第三章 初デートに波乱は付き物だ ⑨

 それでも、信じたかった。ここではないどこか遠くの街に行けば、みんなが麻衣のことを知っていて、見ることができて、「あれ、桜島麻衣じゃない?」と指を差されることを信じたかった。今はまだ信じていたかった。


「確かめに行こう」

「確かめてどうするの? 咲太以外に見えないことがわかって、咲太以外に忘れられていることがわかって、何になるのよ!」

「少なくとも、その間、ずっと僕が側にいられる」

「っ!?」


 不安でないはずがない。不安で仕方がないはずで、不安に押し潰されそうなはずなのだ。何が起きているのかもよくわからなくて、どうしてこうなったのかもわからない。明日がどうなるかもわからないのに、誰も待っていないひとりぼっちの家に帰るのは、絶対にこわいはずなのだ。

 その証拠に、俯いた麻衣の肩は小さく震えている。


「というか、僕がまだ麻衣さんと一緒にいたいってことなんだけど」

「……生意気」

「せっかくのデートだし」

「年下のくせに生意気」

「ごめん」

「手、痛いから離して」


 力が入っていたことに気づいて、ぱっと手を離す。


「ごめん」

「謝ったくらいじゃ許さない」

「ごめん」


 短い言葉の応酬は一旦そこで途切れた。

 それから、一分近い沈黙を挟んで、


「……いいわよ」


 と、麻衣がぽつりと呟いた。


「ん?」

「まだ私を帰したくないって言うなら、デートの続きをしてあげる」


 顔を上げた麻衣は、悪戯っぽく咲太の鼻を指でつんっと押した。

 いつの間にか、麻衣の震えは止まっていた。

刊行シリーズ

青春ブタ野郎はビーチクイーンの夢を見ない+の書影
【ドラマCD付き特装版】青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はディアフレンドの夢を見ないの書影
【ドラマCD付き特装版】青春ブタ野郎はガールフレンドの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はガールフレンドの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はマイスチューデントの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はナイチンゲールの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎は迷えるシンガーの夢を見ないの書影
【ドラマCD付き特装版】青春ブタ野郎は迷えるシンガーの夢を見ない 青春ブタ野郎はパウダースノーの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はランドセルガールの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はおでかけシスターの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はハツコイ少女の夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はゆめみる少女の夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はおるすばん妹の夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はシスコンアイドルの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はロジカルウィッチの夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はプチデビル後輩の夢を見ないの書影
青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ないの書影