プロローグ ルシアンの野望オンライン
それは俺がLA──レジェンダリー・エイジを始めて一年と少しが経った頃のこと。
ネカマに告白した辛さからギルドを抜けてソロプレイをしていたんだけど、やっぱりオンラインゲームでソロを続けるのは寂しくて、どうせならちょっと真面目にこのゲームをやろうかと『本気』っぽいギルドに加入申請を出したことがある。
対人も、クエストも、レベル上げも、全部本気でやる。そんな真面目なギルドだ。
ギルドマスターは†黒の魔術師†さんという、ぱっと見ただけでわかるほどに強力な、光輝く装備に身を固めた男だった。正直ちょっと気後れしたのを今も覚えてる。
それでも勇気を出して声をかけた結果、こうなった。
◆ルシアン:すいません、俺、ギルド入りたいんですけど……
◆†黒の魔術師†:あれ、加入希望? じゃあ、ちょっと面接しようか
いきなり面食らった。
は? 面接!? ゲームでギルドに入るのに?
既にちょっと引いていたことは否定できなかったけれど、自分から声をかけて何か言うのも悪いので恐る恐る彼の前に立つ。
まあネトゲでギルドに入るだけだし、面接って言ったって大したこと聞かれないよな、うん。
◆†黒の魔術師†:じゃあとりあえず、LAの前にやってたゲームは?
そっから聞くの!? 俺のゲーム遍歴!? 履歴書的なアレ!?
驚きすぎて椅子からずり落ちそうになりながら、とりあえず答えるだけ答える。
◆ルシアン:ネトゲはLAが初めてですけど……
◆†黒の魔術師†:あー、そうなんだ。これが初なのね、なるほどなるほど
そ、そのリアクションどうなの? 良いのか? 悪いのか?
なんか近くの幹部っぽい人と別のチャットで会話をしているような間にドキドキした。
◆†黒の魔術師†:じゃあリアルは何やってる?
次はリアルのこと聞かれんの!? ゲームのことじゃなくて!?
あ、そうか。これってゲームの『ルシアン』じゃなく、中身の俺『西村英騎』の面接をしてるんだ。遅ればせながらそう気付いた。
◆ルシアン:え、ええと……
◆†黒の魔術師†:ああ、別に職業とか話さなくて良いよ。ログイン時間とか、ゲームへの本気度とか、そういうのが聞きたいだけだから
本気度って言われても、ゲームはゲームだし、それ以上でもそれ以下でもないんだけど。
◆ルシアン:学生なんで、夕方から夜ならログインできます
◆†黒の魔術師†:あー、多分大学生じゃなくて高校生かそれ以下ぐらいだよね。つうと飯ができたら落ちる、風呂が沸いたら落ちる、深夜はログインできないってタイプか。んー、うちは基本いつでも人は居るけど、狩りが始まったらそのまま三時間ぐらい継続ってスタイルだから、途中抜けはちょっと面倒臭いんだよね
◆ルシアン:は、はい
うわあ、ダメ出しされてる! 一般的な学生の生活に凄い否定が入ってる!
おかしいの? 俺がおかしいの? 怖い! 超怖いよこのギルド!
◆†黒の魔術師†:別にそれが悪いって訳じゃないんだけどね。ただスタイルが合わないってのは遊んでてお互いに楽しくないとか、無駄に気を遣うとか、そういうことに繋がるから。もっと自分に合うギルドを探しても良いんじゃないかってのはあるね
◆ルシアン:は、はい……
ただギルドに入りたいんですって話をしただけなのに、まるで先生からお説教をされているような気分だよ。普通の学生じゃ難しいってどんなギルドだよ。
どうせ面接は不合格だろうし、もう好き勝手言って帰ってやるか。投げやりな気持ちでぽちぽちとキーボードを叩く。
◆ルシアン:じゃあ学校をやめたら合うとか、そういう感じですかw
◆†黒の魔術師†:そりゃ確かにねw
冗談っぽく言ってみると、†黒の魔術師†さんも笑って返してくれた。
ああなんだ、流石に全部本気って訳じゃないのか、とほっとしたのもつかの間。
◆†黒の魔術師†:でもそうだね、ネトゲの為に仕事や学校やめた奴がうちには何人も居るけど、みんな楽しそうだよ
彼はあっさりとそう言った。
なにそれ、こわい。
硬直した俺に†黒の魔術師†さんは笑顔を崩さないまま続ける。
◆†黒の魔術師†:あ、後はメインキャラのレベルと職と、装備と、生産スキルのレベルと、対人スコア、あとクエストの進行状況も教えてくれる?
◆ルシアン:す、すいませんでしたああっ!
◆†黒の魔術師†:あれ? おーい、ちょっとー?
逃げたよ。そりゃもう逃げたよ。
二度とそのギルドの溜まり場の近くには寄らなかったね。
住む世界が明らかに違う。はっきりそうわかった。
俺はこのゲームの中だけでは生きられないんだなって思い知らされた事件だったよ。
◆ルシアン:今思い出しても身震いする。俺は今の仲間に出会えて良かった
◆アコ:ルシアンも苦労してるんですね……
俺の話を聞き終えたアコは目を伏せ、同情するように言った。
◆ルシアン:そうだろうそうだろう、廃人は怖いだろう。だから知らない人に無闇について行っちゃいけないんだぞ
◆アコ:でもレベルが三つも上がりましたよ。可愛い装備ももらいました
◆ルシアン:そういうことになるからダメだっつってんの!
ただでさえ素で姫キャラみたいな所があるんだからお前!
そう、このLA内での『俺の嫁』であるアコは、凄く可愛い格好をしていた(本人談)女の人にふらふらと連れて行かれ、超難度の狩り場に同行して散々迷惑をかけた挙げ句、大量の経験値を吸い取った上でアイテムを貢がれて帰ってきたのだ。
◆アコ:でも凄く良い人だったんです。敵の弱点とか操作のコツとか色々教えてくれました。
◆ルシアン:それ理解できた?
◆アコ:いいえ全然!
ですよねー。
そのぐらいの説明はいつも俺がしてるけど、毎回必ず同じことを聞くもんね、お前。
◆アコ:ちなみにルシアンはそのあと平気だったんですか? 追いかけてきていじめられたとか、そんなことはなかったんですよね?
んな馬鹿な。ネトゲでいじめとかそうそうないって。
というか、むしろその逆で。
◆ルシアン:その人は後を追いかけてきて、ギルドに入らなくても同じゲームを遊んでる仲間だから困ったことがあったらいつでも来いって言われた。それで何回かクエストを手伝ってもらった
◆アコ:凄く良い人じゃないですか!
ああ超良い人達だったよ! すげえ強いし、何でも知ってるし! 俺は絶対こうなれないなって確信したよ!
◆ルシアン:だから俺は本物の廃人をリスペクトしてるし、苦手にしてるわけでもないけど、あの人の言う通りスタイルの合う人と遊ぶのが良いって思ってんの。個人と遊ぶのは全然構わないだろうけど、集団に属すとなるとやっぱプレイスタイルが違うのは難しいから
プレイスタイルは本当に大事だ。合わない人間同士を強引に混ぜるとそこには悲劇しか生まれない。
例えばそう、バレンタインイベントを名目に対人プレイヤーと生産プレイヤーを無理矢理戦わせるようなことは断固してはならないのだ。
何せ貴重な生産プレイヤーが引退してしまうからな!
◆アコ:そうですね、何時間も真剣にゲームしててすっごく疲れました
そりゃそうだろうよ。狩りの途中で座り込んで一時間雑談してるのがざら、みたいなギルドアレイキャッツに入ってんのに、廃人の必死狩りに付き合えるかって。
◆ルシアン:そういう訳だから、無闇に変な人について行かないように。仲良くなれそうなら別に良いけど、なんか違うなって思ったらさっさと帰ってくること。いいな?
◆アコ:はーい。──でも、そんな心配しなくても私はルシアンとずっと一緒ですよ? その人にもルシアンと結婚してるからペア狩りは無理ですってちゃんと言いました!
◆ルシアン:別にそこは心配してないから
◆アコ:ひどいっ!?
◆ルシアン:アコを信用してるんだって
これは本当だ。仮にも結婚しようってのに信頼してない訳がない。
むしろほら、アコの被害者を増やさないための気遣いなんだ。
今もアコを連れ回した廃人ネカマ野郎から『アコちゃんと別れろ』ってしつこく粘着WISが飛んできてるんだから、これ以上はお断りだ。ああもうピコンピコンうるさい。
◆アコ:でも、ちょっと良いですよね
◆ルシアン:良いって、何が
何度も何度も表示される鬱陶しいささやきウインドウを消す俺に、アコはにっこりと笑って言った。
◆アコ:その黒の魔術師さんが言ったみたいに、学校とか全部やめてゲームだけして生きるの。まさに夢ですよね?
◆ルシアン:それで俺に養えとか言うのか
◆アコ:どうしてわかったんですか!?
◆ルシアン:当たってんのかよ! 養わねえよ! もうちょっと将来を真面目に頑張れよ!
◆アコ:私の将来の夢は専業主婦なので……
◆ルシアン:お前の夢を否定する気はないけど俺にその甲斐性はないから!
◆アコ:えぇぇ
悲しそうに言っても駄目なものは駄目!
ったく、こいつは色んな方向で駄目な奴だな、本当に。
──というような話をしたのが、現代通信電子遊戯部が正式に稼働した三日後のことだった。
その時は特に何も思っていなかったんだけど、後から思うとこの頃から片鱗は見えていたんだな、という気がする。
何の片鱗かって、そりゃ『俺の嫁』がまたやらかしてくれた話の、に決まってる。



