四章 アコちゃんズ・ネスト ⑧
「どうしてルシアンはしゅーちゃん以上にわかってしまうんでしょうか」
「これでも旦那だからじゃないかね」
「……えへへへへ」
「はっはっはっはっは」
二人で馬鹿になったように笑いあった。
「今日は楽しかったか、アコ」
「はい、それはもう!」
「そりゃ良かった、俺もだ」
学校を休んでまで、二人で全く生産性のないことをする背徳感。これがたまらなかったよ。
サボリの快感ってやつなのかな。
「じゃあ人生を諦めて来世に行く気はなくなったか」
「そ、それはさすがに冗談でしたけど」
そりゃよかった。アコが居なくなると俺のリアルが残念になる。
「じゃあ学校をやめて毎日こうしてすごしたいか?」
「……はい」
アコは否定せず、素直に肯定した。
「なら、二人でそうするか」
「そ、それは駄目です」
「駄目か」
「……うう、私は何を言ってるんでしょう」
アコは矛盾した自分に頭を抱えた。わかるわかる。自分が何を考えてるのかさっぱりわからない、そんなの誰にでもよくあることだって。
「シューが言ってたぞ、腐れ縁でずっと居たいって。お前も、マスターも、ついでに俺も、そうなるといいなって。らしくないことを、それはもう恥ずかしそうにさ」
「……私も、できることならそうしたいです」
その気持ちだけで十分だ。他に何も要らないよ。
「俺もさ、ゲームさえあればいいやって思ってた。俺の本体はこの中にある、ってさ。でも皆の──お前のおかげで、リアルの人生も案外面白いもんだなって、やっと思えたんだよ」
リアルは適当にやりすごして、本番はゲームの中。俺の人生はずっとこんな感じで進むんだと思ってた。
そんな俺が初めてリアルの為に必死になったのがアコだよ。
「また学校で部活やって、休みの日に第二回オフやったり、文化祭でネトゲ体験コーナー設置したり、一緒に修学旅行行って部屋にパソコン持ち込んだり……この先も楽しいことがあるんじゃないかってようやく思えたんだ」
「……でも、文化祭も修学旅行も、途中で疲れてネトゲしてそうですね」
あー、ありそうありそう。最初の数時間で燃え尽きて、さっさと帰ってネトゲしたい、って皆で言ってるのが想像できるよ。
でもそれの何が悪いっていうんだ。良いだろ別に、疲れたんだからさ。
「それでいいじゃん。今のお前と一緒だよ。リアルで疲れたらゲームしようぜ。好きなだけやって、やりたいだけ遊んで、そんでちょっと頑張る気になったら──その時はまた学校に来い。一緒にサボるのは駄目だって言うなら、俺は学校でアコを待ってるからさ」
「……ルシアン」
アコが潤んだ瞳で俺を見つめた。
な、なんだよ、そんな顔して。迷子の子供がやっと親を見つけたような、今にもすがりついて来そうな顔。
俺は遠まわしに学校に行けって言ってるみたいでちょっと罪悪感あるのにさ。
なんだか照れくさくなって、俺はアコから視線を外した。
誤魔化しついでに適当に口を動かす。
「それにさ、お前は専業主婦が夢だって言ってたけど、ほら。お互いに学校を出てちゃんと自立しないとそうもいかないだろ。人生大変なんだから」
「えっ」
「……えってなんだよ、えって」
アコのリアクションが、予想とちょっと違った。
ううう、と唸るみたいなダメージを受ける反応を予想してたんだけど、実際には何故か驚きと期待がメインだった。
俺なんか変なこと言った? 幸せな結婚をして温かい家庭を──みたいなリア充の極致ってのは、やっぱり人生ちゃんと歩んでこそだよな? だからこそ難しいんだよな?
疑問符を浮かべる俺の前でアコはぐっと両手を握ると、
「取った……取りました、ついに言質を取りました。私の人生、ルシアンに責任とってもらいます!」
「いつそんなことを言ったー!?」
どういう話でその結論に至ったお前!? 悪いけど俺には他人を背負って生きるような甲斐性はないぞ!?
「だってちゃんと高校を卒業できたら結婚してくれるって!」
「めちゃくちゃ飛躍したぞ!? 俺は誰かと結婚がしたいなら高校ぐらいはちゃんと行けよって」
「それは逆に言えば!」
「逆に言うな!」
逆に言えば大体のことが都合の良い話になっちゃうだろ!
「ルシアン、結婚式と披露宴はゲーム内でやりましょうねっ」
「凄く安上がりな嫁だなお前!」
リアルマネーかかんねえ。経済的なのは間違いないけどさ。
どうしたもんか、と身を動かすと、手の中でアコの部屋の鍵がチャリチャリと音を立てた。
アコのお母さんにもらった鍵。
やっぱアコもあんな感じになるのかな。そう考えるなら本当にお買い得か。いや、別に今のアコに不満はないけど──そう考えて、ほんの数時間前に見たアコの裸身が脳裏をよぎった。
ああ、えっと、うう、俺の頭の中にすら逃げ場がなくなっていく。
ネトゲで出会ってリアルでも結婚しました、とか、直結の行きついた所だよな。
でも──あながち悪くない気がしてならない。
「さすがにそれは、これからゆっくり考えよう。な」
逃げるように言うと、アコは嬉しそうに頷いた。
「保留になりましたよ! これは大きな進歩ですねっ」
「そう言うなら、お前もちょっと進歩してくれ」
「そですね」
くすくすと笑い、アコはぽちっとキーボードを叩いた。
パソコンのファンが少しだけ回転数を上げる。ハードディスクがカリカリと鳴る。
モニターに表示されていたいくつものウインドウが一つずつ消えていく。
「さて。じゃあ今から学校に行きますか?」
「今から言っても部活しかできないだろ」
「じゃあ部活やりましょう!」
「こら、部活だけやりに来ちゃだめって猫姫さんに言われたろ」
「……そうでした」
楽しいことの前には辛いことが沢山待ってる。面倒くさい人生を何とかしないとネトゲの世界には戻って来られない。
しかし、アコじゃないけど、逆に言えば、だ。俺の人生はネトゲのおかげでずっと楽しくなったよ。頑張ってクリアしてやってもいいかなって思えるぐらいに。
「どうだアコ、頑張れそうか?」
「頑張って頑張って疲れた時は、ルシアンも一緒に休んでくれるんですよね」
「俺の嫁の為なら、当たり前だ」
「なら──頑張れる気がします」
しばらくの間をおいて、プチンとすべての音が消えた。
電源の落ちたパソコンに、ずっと光を放っていたモニターが闇に染まった。黒い画面に光が跳ね返り、鏡のようにアコの姿が映る。
「…………」
アコはモニターに反射した自分の顔に少しだけ表情を歪めて──でも、ふっと諦めたように笑った。
あいつが何を考えていたのか俺にはわからない。
でも、それはきっと悪いことじゃなかったと思う。



