四章 アコちゃんズ・ネスト ⑦
「それはもちろんペットボトルで処理を」
「んがっごふっ!?」
思いっきりむせた。気管にまで液体が浸入してくるが、そんなことよりアコの発言の方がずっと重要だ。ペットボトルに処理するということは、まさかアコは伝説のゲーム戦士、ボトラーの一人だというのか!?
「お、おま、お前、このペットボトルの中身、まさかっ!」
「いえいえいえ、ルシアンに出したのはただのお茶ですよ!? 味でわかりますよね!?」
飲んだことないからわっかんねーよ!
少なくとも変な臭いはしなかったし大丈夫だとは思うけど、怖いこと言うなよ!
「ってか俺、流石にアコがボトラーだと愛せる自信がない」
「そ、そんな! 私がボトラーでもオムツァーでも愛して下さい」
「無理無理無理」
オムツァーもボトラーも等しく無理だ。勘弁してくれ。
「もちろん冗談で、ちゃんとお手洗いには行きますけど」
「心臓に悪い冗談はやめてくれ……」
心底ほっとした。まさか冗談だろうとは思ったけど、アコが言うともしかしたらって思っちゃうんだよ。
「そういや昼飯はどうするんだ? 適当にお菓子で済ませるのか?」
「あ、はい。適当に食べて適当に終わります。もし引きこもりモードじゃなければお昼ご飯をごちそうするんですが……」
「出来たての料理は食ってみたいけど、別に急がなくていいよ」
「そう、ですか?」
アコは意外そうに言ったが、俺は笑って返した。
「機会はいつでもあるだろ。わざわざ今やらなくて良いんだよ、今日は遊ぼうぜ」
「ルシアン……」
瞳を潤ませて俺を見つめるアコ。
「んで感動してるところ悪いけど、続きいくぞ」
「いーやーあー」
その瞳からぽろりと涙がこぼれ落ちたのだった。
画面の隅に、ぴこん♪ とギルドメンバーのログイン表示が出た。
「お、シューとマスターがログインしたぞ」
「こうして……こうして……こうして……」
「しっかりしろー」
ゆらゆらと揺すると、機械的に手を動かしていたアコがはっと身を震わせた。
「あ……もう部活の時間ですか。途中部分的に記憶がないんですが……」
「なんで頑張って教えてるのに記憶なくすんだお前」
一日の努力が無駄になるじゃないか、全く。
まあそれはサブの目的だから別に良い。今日のメインはこれからだ。
「アコ、ケーブル一本借りて良いか?」
「はい、大丈夫です」
「さんきゅ。んじゃこれを繋いで……」
マスターから借りたノートPCにケーブルを繋げる。あのマスターが使うだけあって、十分なスペックがあるゲーミングノートだ。LAもきっちり動いてくれる。俺のIDとPASSを打ち込むとすぐに見慣れた『ルシアン』が表示された。
「そうだアコ、チャットのNGは戻しとけよー」
「あ、はいはい」
アコを連れていつもの喫茶店に行くと、そこにはすでに皆の姿があった。
◆シュヴァイン:おい! お前達、学校休んで何やってたんだ!
◆ルシアン:二人で遊んでた
◆アコ:ルシアンといちゃいちゃしてました
◆シュヴァイン:マジでぶっ殺すぞ
シュヴァインがとんでもなく良い笑顔で言った。その笑い顔がなぜか瀬川と重なって思わず身震いする。
◆ルシアン:正直すまんかった
◆アプリコット:何をやっているんだお前たちは
マスターは苦笑いしているだけだ。
そして最後の一人も、やれやれと肩をすくめて言う。
◆猫姫:そうにゃ。学校を休んで遊んでるなんて、バレたら怒られるのにゃ
◆アコ:……先生
◆猫姫:先生じゃないにゃ、猫姫さんにゃ。アコちゃんのパソコンを借りてるのにゃ
「要するに先生ですよね」
「多分プライド的なものがあるんだろ、あえて突っ込まないでやれ」
先生の立場で猫姫さんをやるのは辛いのかもしれない。ここは目をそらすのが思いやりというやつだ。
◆猫姫:それにしてもパソコンのパスワード、これはいかがなものかと思うのにゃ
「ええ、どこが悪いんでしょう?」
「良い所がねーよ」
パスワードは『ルシアン、アコ、ラブ、エタニティ』だからな! 先生に教えたのは俺だけど血を吐くかと思ったよ!
◆ルシアン:それで、丁度良いです。話があるんですけど、良いですか?
◆猫姫:どうしたのにゃ、ルシアン?
◆ルシアン:学校やめます
極々あっさりと打ち込んだその言葉に皆の動きがしばらく止まる。
◆シュヴァイン:は?
◆アプリコット:ル、ルシアン?
「はい!? え、ルシアン、気でも狂ったんですか!?」
アコが言うのを無視してチャットを打ち込む。
◆ルシアン:アコが学校はやめてほしいって言うし、俺もオタクオタクと言われながら学校に行くのは結構辛かったし、できることならゲームだけしてだらだら生きたいんです
口にすると酷い台詞だけど、あながち嘘じゃない。これはこれで俺の本音だ。
そして俺のチャットを見た猫姫さんは、ぴくぴくと耳を動かした。
◆猫姫:あー、そういうことにゃ?
うんうんと納得したように頷いて続ける。
◆猫姫:つまり、ストレスが──
何故かそこで言葉を止める。
そして改めて言った。
◆猫姫:たまってる……って、やつなのかにゃ?
「あの、ルシアン…………」
何だか微妙な空気が俺とアコ、そしておそらくは部室に居るのだろうシュー達を包み込むのがわかる。だが俺はそれを鉄の意志で無視し、彼女の言葉を待つ。
そしてじっくりと溜めた後、猫姫さんは言った。
◆猫姫:しょうがないにゃあ──いいよ
◆アコ:駄目ですううううっ!
「なんだよ、アコが学校やめろって言ったんだろ」
「そうですけどそうじゃなくて! 今言いたいのはそういうことではなくて! 猫姫さんそれは駄目なんです! そうして軽い気持ちで『しょうがないにゃあ、いいよ』したのが原因であなたはきっと長きにわたって後悔することになるんですよ!」
何を言っているのかこいつは、さっぱりわからん。
「というわけで無事許可ももらったし、夫婦そろってニートだな」
「駄目ですよどうするんですかご両親とか」
「本人と担任の同意があるんだから大丈夫だ。最悪お前の部屋にこもる」
「そ、それはいいですけど、よくないです!」
「お母さんからも頼まれたし平気だって」
「駄目です駄目です、とにかく駄目です!」
俺がいくら言ってもアコは断固として拒絶した。何だかんだ押しに弱いアコには本当に珍しい、絶対の拒否だった。
「私にまきこまれてルシアンまで……そんなの駄目です」
「……そっか」
自分一人で落ちていく度胸──いや、妥協はあっても、他人を巻き込むような覚悟はない。そんなもんだよな、人間って。
「なあ、アコ。瀬川……シューが言ってたんだよ」
「……何をですか?」
「アコは秋山さんとのことが嘘なのはわかってて、でも思わず過剰反応しちゃって、つい意地張って拗ねちゃって、そうなるとなんか後に引けないから落とし所が見つからなくて、どうしようもないままここまで来て焦ってるだろう、と」
「はううっ」
アコが胸を押さえてのけぞった。
おお、見事なクリティカルヒットだ。やるなシュー、流石は大剣装備。
「な、なんでわかってしまうんですか」
「付き合いが長いからって、あいつは言ってたかな」
でもさ、と前おいて、俺も言う。
「俺もそれは間違ってないと思うんだけど、それだけじゃなくて」
なあ、アコ。お前さ。
「マジで学校行きたくないんだろ?」
「…………」
「友達は上手く作れないし、クラスに居たら気まずいし、授業はよくわからないし、自分の状況がいろいろとマズイのはわかってるけどどうしたら良いかわからないし、部活以外に楽しいことがないから行きたくないって本気で思ってるんだろ」
「う、うう」
「んでそんな時に秋山さんにわーってやられていろいろ爆発した。俺はそんな気がしてた」
「…………あの」
アコは俯いたまま上目遣いで俺を見つめた。



