ほうかごがかり5 あかね小学校

四話 ②

 見ているのほうが、なんだか泣きそうになった。だがしかし、これは単なる感動の再会ではない。何度でもかくにんし、自分に言い聞かせるが、そんな単純な話ではないのだ。異常なことが起こっている。

 はるも、ゆうも、二人とも。

 再会をみしめている、。どちらも、少なくとも片方は確実に死んだはずの二人が、目の前で再会しているのだ。

 これがどんなに感動的な場面であっても、その事実を無視するわけにはいかない。

 だからは、おそるおそる、二人に話しかけた。


「…………えっと、くん、くん」


 申し訳なさそうに。


「悪いんだけど……」

「わかってる」


 ゆうはるを放し、かえった。そしてしていたよりもはるかに冷静な、どこかかくを決めたような、真面目な表情で、に向かって言う。


「俺もってことだろ?」


 その言葉に少しおどろき、そして心苦しく思いつつも、うなずく


「うん……」

「だよな。わかってる。俺はくんの死体も見たし、くんがいなくなった生活もずっとしてた。だからちゃんとわかってる。今の俺が、おかしいってのは」

「……ごめんね」


 心苦しさから、あやまる。必要とはいえ、ゆうにそれを直視させなければいけないことが、そんな現実に立ち返らせなければいけないことが、申し訳なかった。

 当事者であるゆうが、決して落ち着いた性格とは言えないゆうが、このじようきよう下で思いのほか冷静なことが、なおさらつらい。そしてはふと、そんな自分にかんを覚えた。少し自分の中のかんをたぐってみて、すぐに思い至った。そしていやな気分になる。

 この感覚は、この申し訳なさは、今まさに死にゆこうとしているしんせきと、その手をにぎりながら話をしていた時とそっくりだった。自分の終わりを受け入れるしかない人間の、見ていられない冷静さ。そんな相手に、してあげられることが何も思いつかないまま、話をしなければならない時の自分。

 いや────ちがう。ちがうはずだ。

 かんだそのいやな連想を否定して、み下すゆうはるも生きているのだ。じようきようはわからないが、とにかく二人は生きて、ここにいるのだ。

 かつとうゆうの冷静。

 そうしていると、これまでずっと混乱しているばかりだったはるが、ここにきて不意にぼそりと、小さく口を開いた。


「…………本当なんだね」


 今までじようきようについて来られていなかった理解が、ようやく追いついた、そんな様子の低いつぶやき。ゆうも思わず目を向けた。そこには立ちつくし、少し下を向いて、何も見ていない目をまばたきもせず開けたはるが、ショックの冷めやらぬ力弱いうつろな表情で、小さく口だけを動かしてつぶやいていた。


「僕、死んだんだ? 死んでたんだ? 本当に」

「待って、くん……!」


 あわてては、だらん、と下がったはるの手をつかんだ。体温がある。生きている。ゆうと同じように。生きているはるを、よくない考えから引き留める。だがそのつぶやきを否定してあげることはできない。ゆうに対してそれができないのと同じように。

 だから、


だいじようだいじようだから」


 は、そう言ってあげることしかできない。


「たしかに意味わかんないことが起こってるけど、それは今までといつしよじゃん、ね?」

「……」


 何のこんきよもない、無責任な言葉。全く思っていないわけではないが、どちらかというと願望に近い、安心させようとするだけの言葉。死を間近にした人に、が今まで言ってきたものと、同じ種類の言葉。


「今までもいろんな変なことが起こったけど、みんなで対策してきたじゃん。今回もおんなじだよ。いつしよにどうするか考えよ」

「そうだぜ、くん」


 ゆうも、はるかたに手を置いて言った。


「俺もいつしよだからさ。なんか、どうも俺も『ほうかご』で死んでるらしいから……でもちゃんと俺は俺だから、くんも、たぶんだいじようだ」


 そう言って、強くはげます。


「だから、何が起こってんのか、これからどうしたらいいか、いつしよに考えようぜ。今までみたいにさ。くんのアイデア、たよりにしてんだからよ。お前のいない間に、お前が考えてくれたやつがどんだけ役に立ってたか、知らねーだろ。後で教えてやるよ」


 の言葉とはちがう、当事者の、何のさくもないなおな賞賛とはげまし。それは外から見れば確たるこんきよのない、ただ力強いだけの言葉だったが、それこそが今のには必要で、にはひどくたのもしく思えた。

 そして、そんな二人の必死のはげましに、はるが少し、表情をもどす。


「そっか……そうなのかな……? 今までと、おんなじ……?」

「そうだよ。俺もくんとおんなじことになってんだよ。どうすりゃいいと思う?」


 たたみかけて言うゆうはるが少しだけ視線を上げる。


「今までみたいに対策とか考えてくれたら、俺も助かる。たのむよ」

「うん……そっか。そうだよね……」


 たよられ、お願いされ、のろのろと反応するはる


「ああ、たのむ。今はわけわかんねーかもしれないけど、あとでちゃんと相談しようぜ」

「う……うん……」


 まどいつつ、うなずくはる。そのかたたたゆう


「あとでな。そろそろ時間だから。教室行かねーと」

「う、うん……」

「あと、もっかい言うけど────お前が帰ってきてくれて、マジでうれしい」

「うん……」


 動きだす時間。こおった時間をかす、体温のある言葉。

 ゆうに導かれて、教室へと向かうはる。本当ならば、どうしてここにいるのか分からない二人を見送りながら、はずっと胸の中にあり続ける不安と、それからその中からたぐり寄せるような少しだけの希望を感じていた。

 生徒のけんそうを割って、校内のスピーカーのスイッチが入る。

 始業のチャイムが鳴る前の、朝の校内放送が始まる。

 はそれを聞くと、先に行った二人から視線を外して。取り残されたように固まって立っているふたの三人に目をやって、「もうだいじようだから行こう」と目線だけで言って、小さくうなずいて見せた。


 ………………





「────ごめん、少し落ち着いた。まだ全然、実感ないし、なつとくもできてないけど」


 放課後に、あらためて集まった一同。

 学校近くの小さな公園で、みんなを前に、はるが言う。眼鏡の向こうの目はせられ、表情も明るくないが、朝に見せていたどうようはおさまって、どうにか自分をもどした様子が見てとれた。


「ううん……つうだと思う」

「こっちこそ、ごめんね……」

「ごめんね」


 落ち着いたのははるだけではない。他の面々もだ。ふたが、口々にあやまる。しかし最初のおびえからはもどったものの、もちろん今までと全く同じようにとはいかず、どんなふうに二人にれればいいのか分からずに迷っている様子が明らかで、まどいがちのきよ感が確実にある。

 は言う。


「わたしも、リーダーで、一番しっかりしてないといけないのに、おどろいちゃってごめん」


 あやまる。少し気まずそうに。


「正直、信じられなくて」

「僕も正直に言えば、本当に? っていうのは、今も思ってる」


 はるなつとくいかなそうな表情のまま、答えて言う。


「自分じゃ全然自覚ないし、何が起こってるのか、全然わからない。くんと話さなかったら頭でも理解できてなくて、今もみんなに意地悪されてるんだと思ったかもしれない」


 そう自分の手を見ながら、正直なところを語る。


「ていうか、最初はそう思った」


刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影