14歳の夏休み -前編-

◇神宮寺琉実◇


「本当に私しか居なかったの?」

「だからそう言ってるじゃん」

「中二にもなって、姉妹で祭りとか寒すぎない?」


 わたしには面倒くさい妹がいる――双子の妹。


 双子って聞くと、世間では、仲が良くて、見た目も似ていて、好き嫌いが一緒だったり、お互いの考えてることがなんとなくわかったりってイメージなんだろうなぁと思うけど、わたしたちに限って言えば、そんなことはなくて。

 あ、最後のはちょっとある……かも。那織の考えそうなことはなんとなくわかる――って、それはきっと家族だし、ずっと一緒にいるからわかるってだけかも知れない。

 二人で遊びに行ったりしないし、学校でもほとんど絡まないし。けど、仲が悪いってわけでは……ないと思う。うん。


 今日はたまたまで、最初は麗良を誘おうと思って声を掛けたんだけど、そうもいかない事情があった。

 麗良には気になってる男の子がいて、それも高校生だったりして、なかなか接点がなかったりみたいな感じだった。でも、それを打破したい、この夏休みにはデートするって意気込んでて――ちょうど今日だった。誰がどう考えてもそっち優先して欲しいってなるし、「応援してる! 頑張れっ!」って返した。

 他の人――たとえば部活のメンバーとかに声を掛けようかと思ってたとき、リビングで暇そうにしている那織が目に入った。


「たまにはこういうのもよくない? 昔は行ったりしたじゃん」

「小学生の頃の話でしょ? あと、あの時は純君も居たし……そうだ、どうせなら純君に声掛ける? まだそっちの方が――」

「いいよ、二人で行こうよ」


 つい、食い気味でそう返してしまった。チャンスだったのに……と思ったけど、今のわたしは、きっと純がいたら嬉しいけれど楽しめない。


 昔はよく一緒に遊んだし、三人でいることに抵抗は無かったんだけど、最近はなんか喋りづらいなって思うときがあったりするし、那織と二人で盛り上がってたりすると――とくにわたしがわからない話だったりすると、すごく嫌な気持ちになる。

 だから……そんな感じだから、しばらく純とちゃんと話せてない。


 それに――簡単に「純君に声掛ける?」なんて言えちゃう那織にも、ほんのちょっぴりだけ腹が立ったりしてしまう。那織は悪くないのに。


「本当に二人で行くの?」


 何よ、その言い方――と思ったけど、余計な気をつかわなくて済む分、那織と二人の方が気が楽なのは事実だし、それに那織の答えはなんとなくわかる。「イヤなの?」


「別に良いけど」


 ほらね。だと思った。

 人混みが嫌とか歩くのが面倒くさいとか暑くて死にそうとか延々ぐちぐち文句を言うけど、那織はお祭りの屋台が大好き――わたしも同じ。


「じゃあ、行こうよ」

 そしてわたしは、一階したに向かって叫ぶ。「お母さぁーん! 浴衣どこー?」


◆神宮寺那織◆


 何をどうすれば実の姉と二人で祭りに行かねばならぬのか。果たしてこんな希覯きこうな事をする中学生が日本に何人居るのか――浴衣だ何だと張り切っちゃって、私と出掛ける事の何がそんなに嬉しいのか分かんない。大体、いつ買ったかすら定かじゃない浴衣なんて着られるの? もう着られないんじゃないの? それに浴衣を着るなら草履を合わせなきゃだけど、鼻緒の部分が痛くなるから好きじゃない。


 着るけど。着ますけど。

 お姉ちゃんだけ浴衣なんて、そんなの許さない。

 どうせだし、浴衣姿の写真を撮って純君に送り付けてみる? うん、ありじゃない? 純君なんて夏休みはずっと引き籠ってお勉強だか読書だかにお熱だろうし、ちょっとくらい別の熱源を与えてあげないと――てか、どうせなら、呼びたかった。

 勝手に呼び出して、例えば現地集合とかにしたら……いや、あそこまできっぱり二人で行こうよって言われると、あとでぐちぐち言われそう。まぁ、お姉ちゃんは純君の事が好きだから、本当は一緒に行きたいんだろうけれど、純君が居たら居たであれこれ考え過ぎちゃうし、下手すれば私と趣味の話で盛り上がったりする姿を見て負の感情に支配されるのかも知れない――それは流石に考え過ぎか。

 だとしたら、どうしてあそこまで……ちょっとはあるんじゃない? うん、ありそう。

 さすれば、やっぱり勝手に呼ぶのはやめといてあげますか。私は何て姉想いなの?


 でも、浴衣姿は送る。

 もし、その写真を見て、純君が生の私の浴衣姿を見たいって思って自発的に合流してくれるんだったら、私に責任は無い。向こうが盛り上がって自制できなくなった訳だし――いや、此処まで考えておいてなんだけど、来ないんだよね、純君は。


 知ってる。よく知ってますとも。


 * * *


 お母さんが引っ張り出して来た浴衣はやっぱり小学校高学年の時だかに買った物で、救いだったのは少し大きめのを買っていた事。とは言え、丈がゆったりって訳では無い。だから私は、お姉ちゃんと違って胸を押さえ付けないといけなくて――ほんと、困っちゃう。拘束具を付けられたみたいで息苦しいし、身体を捻り辛いし、スタイル良く見えない気がするし。私もお姉ちゃんみたいな体型だったら何の疑懼ぎくも無いのに。


 はぁ、ほんと無理。とりあえず自撮りしよ。


 スタイルをチェックしなきゃだし、アップにした髪をがっちり固めなきゃだし、何より純君に送らなきゃ――洗面所で格闘していると後ろから情緒を失した声が飛んで来た。「那織、何してんの? 早く行こうよ」

「もうちょっと待って!」

 お洒落に興味無い人はこれだからっ!


 外に出るとまだ明るくて、太陽が零した暑気が至る所に揺蕩たゆたっていたけれど、それでも時折吹き抜ける風はことの外湿気を孕んでいなくて、踏み留まりそうになる歩みを幾度も扶翼ふよくしてくれた――のに、履き慣れない足下の所為で上手く歩けない。

 それなのにお姉ちゃんと来たら、私の事なんてお構い無しにりんご飴を食べたいとか花火が楽しみだとか能天気に喋っていて、腹立たしい事限りない。本当に私と血が繋がっているのか疑いたくなるくらい冷血で嫌になる。

「お姉ちゃんは息苦しく無さそうで良いね。死ぬほど羨ましい」

「……ケンカ売ってる?」

「えー、そんな積もりは無いんだけど。あったとしてもお姉ちゃんの胸くらい?」

「あんたねぇ……っ! 完全にケンカ売ってんじゃんっ!」

 なるほど、ある方で解釈した訳か。

「冗談だって。ほら、お約束でしょ?」

「普通に本気だったでしょ……何がお約束なの……」ショートの邪鬼が目を細め悪辣な表情かおをした。「那織のお小遣いが無くなっても、絶対に貸したりしないからね」


 ――なんて卑怯なっ! 


 まだ餓鬼道に堕ちたくないっ! 懐事情に鬼胎を抱いたままだと、安心してお祭りを楽しめないじゃんっ! お姉ちゃんのお財布が頼りなのにっ!


「えっと………………………………、ごめん」

「誠意が感じられないなぁ」


 くっ……このままでは断食と祈りを強要されてしまう。此処はカノッサ城なの?


「私が悪かったです。反省してます。安易なマウント取りはしないので、お腹一杯に唐揚げとかたこ焼きとかフランクフルトとか牛串を食べたいです」

「よかろう。許す」


 このっ! あとで見てなさいよっ!!! と言いたいところだけど――然して、話は戻る。どうしてお姉ちゃんは急に祭りだ何だと言い出したのか。


「ところで、なんでそんなに祭りに行きたかったの? 誰か知り合いが演舞するとか?」

「ううん、そういうわけじゃないけど――お祭りだよ? 理由なんて要る?」

「そうだね。それに関しては、本当にそう」

 こればかりはお姉ちゃんが正しい。



◇神宮寺琉実◇


 地元で行われるお祭りは結構大きくて、地元の団体がステージに出たりするんだけど、会場が幾つかあって、花火も沢山で、何度も家族で行った――それこそ、純や純の家族と一緒だったりもした。

 今日はこれぞお祭りって感じを楽しみたくて、市役所とか陸上競技場とかがある一番大きい会場に行こうと思ってて、訊くまでもなく那織もそのつもりだった。


 電車も混んでいたけど、駅に着いたらすごい人混みで、まあこれはいつものことだし、わたしたちみたいな浴衣の子もいっぱいいて、なんかそれだけでああ、お祭りに来たんだって感じがしてテンションあがる。みんな色んな柄の浴衣を着ていて、那織と「あの浴衣、カワイイね」なんて小声で言いながら、人の流れにのって会場に向かう。

 わたしたちの前を女の子二人と男の一人のグループが歩いていて、そうだよね、別に珍しい組み合わせじゃないよね、みたいになんとなく親近感と安心感を覚えて、はたと我に返って、今日は那織と二人だったと思ったりした――もちろん、わたしたちみたいに女の子二人だけのグループも大勢いるんだけど。


「さて、目的地の一つが見えて来たけど……あそこに進入する? ただでさえ暑くて体力を奪われているのに、あの人いきれに突入するんですか?」

 市役所の周りはぱっと見ただけで身動きが取れなさそうなくらい人がぎゅうぎゅうで、那織がそう言うのも仕方ないほど超すし詰め状態だった。

「あれはちょっと……混み過ぎだよね。とりあえずもうちょっと歩こうか」

 市役所から延びる大通りは車が入れなくなってて、周りも含めて全部がお祭りの会場になっている。だから、屋台はここ以外にもいっぱい――チャンスはまだまだある。

「うん。あと、喉渇いた」

「そうだね……あ、あそこで飲み物売ってる。ほら、電球の形した容器の――」

「普通のペットボトルで良いんだけど。あれ、ぴかぴか光るパリピ飲料でしょ?」

「はいはい。じゃあ、要らないんですね?」

「要らないとは言ってないじゃん……ほら、並ぶよっ!」


 欲しいなら欲しいってはっきり言えば良いのに。まったくこの妹はっ!


 飲み物を買って、ノリで買った光る髪飾りを着けて、何を食べようか見ていると、遠くに純の好きそうな――大きいタイヤが幾つも付いた自衛隊の戦車が展示されていた。

「ね、あそこに戦車がある。純が居たら行きたいって言いそうだよね」

 ちょうど純くらいの男の子が熱心に見ていて、記憶と重なった。

「あー、あれを戦車と呼称するのは微妙な所ではあるけれど……まぁ、そうだね。でも、何度も見てるんじゃない? 今更見たいって――」


「待って」


 立ち姿もそうだったけど、ちらっと見えた横顔を、わたしは知っている。

「あれ、純じゃない?」


「まさか……あ、あの姿はそうかも」

「だよね。純だよね!」


 うん、見間違えるわけがない。

 声を掛けられなくて、那織の提案も断ったのに、こうしてお祭りの会場で出会えたことが奇跡だなって――自分でも言動が矛盾してるって思うけど、すごく嬉しい。


 いや、矛盾してないか。


 純に会いたくないわけじゃなかった。

 わたしはただ、勇気がなかっただけ。


「どうせだし、一緒にまわろうって誘おうよ。ほらっ」


 那織が弱虫なわたしの手を引いて、歩き出した。

 だからわたしは、那織の背中に向けて投げ返す。


「うん。そうしよっか」

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