四章 アコちゃんズ・ネスト ⑤
「その未来の旦那君は、うちの厄介娘にどんな用事? 部屋から引きずり出して学校に連れて行ってくれるのかな?」
言葉だけは朗らかに、目線は真剣に、じっとみつめられる。
や、やっぱり親の立場としてはそういうのを期待してるのか。だとしたら猛烈に申し訳ない。
俺は持ち込んだバッグから、マスターに借りたノートPCを引っ張り出した。
「すいません、俺、単にアコと遊びに来ました。学校も休んでます」
「……遊びに来たの?」
「は、はい」
「あの子、学校行かないって言ってるのに?」
「すいません……やっぱまずいですか?」
普通の親なら怒るよなあ。それが当たり前だよ。
でも俺なりに考えたんだから、ちょっとでいいから理解してくれたら良いんだけど。
「んー……んーふふふふ!」
んふ? なんだ、んふって?
「んふふふふふふふふ!」
「え、なに? なんですか?」
アコのお母さんは妙な笑みを浮かべて立ち上がったと思うと、ぐるりと机をまわって俺の隣に座った。そのままぐいぐい俺の脇腹をひじでつついてくる。あの、痛い、痛いっす。
「あ、あの? えーと、アコのお母さん?」
「面倒くさいでしょ、おかあさん、でいいわよ。ねえ、君の下の名前は何ていうの?」
「西村英騎、ですが」
「なるほど、おっけーおっけー。んじゃ英騎」
まるで息子でも呼ぶように言うと、ぽんと簡素な作りの鍵を俺の手のひらに置いた。
「これ、あげる」
「はあ」
なんだこれ。家の鍵、ってことはありえない。あまりにも作りが単純だ。
「これ、亜子の部屋の鍵よ」
「はあっ!?」
「あの子ねえ、鍵を持ってるのは自分だけだと思って閉じこもってるのよ。お母さんが持ってないわけないのにねえ?」
「いやいやいや、だからその鍵をなんで他人に預けるんですか!?」
「私はもう仕事にいかないといけないから、あの子のことお願いね」
「ええええええっ!?」
任せちゃっていいの? 俺遊びに来たんだよ? 娘さんにとって良い影響があると自信を持っては言えないんだけど?
「い、いいんですか?」
「もち」
アコのお母さんは何故か自信満々に言った。
「たぶんね、あの子が私の手を離れた後、面倒を見てくれるのは君だろうから」
「それは……まだ責任持てませんけど」
「素直な所もよろしい。それじゃ英騎、亜子をお願いね。玄関の鍵はそこのキーケースだから出かける時は使って。何なら一個持って帰っていいわよ」
「遠慮します!」
「あら残念」
軽く言うと、アコのお母さんはバッグを手にとり、本当に俺から背を向けた。
仕事、仕事か。そういやアコが言ってたな。帰っても家には誰も居ないし──みたいなこと。
リビングから出て行く背中を見送ると、玄関から「仕事行ってくるわねー」と上階に声をかけるのが、そして「はーい」と返ってくる返事が聞こえた。親子の会話だ。つまりアコはやっぱりこの家に居るんだよな。
俺も紅茶を飲み干すと玉置家のリビングを出た。
アコの声がしたのは二階だ。しかしどこの部屋かはわからないな──と思ったが、しっかり『亜子の部屋』と札がかかっていた。
ゆっくりと深呼吸。
手を持ち上げ、コンコンとノックする。
「ひっ!?」
部屋の中からは息を呑んだような声がした。
ああ、そっか。誰もいないはずの家でノックされたらそりゃビックリするか。
「アコ、俺だ」
「え……ル、ルシアン!?」
聞こえてきたアコの声に、驚きと共に安堵があったことに少しほっとした。少なくとも招かれない客って訳ではなさそうだ。
「おう、おはよう。突然だけど遊びに来た。入れてくれ」
「はいっ!? って、ていうか何で居るんですか? お母さんは!?」
「ちゃんと許可はもらったぞ」
「お母さんの馬鹿あああああ」
アコの心からの嘆きが響いた。
「ちなみにアコのことを頼むとも言われた」
「それはぐっじょぶですううううう」
あ、そっちはアリなんだ。
まあいいよ、扉越しに話をしに来たわけじゃないんだ。
「つうわけで、保護者の許可があるので問答無用で入らせてもらうぞ」
「え、ま、待ってください、今はちょっと──」
「問答無用と言った!」
ノブを回すがやはり鍵がかかっている。しかし問題ない、必要な鍵は入手済みだ。
「嘘、鍵の音が、お母さんが鍵渡した? あ、もうだめぽ」
鍵はしっかりと開いた。何か言っているアコを無視して扉を開く。
割と片付いた、しかしカーテンを閉め切った部屋だった。目立つのは大きなパソコンと、個人の部屋に置くには随分と大きな冷蔵庫。部屋の一角を占めるベッドにはLAのモンスターをデフォルメしたぬいぐるみが幾つか置かれていて、部屋の主が相当LAに傾倒しているのがよくわかる。
そして部屋の中央には白い人影が一つ。アコだ。
ようやく会えた、アコの白い姿が──白い? なんで白いんだ?
「あ……あ……」
半身になってこちらに顔だけ向けたアコ。
その身を隠しているのは、余程慌てていたのか、半分ずり落ちた下着だけだった。
両手で上半身の危ない部位だけを隠した彼女の姿はなるほど白い。インドア派のアコらしくその肌は病的なまでに真っ白だ。
しかしじっと見つめる間にもその肌が朱色に染まっていく。
そしてその口が『あ』から『き』に変わっていく──のを、見てる場合じゃ、ないだろ!
「ご、ごめん!」
同級生の半裸──ほぼ全裸を舐めるように見ていた俺の目が、そこでようやく離れてくれた。
すぐさま部屋を飛び出し、バンと扉を閉める。こう言うとすぐに出たみたいだけど、頭の中に焼き付くぐらいはじっくり見た。凄い見た。滅茶苦茶見た。
今も心臓バクバク言ってる。やばい、アコ、凄い。具体的には言わないけど、思ってた倍ぐらいは凄かった。本当に。
「あ、あのルシアン、とりあえず確認なんですけど、どうして鍵が開いたんでせう?」
明らかに上ずったアコの声。俺も引きつっているだろう声で返す。
「お前のお母さんが、くれた」
「うわああああああ」
部屋の中でがっしゃーんと何かが倒れる音が聞こえた。
「どうして、どうしてなんですかお母さんー!」
「どうしてって言ったらお前もなんで下着しか着てなかったんだよ」
「むしろ下着も着てませんでしたよ! なんかその、自分の部屋だと気が大きくなるタイプなんですっ! 当分は外に出る気もなかったですし!」
だからって全裸はどうなんだ!? 年頃の女の子として許されないだろ!
しかし今は混乱してるからまだ怒ってない感じだけど、この後まずいよなあ。土下座ぐらいで許してくれたら良いけど、話も聞いてくれなかったら台無しだよ。
「とりあえずちょっと待ってください。準備するんで」
「あ、ああ。ほんとごめんな」
「いえこちらこそ……すー、はー」
落ち着くためか、深呼吸をするのが聞こえてくる。
呼吸をすること数回、少し平静を取り戻したアコの声が。
「では、どうぞ」
はやいな、もう服着たのか。
正直入った瞬間に土下座をする覚悟で扉を開く。
部屋の中には今度こそ身を隠すものなく、全てを露わにしたアコが正座で俺を待っていた。
紅潮した頬もそのままに上目遣いでこちらを見つめバンッ!
「なんで出ていくんですかっ!?」
「おまえがなんでだよ! なんでむしろ脱いでんだよ! 準備するっつったろ!」
「心の準備をしたんじゃないですかー!」
「その準備求めてねえ! 着ろ! 服を着ろ!」
てんやわんやの末、ようやく俺はアコと小さなテーブルをはさんで向かい合った。
「ルシアンに初めて合った時にこれ以上の恥ずかしさはないと思ったんですが、今日はそれを超えました……」
「本当に謝るけど、後半はアコのせいだって」
「ルシアンが覚悟を決めてこっちに来てくれれば恥の上塗りはなかったんです」



