ほうかごがかり5 あかね小学校

六話 ⑥

 待ちに待っていたのだ。お母さんのふたちゃんが大きく評価されたあの時の気持ちを、もう一度味わいたくて。そうして待ちに待った絵を見つけて、持っていったのだ。の絵を。だけの絵を。

 そして半分にちぎって、無造作ににあげた。

 のものだということにした。『ふた』のものだということに。また。あの時のように。


「よかったね、スケッチブック、なくなったんじゃなくて」


 が思っていることを、何も知らずに、じやに言う


「それに、えつらん九十万人だって。すごい」


 自分のことのように喜ぶ。だが、他のことならばが喜んでいるのを見るとうれしくなるが、この時は、これだけは、そう思うことができない。

 は、何かにつけてふたがいっしょくたにあつかわれることを、何とも思っていない。

 あまりにもよくあることだからだ。も基本的にはそうだ。でも絵だけは、これだけはダメだ。

 喜ぶお母さんとを見て、心の中に穴があいていた。

 それは、お母さんがにあげるために、から取り上げた、半分だ。

 がショックを受けていることに、しばらくしてからさすがには気づいたが、それはお母さんが断りもなくスケッチブックを持ち出して、勝手にSNSにアップしたことが原因だと思っていた。

 それ以上のことには気づかなかった。

 やはりふたは他人なのだ。何もかも分けあわなければいけない、他人。


「………………」


 に消えてほしいとまでは思わない。

 でも、最初からいなければよかったのにと、そう思ってしまったことはあった。

 にいなくなってほしいわけじゃない。ずっといっしょにいるきょうだいで、幼いころは半身だと思っていた片割れだから。でも、自分がもらえるものを自動的に分けあわないといけない、その片割れが、最初からこの世に存在していない、そんな世界にいる自分を、つい夢想してしまったことはあった。

 そして。金曜日になって、『ほうかご』になった。

 とてもではないが『かかりのしごと』など、絵をくことなど、できるような心理状態ではなかった。

 それは、

 結論から言うと、その日は『しごと』をする必要はなかった。その日、ホールには現れず、やがて悲鳴が聞こえて、大変な事件が起こって──────


 そしては、見つけてしまったのだ。

 方法を。

 その、可能性を。


 ………………




 空っぽの一週間が過ぎて、金曜日。

 リビング以外ではこの家で一番広い、二階のほとんど全部をめている部屋をカーテンで二つに区切って、同じ机と、同じベッドと、同じたなと、同じ洋服かけを置いて、鏡写しのようになっている子供部屋に、深夜、また『ほうかごがかり』の時間がやってきた。


 カァ────────ン、

 コ────────────ン!


 十二時十二分十二秒。音割れしてノイズのかかった学校のチャイムが、空気がふるえるくらい大きくひびいて、だと知りながらじようしている出入り口のドアが、勝手にがちゃりと動いて開く。そして部屋のドアの向こうに深夜の学校のろうが見え、ガリガリとざらついた、男とも女ともつかない声の呼び出しの放送が、そこから部屋の中へとひびきわたる。



……は、ガっ……こウに、集ゴう、シて下さイ』



「…………」


 それをきんちようおもちで、しかし準備は整えて、ドアの前で聞く二人。

 以前はドアの前で待つことなんて、こわくてとてもできなかったが、いやいやながらの、しかしげられない、いられた半年以上の経験によって、今ではでさえ自分で準備できるようになった。

 ドアの前に立つ二人のところへと流れ込んでくる、家とはまったくちがう温度とにおいの、学校の空気。その中へと、自分から足をれて、五感をめまいが通りすぎると、もう『ほうかご』に立っている自分たちがいる。


「……行こっか」

「…………」


 が言う。は無言。

 二人は理科室に背を向けて、まずホールに向かう。かいちゆう電灯で照らしながら暗いろうを進むと、どことなくぼんやりとした表情をして、並んで歩く。会話はない。周囲の音を聞かなければいけないからだ。ずっと聞こえている砂のようなノイズの向こうから、聞こえるかもしれない、足音とか、センサーの鳴らすチャイムの音をだ。


「……」

「……」


 そしてバリケードに辿たどりつき、開けたみちをくぐって、ホールに入る。ホールには首のない人形をいたが、一人だけで立っていて、二人を待っていた。

 は言った。


「じゃあ……行く、でいいよね……? 五十嵐いがらしさんのとこ」

「う、うん……」

「……」


 うなずく。うつむく。今日、三人は『ほうかご』でまずホールに集まったら、みんなでのところまでむかえに行こうと、前もって決めていたのだった。

 心配だったからだ。

 が、はるの化け物におそわれて『赤いクレヨン』の部屋でかえちにし、そのせいで現実のはるも消えてしまったと分かってから、は明らかにそれを気にんで、精神のバランスをくずしていた。

 この一週間、は毎朝の集まりに顔を出さなかった。

 会いに行くとつうに応対してくれるが、『かかり』の話になると、


「その話は……ごめんね、落ち着いたらちゃんと話するね」


 と済まなそうに断る。

 みんな、その言葉を尊重して待っていたが、結局、一週間っても復調しなかった。

 また金曜日になってしまった。また『ほうかご』が来てしまう。今日、三人はが不在の朝に話し合って、『ほうかご』が始まったら、『赤いクレヨン』の教室までむかえに行こうと決めた。

 こんな状態のまま『ほうかご』になったら、どうなるのか分からない。

 がどうなるのか、何をするか、分かったものではない。


「次は、私たちが、五十嵐いがらしさんを助けないと……」


 は決然と、に向けてそう言っていた。今までずっとたよりっぱなしだったが大変な時なのだから、自分たちががんらなければいけないと、明らかにそうすることに慣れていない様子で、表情を引きしめて。


「『赤いクレヨン』の部屋がどうなってるのかも、かくにんしないと……」


 は言う。

 不安な表情になる

 ぴく、とその言葉に反応する


「……」

「……」

「何か異常があったら、対策しないと危ないって、『メリーさん』も────」

『────様子を見てきた方がいいと思うの。話だと、部屋の入り口が勝手に開いてたということだし、どんな危険がありそうなのか、かくにんしないといけないわ』


 たどたどしくて、必死さがあらわなの声が、すっ、と急に、落ち着いたものに切りかわる。いている首のない人形、『メリーさん』の声。


『ごめんなさい。私にもっと知識があったら、みんなにこんな、危険なことをさせなくてもよかったかもしれないのだけど』


 そう言って、あやまる『メリーさん』。彼女はよくあやまる。自分の力のなさを、本当はできなければならないことが力不足でできないことを、申し訳なさそうにする。それはぐうぜんなのか、もしかするとそういう必然なのか、担当していると、少し似ている。


『許して。見守ることしかできない、こんな不自由な私を』


 の口を借りて、彼女が言う。


『そのうえで、どうかお願い。あの部屋をかくにんして。全然記録されてないあの部屋を。これ以上、だれも死なないように』


 そううつたえる。


「……行こっか」

「…………」


 そして三人は、が担当する教室方面へ、バリケードをくぐりけて向かった。

 かすかなノイズと、その向こうのせいじやくに耳をすませながら、暗くて、外の光が差して、最近は異常に砂っぽくなってきたろうを、固まって歩く。


刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
ほうかごがかり5 あかね小学校の書影
断章のグリム 完全版3 赤ずきんの書影
断章のグリム 完全版2 人魚姫の書影
断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
ほうかごがかり3の書影
ほうかごがかり2の書影
ほうかごがかりの書影