ほうかごがかり5 あかね小学校

六話 ⑤

 もう取り返しがつかないことも多いけれども、ようやく、本当はそうあるべきだった『かかり』の形になりはじめた気がした。も、もう自分たちの『かかりのしごと』を、自分たちだけで終わらせられるようになりつつあった。その準備はもうしてもらっていた。たちが長く付きそってくれた経験と、はるたちが設置してくれたけやガジェットが、たちを助けてくれていた。

 もう過去のわだかまりはなかった。許して過去のものにできた。

 は日々、あらためて新しい絵をきはじめた。もう、き加えさせることはしなかったけれども。

 二人はちがう道を歩みはじめていた。それが実感できた。

 金曜日ではない日の夜、ベッドの中で、部屋を仕切るカーテンしに、話をした。


「……私ら、言うほどそっくりじゃないよね?」

「うんまあ、みんなが言うほどじゃないよね……」

くんはあんなこと言ってたけど、別にふただって言っても、自分がもう一人いる、なんて感じじゃないしね」

「さすがにね、そこまでじゃないよね。昔はもう少し、あいまいだった気はするけど……」

「でも今は、絶対ちがうよ」

「まあ、もうちがう人間だよね……」

「小学校でクラス分かれちゃったあたりから、だいぶちがう人間になった気がする」

「たしかにそうかも。友達もおんなじじゃないし……」

「そうでしょ」


 そしてたがいの友達の話をして、同じタイミングで、同じ声で笑う。ひとしきり笑って、それから、しみじみと言う。


「……やっぱり、私とはおんなじじゃないね」

ちがうよ。やっぱり変わるよ。しゆとか興味とか」

「だよね。昔はそんなでもなかったけど、今はの方が絵とかぜんぜん上手だし」

「意外。そんなふうに思ってないと思ってた」

「わかるよ。さすがに。私、とくらべたら、絵が好きなわけじゃぜんぜんないし」

「そっか」

「どっちかって言ったら私、『かかり』のせいで、絵、きらいになりかけてるもん」

「そっか……」


 ふふっ、とは、その言いようがおかしくて小さく笑う。笑うかたわら、心の中で安心した。絵は『ふた』のものではなく自分だけのものなのだと、そして、もそう思っているのだと、かくにんできたのだ。

 それが一番大事だった。その安心が、一番ほしかったのだ。

 これから先は────絵本が『ふた』の作品として賞をったと聞かされた────あの時のような思いをすることは、もうないにちがいないと思えた。

 は、例の絵本のことは、ちがいなく合作だったとにんしきしている。

 でも、もういい。許した。今のは、そんなかんちがいはもう起こさないだろう。

 私のいた絵は、もう無造作にうばわれたりしない。それさえ保証されているなら、はまた前に進めた。

 これからは、私がやる。

 自分の『無名不思議』を絵で『記録』して、おとなしくさせて、みんなのお荷物だった状態からして、を、みんなを助けて、かつやくするのだ。


「だいじょうぶ。私の〝絵〟は────効いてる」


 その事実と、確信。

 そのほこりと、喜び。

 それらを胸に、は毎週『かかりのしごと』とたいした。観察し、『日誌』にき、絵にいて、それ以外にも毎日のように絵をいて、けんさんを積みかさねていった。

 けいからもらったスケッチブックを、自分の絵でめていった。

 くのは自分の心の中にあるもの。空想。感情。しきさい。物語。絵にそういうものをとうえいするのが『記録』の絵には必要だと、けいが言っていたので、その練習としていたのだ。これは未来への予行演習でもあった。はいずれ、『動く骨格模型』を『日誌』の図だけではなく、ちゃんとした絵にするつもりだったのだ。

 けいがそうしたから、それで『記録』に成功したから。

 きっと、その方が効果があるから。

 そうしていたのは、あの絵本になった以前の絵をもどしたような、明るくてやわらかい空想の絵だった。すいさいの空の中を、自分の心を反映した、空想の鳥や魚や動物や植物が飛んでいる絵。空と海がつながって、船と飛行機が、たがいを行き来する絵。空にある窓ととびらから太陽と月が出入りして、朝と夜が空で入り混じる絵。それらは『ほうかご』とは全く逆の明るいふんの絵だったが、しかしそれらは、たしかにちがいなく、暗くておそろしい、あの『ほうかご』と『無名不思議』をくための予行演習だった。

 学校用の絵の具が、あっという間になくなった。

 なので絵本の賞の副賞でもらったけれども、一度も使うことなく引き出しの奥に押しこんでいた、高級な絵の具のセットを出した。

 毎晩、鏡写しの配置になった部屋には、それぞれの勉強机で、宿題をしたりまんを読んだり動画を見たりして過ごすと、ただひたすら絵をという光景があった。いつか来るであろう〝その日〟に向けて、もどしたほこりと、けいの教えを胸に、ひたすらのけんさんを続けた。

 だんだんとみつになってゆく、の『記録』。

 それにともなって、だんだんと異常が止まりつつある、『動く骨格模型』。

 全ては順調だった。そう思えていたし、実際そうだった。

 だが、そんなの足をすくうあくの手は────『ほうかご』からではない、


「えっ?」


 その日、学校から帰ると、

 自分の部屋の、自分の机の前で、ぼうぜんと。だん置いている机の上に、絵をきためたスケッチブックがなくて、は気づいたしゆんかんに頭が真っ白になって、帰宅したそのままの姿で立ちすくんだ。


「えっ……な、なんで……!?」

「えっ、なに? どうかした?」


 うろたえるに、おどろいてたずねる。そして事情をいて察したと二人で、あわてて部屋を捜したが、スケッチブックはかげも形も見当たらなかった。

 だがスケッチブックと犯人は、ほどなくして、あっさりと見つかる。

 部屋をに捜してもらい、が階下のお母さんに心当たりはないかこうと思って、ばたばたとリビングにけこんだところ、テーブルの上にまさに捜していたスケッチブックが置いてあり、そしてに座ってけいたいを持ったお母さんがニコニコのがおで入ってきたかえり、言ったのだ。


「あんたたち、こんなのいてたんだ? すごいじゃん、言ってくれればいいのに」


 そして、けいたいの画面をに向けた。



「お母さん、SNSにアップしたげたから。みんなに見てもらおうと思って。、って。そしたらね、すっごいバズって、何十万人も見てくれて、見て、みんなめてくれてるよ。『ふたでこんなに上手にくの、すごいですね』って」

「………………っ!?」



 そのあと何を言ったか、おぼえていない。

 たぶん、何も言わなかった。ただ、さーっ、と目の前が暗くなって、手が指の先から冷たくなるような、血の気のひく感覚をおぼえている。

 えっ、なんで。

 と、そんなことを、頭の中で思っていた。

 他に何もおもかばなかったし、何も考えられなかった。気づくと翌朝になっていた。あまりのショックにおくがなかった。

 理解するのに一晩かかった。


 またのものが────だけのものが、また、うばわれたのだ。


 お母さんに自覚はない。お母さんはちがいなく、あのスケッチブックの絵を、の合作だと疑いもせず思いこんでいる。。絵本の賞をった時、一番喜んでいたのはお母さんで、それ以降ぱったりと絵をかなくなったに、『かないの?』と今までも何度かさぐりを入れたりさいそくしたりしてきた。

 勝手に部屋に入って、スケッチブックを見つけて、きっとお母さんは思ったのだ。

 あの時の、うちのまんふたちゃんが、帰ってきた、と。


刊行シリーズ

ほうかごがかり6 あかね小学校の書影
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断章のグリム 完全版1 灰かぶり/ヘンゼルとグレーテルの書影
ほうかごがかり4 あかね小学校の書影
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