第一章 先輩はバニーガール ⑩

 静かな声。けれど、底から込み上げる地鳴りのような感情に言葉は支配されている。その証拠に、麻衣は眉を吊り上げて睨んできた。


「余計な口出しをしないで」


 どうやら、地雷を踏んだらしい。


「……」


 無言で麻衣が立ち上がる。


「あ、トイレなら、出て右です」

「帰るのよ!」


 鞄を引っ摑むと、麻衣は勢いよくドアを開ける。


「きゃっ」


 悲鳴を上げたのは、お盆にお茶を載せたかえでだ。丁度、ドアの前に来ていたらしい。さっきまではパジャマだったのに、今は白のブラウスと吊りスカートに着替えていた。


「あ、あの、あの……お茶を」


 すごい剣幕の麻衣に、かえでは完全に怯えきっている。


「ありがと」


 麻衣は一瞬で笑顔を作ると、お礼を言ってグラスを摑んだ。そして、一気に飲み干す。


「ごちそうさま」


 丁寧な手つきで、かえでが持つお盆に麻衣はグラスを戻した。玄関に足が向く。

 咲太は慌てて部屋を飛び出し、麻衣を追いかけた。


「あ、待って、麻衣さん!」

「なによ!」


 麻衣は靴を履いているところだった。


「これ」


 バニーの衣装が入った紙袋を持ち上げて見せる。


「あげる!」

「じゃあ、せめて送って……」


 行きます、と続ける前に、


「近いからいい!」


 と剝き出しの苛立ちがぶつかってきた。麻衣は玄関から飛び出していく。

 追いかけようとしたが、


「お兄ちゃん、逮捕されます!」


 と、かえでにパンツ一丁であることを指摘され、さすがに諦めるしかなかった。

 廊下に残されたのは咲太とかえで。


「……」

「……」


 数秒立ち尽くしたあとで、ふたりの視線はなんとなく紙袋の中へと落ちた。

 バニーガールの衣装が一揃い。


「それ、どうするんですか?」

「そうだな……」


 耳のパーツを取り出して、とりあえず、お盆で両手がふさがって抵抗できないかえでの頭にかぶせた。


「か、かえでは着ません!」


 残ったお茶を零さないように、慎重な足取りでかえでがリビングに逃げていく。

 無理強いはよくないので、かえでに着せるのは一旦諦めた。いつかウサギさんプレイに興じる日が来ることを信じて、部屋のクローゼットにしまっておく。


「これでよし」


 よくないのは麻衣の方だ。完全に怒らせてしまった。


「明日、ちゃんと謝らないとな」

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