四章 アコちゃんズ・ネスト ⑥
不満そうに言うアコ。
今は部屋着らしいワンピースを着てるけど、その下に隠れた素肌は今も頭に焼き付いて離れない。
「ごめんそれ以上言わないでくれ。こっちも結構いっぱいいっぱいだから、精神的に」
「目の前に押し倒しても大丈夫な女の子がいるのに冷静になられたら立つ瀬がないです」
「恥ずいから言語化すんな!」
俺は今も本能と戦ってるんだから!
「夫婦ですし、ルシアンがそのつもりなら覚悟はしていたんですけど……」
「リアルとゲームは別だから。もう冗談抜きで本当にマジで、そこだけはちゃんとしてくれ」
「はあい」
何で残念そうなんだよお前。俺だって理性の限界ってあるんだからな。
「ちなみに手を出さなかった理由は、やっぱり魅力のステータスが足りないからでしょうか」
「いや手を出した瞬間に直結の称号から逃げられなくなる気がして」
「……しゅーちゃんとか凄く言いそうですね」
「だろ」
引きこもり状態になったネトゲの嫁の家に押しかけて襲うだなんて鬼畜外道の所業だ。
昨日のシューからもらった信頼を裏切ったってレベルじゃない。
ちなみに魅力の方は充分に足りてた。本当にヤバかった。
「あともう一つ、俺の将来がその場で確定しそうだったから」
転職クエストの最終質問、転職しますか はい/いいえ ぐらいの重大な選択肢だった気がした。
「責任を取れないから襲わないというのは男らしいんでしょうか男らしくないんでしょうか」
知らねえよ聞くな。
「ってか照れ隠しに俺をからかっても駄目だからな、わかるぞ」
「はう、わかりますか」
そりゃわかる。だって俺も滅茶苦茶照れてるもん。
「ごほん」
アコはちょっとわざとらしく咳払いをすると、改めて俺と視線を合わせた。
「それで話を戻しますけど、ルシアンは何の御用ですか?」
そうそう、問題はここからだ。
ここまでに事件がありすぎて忘れそうになってたけど大事な用事で来たんだよ。
「第一に秋山さんとは何もないってことを言いに来た。お前に会う為だけにここまで来たんだ。まさか嘘だなんて言うまいな」
「そうですねここまでされたらルシアンを信じます」
よしよし。そういう所で素直なのはアコの良い所だよ。
そうじゃないと話が進まないからな、助かる。
「ってか基本的に安心してて良いよ。俺にフラグ立てるような変な女はアコぐらいだから」
「急にルシアンが信じられなくなりました」
なんでそうなる。今の言葉のどこに嘘があったと言うか。
「マジで誰も居ないぞ。他に誰が居るんだ」
「なんだかちょっと私の乙女なセンサーが反応を。まだ許せる範囲ですけど」
よくわからんことを。大体乙女って性格でもないだろうに。
「さて、納得してもらった所で次だ」
「うう、まさか学校に行くとかそういう……」
アコが怯えたように身を引いて言った。
「聖人君子じゃあるまいし、俺はそんなこと言わないぞ」
「言わないんですか?」
他人に「真面目に生きろ」って言えるほど真面目に生きてないからな。
「言いません。なのでここに来た用事は」
あらためて鞄からノートPCを取り出す。
きょとんと目を丸くして俺を見つめるアコに、軽く笑いかけた。
「今日は一日遊ぼうぜ」
「本当に遊ぶんですか? 学校は?」
「連絡は入れてあるから大丈夫」
「連絡してるからサボっていいというわけではないと思うんです」
「その台詞そっくりそのままお前に返すぞ」
「ですよねー」
ですよねーじゃないっつの。普段なら怒ってるところだぞ、全く。
しかし今日は許そう、広い心で。
「俺さ、実は結構嬉しかったんだよ。アコが本気でLAやるって言ってくれて」
「え?」
「今までは楽しく遊べればそれでいいエンジョイ勢だったけど、今のアコはガチ勢なんだよな。それなら俺も遠慮することはない、スパルタでいける!」
「え、ええ? あの、ルシアン? ちょっと目つきが本気で怖いんですけど……」
「良いから良いから」
アコをパソコンデスクに座らせてモニターに向かわせる。
LAを起動したら熱血ヒーラー指導のスタートだ。
「今まで適当にやらせてきたけど、ヒーラーもまたスキルのタイミングとコンボ、敵の動きの制御が重要なんだ。今日はそこを徹底的に仕込むから期待してくれ」
「ちょっと待って下さい! 女の子の家に遊びに来てやるのがネットゲームの教導ですかっ!?」
「だってネトゲ以外何するんだよ」
「そ、それはその……うう……」
アコは、もごもごと言葉を探した後、がっくりとうなだれた。
「引きこもりが終わったらどっか出かけたりもできるけどな」
「っ!」
ぴくりとアコが反応したが、それは気付かなかった振りをして話を続ける。
「ってわけでやるぞ。まずは基本の操作な。相手は……その辺のウェアウルフでいいだろ」
よっ、と腕を伸ばして、椅子に座ったアコの後ろからマウスに手を重ねる。
アコの小さな体は少し身を乗り出すだけで簡単に包み込めた。
「いいか、ここでこうして」
「こうして」
「こうしてこう」
とんとんとん、とテンポ良くキーボードとマウスを動かす。
「こうして、こう……」
「んでこうしてこうしてこうして、こう」
「こうしてこうしてこうして……」
「できてないできてない」
口だけ動いてるけど全然手が動いてないだろ。
それじゃヒーラーのヒの字もマスターしてないぞ。
「いいか、ヒーラーってのは各種回復スキルのクールタイムを管理しながら適切なスキルを適切なタイミングでコンボを繋げて使い、かつバフスキルの維持と敵の大技のキャンセル、それに失敗した時の大回復のコンボを常に準備しておくってのが基本で、それが基本にして極致なんだ。レベルカンストから転生を目指そうっていうならそれはできないと」
「うう、ルシアンが本当にスパルタです」
「まかせろ、今日はできるまで付き合うぞ」
「それ知ってますー! いつまでもできなくて終わらないやつです! 五時間目が始まってもまだ給食が食べ終わらないみたいなの!」
「大丈夫、俺はアコが全部食べ終わるまで待ってやるから。ほーらもう一回。ウェアウルフが構えたぞー、スキルが飛んでくるぞー」
「あああっ、こうしてこう、こうしてこうしてこうして……」
「テンポが速いからスキルのクールタイムでコンボが途切れてるぞ。コンボが切れないギリギリのタイミングで繋げればクールタイムが受付時間に間に合うから」
「こ、こうしてこうしてこうして……」
「スキル間違えてんぞー」
「無理でずぅー!」
「もうだめです。燃え尽きました」
「ま、一回は成功したな」
「一回……だけ……」
ぐったりとベッドに倒れ込むアコ。
仰向けに転がると顔を隠していた髪が左右に広がって、普段より表情がわかりやすい。少し頬の緩んだアコは意外と機嫌が良さそうだった。
「ね、ルシアン、ちょっと休憩しましょう。お茶を出しますから」
「おお、悪いな」
わざわざ淹れてきてくれるのかと思ったのだが、アコは部屋に据えられた冷蔵庫を開けると、
「どうぞ」
どん、とペットボトルのお茶を俺の前に置いた。
ふ、風情がねえ。
「キッチンで淹れるんじゃないのかよ……」
「スキルとしてはできますけど、今の私は引きこもりモードですので」
良ければどうぞ、と冷蔵庫からお菓子がわさわさ出てくる。このカロリーだけで何日生きていけるんだか。
「部屋から出ずに一週間はこもれるように常に備えてます。引きこもりの鑑ですね」
「むしろ鏡を見て反省するところから始めなさい。大体一週間も部屋に閉じこもったらトイレとかどうすんだよ」
お茶を口に含みながら言うと、アコは平然と答えた。



