見ている華菜のほうが、なんだか泣きそうになった。だがしかし、これは単なる感動の再会ではない。何度でも確認し、自分に言い聞かせるが、そんな単純な話ではないのだ。異常なことが起こっている。
春人も、湧汰も、二人とも。
再会を嚙みしめている、この二人は死んだのだ。どちらも、少なくとも片方は確実に死んだはずの二人が、目の前で再会しているのだ。
これがどんなに感動的な場面であっても、その事実を無視するわけにはいかない。
だから華菜は、おそるおそる、二人に話しかけた。
「…………えっと、志場くん、越智くん」
申し訳なさそうに。
「悪いんだけど……」
「わかってる」
湧汰は春人を放し、華菜を振り返った。そして危惧していたよりもはるかに冷静な、どこか覚悟を決めたような、真面目な表情で、華菜に向かって言う。
「俺もおんなじってことだろ?」
その言葉に少し驚き、そして心苦しく思いつつも、うなずく華菜。
「うん……」
「だよな。わかってる。俺は越智くんの死体も見たし、越智くんがいなくなった生活もずっとしてた。だからちゃんとわかってる。今の俺が、おかしいってのは」
「……ごめんね」
心苦しさから、あやまる華菜。必要とはいえ、湧汰にそれを直視させなければいけないことが、そんな現実に立ち返らせなければいけないことが、申し訳なかった。
当事者である湧汰が、決して落ち着いた性格とは言えない湧汰が、この状況下で思いのほか冷静なことが、なおさらつらい。そして華菜はふと、そんな自分に既視感を覚えた。少し自分の中の既視感をたぐってみて、すぐに思い至った。そして嫌な気分になる。
この感覚は、この申し訳なさは、今まさに死にゆこうとしている親戚と、その手を握りながら話をしていた時とそっくりだった。自分の終わりを受け入れるしかない人間の、見ていられない冷静さ。そんな相手に、してあげられることが何も思いつかないまま、話をしなければならない時の自分。
いや────違う。違うはずだ。
浮かんだその嫌な連想を否定して、吞み下す華菜。湧汰も春人も生きているのだ。状況はわからないが、とにかく二人は生きて、ここにいるのだ。
華菜の葛藤。湧汰の冷静。
そうしていると、これまでずっと混乱しているばかりだった春人が、ここにきて不意にぼそりと、小さく口を開いた。
「…………本当なんだね」
今まで状況について来られていなかった理解が、ようやく追いついた、そんな様子の低いつぶやき。華菜も湧汰も思わず目を向けた。そこには立ちつくし、少し下を向いて、何も見ていない目をまばたきもせず開けた春人が、ショックの冷めやらぬ力弱い虚ろな表情で、小さく口だけを動かしてつぶやいていた。
「僕、死んだんだ? 死んでたんだ? 本当に」
「待って、越智くん……!」
慌てて華菜は、だらん、と下がった春人の手をつかんだ。体温がある。生きている。湧汰と同じように。生きている春人を、よくない考えから引き留める。だがそのつぶやきを否定してあげることはできない。湧汰に対してそれができないのと同じように。
だから、
「大丈夫。大丈夫だから」
華菜は、そう言ってあげることしかできない。
「たしかに意味わかんないことが起こってるけど、それは今までと一緒じゃん、ね?」
「……」
何の根拠もない、無責任な言葉。全く思っていないわけではないが、どちらかというと願望に近い、安心させようとするだけの言葉。死を間近にした人に、華菜が今まで言ってきたものと、同じ種類の言葉。
「今までもいろんな変なことが起こったけど、みんなで対策してきたじゃん。今回もおんなじだよ。一緒にどうするか考えよ」
「そうだぜ、越智くん」
湧汰も、春人の肩に手を置いて言った。
「俺も一緒だからさ。なんか、どうも俺も『ほうかご』で死んでるらしいから……でもちゃんと俺は俺だから、越智くんも、たぶん大丈夫だ」
そう言って、強く励ます。
「だから、何が起こってんのか、これからどうしたらいいか、一緒に考えようぜ。今までみたいにさ。越智くんのアイデア、頼りにしてんだからよ。お前のいない間に、お前が考えてくれたやつがどんだけ役に立ってたか、知らねーだろ。後で教えてやるよ」
華菜の言葉とは違う、当事者の、何の作為もない素直な賞賛と励まし。それは外から見れば確たる根拠のない、ただ力強いだけの言葉だったが、それこそが今の華菜には必要で、華菜にはひどく頼もしく思えた。
そして、そんな二人の必死の励ましに、春人が少し、表情を取り戻す。
「そっか……そうなのかな……? 今までと、おんなじ……?」
「そうだよ。俺も越智くんとおんなじことになってんだよ。どうすりゃいいと思う?」
畳みかけて言う湧汰。春人が少しだけ視線を上げる。
「今までみたいに対策とか考えてくれたら、俺も助かる。たのむよ」
「うん……そっか。そうだよね……」
頼られ、お願いされ、のろのろと反応する春人。
「ああ、たのむ。今はわけわかんねーかもしれないけど、あとでちゃんと相談しようぜ」
「う……うん……」
戸惑いつつ、うなずく春人。その肩を叩く湧汰。
「あとでな。そろそろ時間だから。教室行かねーと」
「う、うん……」
「あと、もっかい言うけど────お前が帰ってきてくれて、マジで嬉しい」
「うん……」
動きだす時間。凍った時間を溶かす、体温のある言葉。
湧汰に導かれて、教室へと向かう春人。本当ならば、どうしてここにいるのか分からない二人を見送りながら、華菜はずっと胸の中にあり続ける不安と、それからその中からたぐり寄せるような少しだけの希望を感じていた。
生徒の喧騒を割って、校内のスピーカーのスイッチが入る。
始業のチャイムが鳴る前の、朝の校内放送が始まる。
華菜はそれを聞くと、先に行った二人から視線を外して。取り残されたように固まって立っている恵里耶と双子の三人に目をやって、「もう大丈夫だから行こう」と目線だけで言って、小さくうなずいて見せた。
………………
2
「────ごめん、少し落ち着いた。まだ全然、実感ないし、納得もできてないけど」
放課後に、あらためて集まった一同。
学校近くの小さな公園で、みんなを前に、春人が言う。眼鏡の向こうの目は伏せられ、表情も明るくないが、朝に見せていた動揺はおさまって、どうにか自分を取り戻した様子が見てとれた。
「ううん……普通だと思う」
「こっちこそ、ごめんね……」
「ごめんね」
落ち着いたのは春人だけではない。他の面々もだ。恵里耶と双子が、口々にあやまる。しかし最初の怯えからは立ち戻ったものの、もちろん今までと全く同じようにとはいかず、どんなふうに二人に触れればいいのか分からずに迷っている様子が明らかで、戸惑いがちの距離感が確実にある。
華菜は言う。
「わたしも、リーダーで、一番しっかりしてないといけないのに、驚いちゃってごめん」
あやまる。少し気まずそうに。
「正直、信じられなくて」
「僕も正直に言えば、本当に? っていうのは、今も思ってる」
春人は納得いかなそうな表情のまま、答えて言う。
「自分じゃ全然自覚ないし、何が起こってるのか、全然わからない。志場くんと話さなかったら頭でも理解できてなくて、今もみんなに意地悪されてるんだと思ったかもしれない」
そう自分の手を見ながら、正直なところを語る。
「ていうか、最初はそう思った」