四章 アコちゃんズ・ネスト ④
「アコがさ、あんたのこと好きな理由を言ってたのよ」
「アコが?」
いきなり何の話だよ。恥ずかし暴露大会か何かか。
アコから言われた、俺のどこが好き、って──聞いたことあったっけ。色々言ってたとは思うんだけど多すぎて正直覚えてない。
「あの子ね、自分がどんくさいのをよくわかってるのよ。ぼーっとしてて、勘違いも多くて、覚えるのも遅くて、覚えたこともすぐ忘れちゃって。最初は付き合ってくれてた人もだんだんいなくなっちゃうんだって」
「ありそーだなー」
興味があることならしっかり覚えてるっぽいんだけどな。ちょっと自分の領域から外れるとぼーっとした奴になるんだよ。
「でもね、あんたは何だかんだ言いながらずっと捨てなかったんだってさ。迷惑しか掛けてない自分に、次はがんばれよ、次はちゃんとやれよって、必ず次をくれたんだって。それは画面の中の自分なのにまるで現実の駄目な自分を受け入れてくれたみたいに嬉しかったーって、もう頭が溶けてるんじゃないかってぐらい幸せそうに言ってたわ」
「聞いてるだけで恥ずかしくなってくるんだけど」
「言ってるあたしも恥ずかしいから大丈夫よ」
それ大丈夫って言わないから。お互い苦しんでるから。
大体そんなのはただの結果なんだよ。情が移ったから、気になったから、それで話してみたら気が合ったから、だからまた遊ぼうと思ったんだ。
その過程で腕の良し悪しなんてのは大した問題じゃない。ゲームなんだからさ。
ゲームだからこそ腕を重視する人がいるってのも事実だけど。
「あたしもね、そうなんだ」
「え?」
瀬川はふっと歩みを速め、俺の前に出た。
どんな表情をしているのか、どんな風に言葉を選んでいるのか、全てを隠して、揺れるツインテールと小さな背中が言う。
「最初のオフであんたに会った時、びっくりしたけど、超怖かった。皆の前で普段あんたに何をしてるかバラされて、皆から白い目で見られて……ああ、これで終わりかなーって」
「んなことしねえよ」
「しなかったわね」
当たり前だろ。そりゃちょっとは腹が立ったけど、長い間一緒に遊んでたんだ。お前の外面と中身の違いぐらいはわかってるって。
「その後も、外面の為にあんたに悪いこと言って、でもぜんぜん怒りもしなくて、シュヴァインになった時もいつも通りでしょ」
「お前だってバレるかもしれないってのにアコのことで俺をフォローしてくれただろ」
あれこそ驚いたよ。助け船を出してくれなかったら絶対収まらなかった所だ。
今なんとなく話がまとまってるのもあの時の瀬川のおかげだと言っていい。
「そんなの当然よ。あんたを見捨てるわけないじゃない。……そ。当然だったのよね。それが、ああ、この感じなんだなって」
「なんだよ、この感じって」
「あたしが欲しかったもの、あったんだなって。あんたとはずっと付き合っていける、ずっと付き合っていければいいなって、思った」
「なら……お前とは長い付き合いになりそうだ」
「腐れ縁ってやつね」
「腐ってんのはお前の頭だ」
「あんたの性根よ」
瀬川はくるりと振り返ると、真っ直ぐに俺を見つめて微笑んだ。
ゆっくりと吹いた風に少しだけ目を細めたその表情が吸い込まれるように目の奥に入り込む。不思議な感覚だった。
「で、その腐れ縁にはあの引きこもり女も、課金バカも入ってるんだから。アコ、ちゃんと呼び戻してきてよ」
「……ああ、まかせとけ」
「よし。んじゃ──俺様の代わりに頼んだぞ、馬鹿」
「馬鹿はお前だ」
反射的に言い返した俺に笑い、シュヴァインは──瀬川は軽く足を踏み出して離れていった。
気付けばもう前ヶ崎の駅はすぐそこだった。
別れ際の多少は緊張が抜けた表情を思うと、瀬川も幾らかは俺を信用してくれているのかもしれない。
でもなあ。残念だけど俺、アコの気持ちもよくわかるんだよ。
あいつの期待に沿えるかは自信がないんだけど──ま、頑張るか。
さて、準備だ。
朝より大分重くなった鞄を背負い直した。
††† ††† †††
「ここか……」
目の前には『玉置』と大書きされた表札。
俺は朝も早くからアコの家に直接攻撃に訪れていた。
家に押しかけたら意固地になる? いやいや俺は別だし。旦那だから大丈夫だし。
住所? んなもん覚えてるに決まってるだろ。
ここ数日別ゲーする時、毎回俺があいつの住所を入れて登録してたんだぞ。
流石に丸暗記したよ。悪いのはアコだ。俺は悪くない。
玉置家はごくごく普通の二階建ての民家だったが、外から見た限りでは庭も外観も綺麗に手入れがされている。家人の性格が伝わってくるようだった。
「さーてと。鬼が出るか蛇が出るか」
出るのはアコであって欲しいなあと思いながら恐る恐るチャイムを鳴らす。
ピンポーンとのんびりした音が鳴り、ドキドキしながら待つ──が、何の返事もない。
どうしたんだろ、留守か? それとも……居留守か?
「……ありそー」
「何が?」
「アコが居留守を──おおおっ!?」
誰か居た! いつの間にかすぐ近くまで来てた!
慌てて声をかけてきた相手の顔を見て、俺は一瞬アコが出てきたのかと思った。
だが違った。一回りぐらい各部が大きくなっていて、髪がストレートになっていて、ちゃんと前を向いたアコ、みたいな人だった。
つまりわかりやすく言うと、気がかりが消えて凄く美人になったアコだ。
「えーと、君、どちら様?」
アコに似た、でも妙に綺麗な人に言われてドギマギしながら答える。
「あの、西村といいます。今日は、その……」
「ああ、あなたがあの西村君?」
俺の言葉を待つまでもなく、その人は納得顔で言った。
あのってなんですか、あのって。アコは家で俺のことをどんな風に言ってるんですか。
「まあ立ち話も何だから、入って入って」
「良いんですか?」
「当たり前でしょう。娘の友達が遊びに来たんだからお茶ぐらい出すわ」
むすめ……むすめっ!?
この人アコのお母さん!? お姉さんとかじゃなくて!?
似てるけど、確かに似てるけど!
「お、お母さんですか?」
「あら、お姉さんに見えるー?」
「正直、はい」
素直に言うと、アコのお母さんは嬉しそうに、でもちょっと裏のある笑みを浮かべた。
「んふふふふ。本当にそう思ったなら亜子はお買い得よ。あの子、私似だから」
「いやまあ……そうですね」
色んな意味で、似てるかもしれない。
家の中はどこかアコから感じたことがある匂いがした。普段なら落ち着かない他人の家の空気がなんだか妙に馴染む。勧められたソファーもなんだか座り心地が良い。
だからリラックスできるってわけでもないけど。緊張することに変わりないって。
「どうぞ、お茶よ。確認もとらずに紅茶にしたけど、良かった?」
「あ、どうも。何でも飲みます」
「そう、良かった」
ニコニコと言うと、アコのお母さんは俺の正面に座った。
「ふーん、へー、ほー」
そして何やら俺を観察しては楽しそうに声を漏らしている。
何、何なのこれ。俺は何をされてるの。
「あの、アコ……玉置さんは……」
「おばさんも玉置さんよ?」
くっ、手強い。諦めて言い直す。
「あー、アコさんから俺のこと何か聞いてるんですか?」
「んーん、たいしたことは。ただあの子がやたらと気合い入れてお弁当作ってるときに、誰にあげるのーってきいたら、未来の旦那様って言ってたのは良く覚えてるわ」
「ぶふっ」
あ、あいつ、身内が相手だからってそんなこっぱずかしいことを……。
赤くなった顔を隠すように紅茶を口にする。味なんてさっぱりわからん。
「さて……と」
と、空気が変わった。
ずっと笑っていたアコのお母さんだが、その目がふっと細まる。
怒った時のアコに近い嫌な圧力を感じる。



