第一章 思春期は終わらない ⑪
「あたしは……スイートバレットとして、みんなと武道館に立ちたいって今でも思ってる」
そう言いながら、のどかはダンスの練習をする女子に再び視線を向けた。
「でも、それと同じくらい、メンバーの努力は報われてほしいって思ってる。卯月は、誰よりもがんばってきたし……あの子には、ほんと、みんなを笑顔にする力があるから」
「なるほどね。それを、遠回しに広川さんに言ったはいいけど、全然わかってもらえなくて……豊浜がどんどんヒートアップして、八つ当たり気味に喧嘩っぽい空気になったってわけか」
派手な見た目に反して、のどかは根っこが真面目だ。卯月を心配する気持ちが空回りして、余計なことを言ってしまった。その姿は想像がつく。
「……そんな感じ」
そういう事情なら、のどかが『喧嘩』という言葉を使ったのも頷ける。ただ、それでも、感情は一方的なものだったのではないだろうか。今日、卯月はけろっとしていたし、ソロデビューの話を知らなければ、論点が合うわけがない。
「他のメンバーも気持ちは一緒だから……四人で責めるみたいになっちゃったんだよね」
それが後ろめたいから、卯月と顔を合わせるのが気まずくて、咲太をクッションにしたというわけだ。
「なんだ、そんなことか」
「は?」
咲太の気の抜けた反応が気に入らなかったのか、のどかが本気で睨んでくる。
「こっちは真面目に悩んでるんだけど」
「贅沢な悩みでいいじゃないか」
「……」
「要は、仕事が増えて、今まで通りにいかないことに文句言ってんだろ? そんな話、麻衣さんにしたら、引っ叩かれるぞ」
「う、それは……」
その場合、どういうわけか、咲太が引っ叩かれそうで、嫌な予感しかしない。この話を麻衣の前でするのは絶対にやめよう。
「……」
のどかは、咲太の言葉を受け入れても、まだ完全に納得したわけではなさそうだ。
「広川さんのことが気になって仕方ないなら、もう一度、話し合えばいいんだよ。僕みたいな部外者からこそこそ様子を聞いてないでさ」
「うっさいな! そんなことわかってるわよ!」
さすがに、イラっと来たのか、感情に任せてのどかが立ち上がる。
「咲太に相談したあたしがバカだった。ありがと!」
これは、怒っているのだろうか。感謝しているのだろうか。感情がごちゃ混ぜになったのどかは、ぷりぷりした足取りでその場を離れていく。
近くでダンスの練習をしていた女子が、「何事?」という顔でこちらを見ている。咲太と目が合うと、慌てて逸らされた。
「これ以上、有名人になりたくないんだけどなぁ」
のどかは大学生になって、少しは落ち着いたような気もするが、咲太の前では全然変わっていない気もする。
「ま、いいけどさ……」
立ち上がって伸びをする。
朝は雨だった空は、すっかり晴れていた。
さっき聞いた話も、天気みたいなものだ。感情だって、晴れたり、曇ったり、雨が降ったりもする。だから、のどかと卯月のことは別に放っておいても問題ない。たまたま、今日は天気が悪かっただけ。
あのふたりは、ただの友達とは違う。同じアイドルグループで、同じ目標を持って……一緒に努力をしてきた者同士にしか生まれない信頼と絆で結ばれている。
友達ではないけど、寄り掛かることができる。
親友でもないけれど、支え合うことができる。
それよりも、もっとすごい戦友であることを咲太は知っている。
取り巻く環境が少し変わったくらいで、今さら壊れてなくなるようなものではない。
このときの咲太は、本気でそう思っていた。
些細な問題にすぎない。
そう高を括っていた。
けれど、事態は思いもよらない方向に転がっていくことになる。
異変が起きたのは翌日。
いつもと変わらない大学の景色の中に、確かな変化があった。



