エピローグ トキメキファンタジー? リアル
ストーカーは俺のキャラじゃないけど、やっぱ気になるもんは気になる。
教室の中が見える、でも目立たないような廊下の隅で、俺はアコの様子を見ていた。
朝の教室は色んな奴がうろうろと歩き回って、それぞれ好きな奴と好きなように話して、ふざけあって、笑いあってる。
そんな中で一人俯いて机を見つめるアコ。
と、そんな彼女に声をかける女子が居た。
「あ、玉置さん。昨日また休んでたけど、体調悪いの?」
「いえ、その……」
アコは一瞬だけ顔を上げたが、またうつむいてしまう。返事を待つ女子が困ったように首をかしげた。
思わず、じり、と足が動いた。俺がアコの元に行った所で瀬川みたいに良いフォローができるわけじゃない。でも、放っておくのも──。
「それがね、聞いてよー」
人懐っこい、そこに居るのが当たり前のような声。
いつの間に入ったのか、隣のクラスだってのに何の違和感もなく混ざりこんだ秋山さんが、朗らかにアコの肩をたたいた。
「この子ね、私のクラスに彼氏がいるんだけどー、玉置さんが休むって聞いたらわざわざ学校休んで看病に来てくれたんだってー!」
「えーっ、うっそー!」
「え、ええっ?」
アコに声をかけた女子だけじゃなく、近くで聞いていた他の子も、美味しそうなゴシップに目を輝かせた。
「今日も朝迎えに来て一緒に登校したんだってー! こう見えて私達より全然進んでるから、玉置さん」
「なにそれなにそれ! 聞いてない!」
「どんな人どんな人?」
「い、いえ、あの」
アコが目を白黒させる間にも勝手に話が進んでいく。
「私知ってるー! 一緒にゲームしてて、あだ名みたいなので呼び合ってるって隣のクラスの子が言ってた!」
「それハンドルネームみたいなやつ?」
中心に居るはずのアコを無視して話が進んでいく。
「アコ!」
と、廊下から流麗な声が響いた。騒がしい朝の教室でもはっきりと通る、自信と威厳に満ちたマスターの声。
「よし、ちゃんと来ているな。今日は重大発表があるぞ、放課後は部室に来るように!」
「は、はい」
教室中の注目を集めていることなど気にもせず、マスターは満足げに頷いた。
そしてちらりと俺に視線を向けると、
「お前もな、ルシアン」
「うい」
やれやれだなこいつら、みたいな顔はやめてほしい。だって心配じゃん。結果としては俺が学校に連れてきたようなもんだし。
でもまあ、この様子を見るに、
「玉置さん、会長と仲いいの?」
「御聖院先輩ってすっごい格好良いけど、学校の偉い人の娘だからって皆と距離置いてるんでしょ? あんな親しげなの初めて見たっ」
「マスターは、その」
「なになにマスターって!」
意外となんとかなる、かな。
安堵の息を吐いた俺に、秋山さんがちょっとこっちを見て笑った。
凄いな、ったく。LAで廃人を見て感じたのと一緒だよ。リアルのレベルもスキルも俺とは段違いだ。とてもこうはなれそうにない。
ただ秋山さんの気遣いがお節介かどうか、俺にはわからん。頑張れよアコ。
──ただ、あの。どんどん俺とアコの噂が広まって、外堀っていうか、俺の逃げ道っていうか、そういうものがなくなっていくような。
ルシアンは 直結厨 の 称号を 得た!
悲しいモノローグが聞こえた気がした。
「やっと部活の時間が来ましたー」
ぐったりと机に倒れ伏し、アコは魂ごと吐き出すような溜め息をついた。
「結構楽しそうにしてたじゃん」
「初期レベルしかない私の対人スキルでも、このタイミングで馴染まないと駄目、っていうのはわかったんですが……やっぱり難しいです……」
あうあうと自身の無力を嘆くアコ。
あのいじりまわされた状態から上手く溶け込めるのかね。
「奈々子に聞いたけど、オタ彼氏持ちのオタ子って感じでキャラがつけば平気なんじゃないかって言ってたわよ」
「その扱いは大丈夫なのか。ネトゲオタってバレたらヤバいんだろ?」
「奈々子が世話したんだから大丈夫でしょ。あの子の顔はつぶせないし」
「リア充の力関係まじこええな!」
やっぱそういう力学もあんのね。
普段なら恐怖でしかないけど、味方になると心強い。
「わざわざ手を出してくれるんだから、ちょっと責任感じてるのかな」
「んー、それもだけと、意外とLAが気に入ったらしいわよ」
瀬川をからかうネタ集めに来たLAが?
そっか、結構楽しんでたのか。そりゃ苦労した甲斐がある。
「誰かさんがマメに面倒見るから……」
「……あのさ、瀬川。なんかアコが戻ってきたのに若干機嫌悪くないか?」
「んなことないわよ」
じーっと見ていると、瀬川は誤魔化すように話を変えた。
「えっと、アコもそこそこ頑張って馴染んでんでしょ?」
「途中で訳がわからなくなったので、とりあえず私の夫は最高ですとは主張しておきました」
「それでなんか休み時間に女子からクスクス笑われてたんだな俺!」
なんかいつもよりさらに女子の視線が生温かいなと思ったんだよ!
ああもう、不純異性うんたらとか言って怒られなきゃいいけど。
「さあゲームしましょう! リア充への一歩を踏み出した私の力を見せます!」
「はあ……ちゃんと歩み出したのか?」
「それはもう、帰り一緒にカラオケに行こうと誘われましたよ」
「すげえ、超リア充だ」
俺ですら言われたことないのに。正直羨ましい。
「余裕で断りましたけどね! 私が歌える訳ないじゃないですか少しは察してください!」
「だろうと思ったわよ」
「あ、LAのテーマソングは歌えますよ。CD買いました」
「コラボアイテムが可愛かったからでしょうが……」
「まあいいだろ、マスターが重大発表だとか言ってたからどうせ行けなかったし」
丁度そんな話をしていた時、ばんと大きく扉が開いた。
「聞け、お前達!」
入ってきたマスターが大きく手を広げる。
「合宿をするぞ!」
「……は?」
「寝ずに一晩ひたすらネトゲをする、ネトゲ強化合宿だ! アコの精神を回復させるには今の環境から離れさせるのが最良だろうと考えて企画したのだが、ルシアンが一日で何とかしてくれたので全くの無駄になった悲劇の計画! 私が悲しいから全員強制参加だ!」
「それはなんかごめん!」
「心配かけてごめんなさいっ!」
マスターもマスターでいろいろやってくれてたんだよな、ほんと悪い。
「盛り上がってる所で悪いんだけど」
マスターの後から入ってきた斉藤先生が額を押さえて言った。
「この部は部費とかないのよ? どこから予算を出すの?」
「私費で出します」
「……私、顧問だけど付き合わなきゃ駄目なの?」
マスターはにっこりと笑った。
「お願いしますにゃ」
「こ、こまったのにゃ」
猫姫さんも大分ノリが良くなってきたな。
うちの顧問として頼もしい限りだ。
「ルシアンと一晩……」
「反応するのそこかよ」
「婚約もしたわけですし、私も今度こそ覚悟が」
「してないし要らない」
「じゃあルシアンが覚悟を」
「しないしない」
「でも合宿といえば重要イベントですよ。やっぱりルシアンエンドに入るための選択肢が紛れているんじゃないかと」
「あったとしても俺は同じ選択肢を選ばないぞ」
「うううう」
涙目で俺を見つめる『俺の嫁』
まさかネトゲの嫁がこんな女の子だなんて本当に思いもしなかった。
普通の女の子の基準で見れば酷く残念で、でも俺の目で見たら──うん。あえて言わない。
良い意味でも悪い意味でも、本当に想像してなかったよ。
「なあアコ、思うんだけどさ」
「はい?」
ぽんとアコの頭に手を置く。
「人生オフライン、思ったより良ゲーじゃないか」
「そうですねっ」
アコは目を細め、嬉しそうに頷く。
モニターの無機質な光が、包み込むように俺達を照らしていた。



