第三章 初デートに波乱は付き物だ ⑨
それでも、信じたかった。ここではないどこか遠くの街に行けば、みんなが麻衣のことを知っていて、見ることができて、「あれ、桜島麻衣じゃない?」と指を差されることを信じたかった。今はまだ信じていたかった。
「確かめに行こう」
「確かめてどうするの? 咲太以外に見えないことがわかって、咲太以外に忘れられていることがわかって、何になるのよ!」
「少なくとも、その間、ずっと僕が側にいられる」
「っ!?」
不安でないはずがない。不安で仕方がないはずで、不安に押し潰されそうなはずなのだ。何が起きているのかもよくわからなくて、どうしてこうなったのかもわからない。明日がどうなるかもわからないのに、誰も待っていないひとりぼっちの家に帰るのは、絶対にこわいはずなのだ。
その証拠に、俯いた麻衣の肩は小さく震えている。
「というか、僕がまだ麻衣さんと一緒にいたいってことなんだけど」
「……生意気」
「せっかくのデートだし」
「年下のくせに生意気」
「ごめん」
「手、痛いから離して」
力が入っていたことに気づいて、ぱっと手を離す。
「ごめん」
「謝ったくらいじゃ許さない」
「ごめん」
短い言葉の応酬は一旦そこで途切れた。
それから、一分近い沈黙を挟んで、
「……いいわよ」
と、麻衣がぽつりと呟いた。
「ん?」
「まだ私を帰したくないって言うなら、デートの続きをしてあげる」
顔を上げた麻衣は、悪戯っぽく咲太の鼻を指でつんっと押した。
いつの間にか、麻衣の震えは止まっていた。



