出せない。言われると、たしかにおかしいな」

「だよね?」


 同意を得たことに少し安心して、は次に、はるを見る。


「じゃあ、くんは? 今までどうしてたか、おぼえてる?」

「えと……僕は……僕もくんとおんなじで、あの人形頭が立ち上がって化け物になってあわててかくれたとこまではおぼえてて……」


 ぼそぼそとまどいながら答えるはる


「あとは、いつもの四時四四分に目を覚ました感じ。その間のことは覚えてなくて……別におかしいとは思わなくて、今日、つうに学校に来たんだけど……」


 どうなってるの? という様子で、みんなを見るはる。そんな彼の受け答えの様子は久しぶりに目にするもので、さらに言うならば今まで失われていたもので、言いようのない感覚がの内にきあがる。


「……」


 そのせいですうしゆん、言葉が出なくなった。

 代わりに答えたのはゆうだった。ゆうはるに向けて、はっきりと言った。


くん……言ったら悪いけど、それはおかしいぜ」

「おかしい?」

「お前さ、。いまお前が言ってた、目ぇ覚ますまでのおぼえてない間、二週間あいてんだよ」

「えっ」


 聞いたはるが、ぼうぜんとした顔になった。


「俺たちみんな、お前が死んでるのを見たし、お前がいないまんま二週間やってた」

「え……えっ?」

「その二週間、くんはこの世から消えてた。マジで二週間、死んでたんだよ」

「え…………」


 真顔で言うゆうの言葉を聞いて、はるは言葉を失って、それから助けを求めるように、周りのみんなを見る。


「……じようだんだよね?」

「…………」


 その問いかけに、ふたも、みんな目をそらした。

 だけは目をそらさずに、はるの顔を見返したが、しかしはるに向けて、だまって首を横にって見せた。


「そんな……」

じようだんなんかじゃねーよ。くんはちがいなしに死んでた」


 きっぱりと言うゆう


「ぜったい死んでたのに、生き返ってここにいるから、みんなびっくりしてるんだ。俺だって最初見た時は、心臓が止まりそうだった。はっきり言ってこわい。ヤバい。何なのかは分からないけど、ぜったい、いま何かヤバいことが起こってる」


 表情をこわばらせて顔色を悪くしたはるに、ゆうは近寄ると、両手でそのかたをつかんだ。

 そして言った。


「なあ……お前、?」


 たずねた。顔を近づけて。

 厳しい表情。そのきつもんに、ショックを受けた表情で、固まるはる


「…………!」

「どうなんだよ」


 何も答えない、何も答えられないはる。しかしゆうは、そんなはるの顔をしばらくぎようしたあと────そのままかたをつかんでいた手をはるの背中に回して、ハグして、それからランドセルの背をたたいて言った。



「でも──────それでも、お前が生き返って、よかった……!」



 胸の底から、心の底から、しぼり出すような声で。

 そのしゆんかんまでの、めたきんちようがとぎれる。それまでずっと、何かあれば割って入ろうと身構えていたは、そんな単純な話ではないけれども、ほっとして、半ばほどまで上げていた手を下ろした。


「なんか変なことになってるのは分かってる。でも今は、くんとまた会えて、話ができるのが、マジでうれしい」

くん……」


 ゆうなみだはない。そんな湿しめっぽい感情ではない。

 だが、明るい喜びでもない。もっと切実で限界で、がけっぷちの喜びを、ゆうそつちよくに言葉にした。


刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
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断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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