ほうかごの断章
『ほうかごがかり』によるグリム的思考実験──基礎篇
金曜日深夜の『開かずの間』。『太郎さん』のために資料棚の整理をしていた惺は、学校の怪談や都市伝説の本が詰めこまれている棚に、童話の本があるのを見つけて、中身を軽く確認しようとして、思わず熟読しかけ、気がついてパタンと本を閉じた。
「おっと」
「……どうかしたか?」
惺の小さなつぶやきに、顔を上げて問いかけたのは啓だ。啓は『開かずの間』の床に座りこみ、目の前に何枚も何枚も描きかけの絵を広げて、手を加えたり素描を追加したりと、考えこんでいたところだった。
「いや、うっかり普通に読書しそうになってさ。棚の整理あるあるだよね」
はは、と惺は、笑って答える。
そしてたったいま閉じた文庫本を、啓に見えるように、ひらひらと振ってみせた。
「童話関係の本があってね。見たら、知らない話があったんだ」
「童話? 絵本じゃないのか?」
啓にとって、童話とは絵本のことだ。
童話。子供向けの話。興味がない。でも絵本には絵があるので、そっちには興味がある。あまりにもぶれない啓らしさに、惺は思わず笑みをこぼす。
「古典の西洋絵画だって神話がモチーフなんだから、絵本になってる童話もそれの親戚みたいなものだよ。元ネタは知っといた方がいいんじゃないかな」
「そんなもんかな」
「そうだよ。まあそれはいいんだけど────先生、こんな本、置いてたんですね」
気のない返事をする啓に苦笑した惺は、その話はそこまでにして振り返り、部屋の奥の机に向かって呼びかけた。呼びかけられた『太郎さん』は、「あー?」と言って振り返り、本を確認するが、すぐに興味なさそうに背を向けた。
「あったな、そんなのも」
どうでもよさそうに言う。惺はもう一度、のめりこまない程度にぱらぱらと本のページをめくると、ふと思いついて、『太郎さん』に向けて質問した。
「そういえば先生、僕らは怪談と『無名不思議』を紐づけて名前をつけてましたけど、童話や昔話に紐づいた『無名不思議』はあると思いますか?」
「は? 童話? ないだろそんなもん」
にべもなく答える。
だが反射でそう答えた『太郎さん』だが、すぐに首をかしげて、声を落としてつぶやいた。
「……あ? いや、ありえるのか……?」
「やっぱりそう思いますか?」
自分の思いつきに同意を得た、と期待した様子で、惺が言う。そんな惺に鬱陶しそうな目を向けた『太郎さん』だが、始めてしまった思考を止められず、持っていた万年筆の天冠を口元に当てて、眉間にシワを寄せてつぶやくように言う。
「いや、そんなわけ……いや、『無名不思議』の雛は〝昔あった怖い話〟の形してることがほとんどだから、昔話は少なくともありえるのか?」
「そう思いますよね?」
「あー、いやいや、理屈の上では確かにそうかもしれないけど、やっぱ机上の空論だ。昔話の姿した『無名不思議』なんて、見たことないぞ」
「本当にそうですか? 前提にないから、気づかなかっただけじゃ?」
「ぐぬ……」
考察はしたいが、否定もしたい『太郎さん』。その相反する部分を惺に突かれて、くやしそうに言葉につまる。
「僕はありうると思うんですよね。そもそも、童話って怖いじゃないですか」
惺は言った。
この話題自体には興味なさそうにしていた啓が、不思議そうな顔で訊ねる。
「怖い? 童話がか?」
その問いに答えたのは、惺ではなく『太郎さん』だった。
「そりゃ怖いだろうさ。童話の一部は、明らかに、子供を怖がらせて、大人の言うことを聞かせるためのものだからな」
「そこまで悪しざまに言うつもりはないけど、僕もそう思う」
急に意見が合った二人。そして、「もしも昔話の名前を『無名不思議』につけたなら、あるいは昔話の名前がついた『無名不思議』があれば、どんなことになるか」と意見を交わし始めた二人を、啓はしばし、なんだか納得のいかない表情で見つめた。
【基礎篇おわり】→【発展篇に続く】
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第一片 『ほうかごがかり』によるグリム的思考実験──基礎篇
第二片 『ほうかごがかり』によるグリム的思考実験──発展篇
第三片 『断章騎士団』による七不思議的思考実験──基礎篇
第四片 『断章騎士団』による七不思議的思考実験──発展篇
最終片 悪意ある物語



