四章 アコちゃんズ・ネスト ③
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諸々の準備を終えて帰宅の途につく。
重いリュックを背に歩く俺の隣に、今日はアコじゃなく瀬川が居た。
「こうして一緒に帰るのって初めてだよな」
「まーね」
俺を見もせずに言う瀬川。夕日に照らされた彼女の横顔が酷く大人びていて、普段とは違う雰囲気があった。
「ネトゲのこと奈々子には完璧にバレたし、あの子はぺらぺら話すタイプじゃないけど……こうなったらもうあんまり意味ないかなーって」
「そっか」
「あと、普段はアコに気を使ってあげてた所もあるわね」
「さんきゅー……と言うべきなのか」
余計な気遣いと言うべきなのか。
おかげでアコと帰るのが日常だったけどさ。
「そのアコのことだけどね」
と、ようやく瀬川がこちらに顔を向けた。
「あたしね、あんまり真剣にならなくてもいいんじゃないかと思ってるのよね」
「……なんでだ?」
んー、と一呼吸置いて、瀬川は中空を見つめる。
「多分だけど、アコは本気で奈々子があんたを取っちゃうと思ったわけじゃないって思うのよ」
「それで?」
「ただつい過剰反応しちゃって、それで拗ねて見せたら思ったより大事な雰囲気になったから本人も踏ん切りがつかなくなって変な方向に暴走してるんじゃないかって」
「正直俺もそう思うよ」
その辺りの焦りが、LAに本気だとか、来世ワンチャンだとか、そんな訳がわからないことを言い出す要因になってるんだろう。
「でしょ。だからあんたがちゃんと正面きって話せば帰ってくるわよ、きっと」
「……まあ何にせよアコとは話すよ」
「任せるわよ」
うん、と頷いて、瀬川は少し表情を緩めた。
皆が居る教室では余り見せない、本当に気を抜いた表情。
瀬川が本気で怒る所も、本気で焦る所も、本気で喜ぶ所も、部室ではよく見る。
しかし普段の教室ではほとんど見ないように思う。
そんなことを思ったので何となく聞いてみる。
「なあ瀬川」
「んー?」
「お前さ、ネトゲやってるのがバレたら凄いことになるって言ってたじゃん」
「既になってんのよ思い出させないで」
「それはごめん」
傷をえぐって本当に申し訳ない。素直に謝ります。
「でもさ、そんだけの理由があって、それでもネトゲやろうって思ったのはなんでだ?」
「……え、それ聞く?」
瀬川は眉をひそめ、酷く渋い顔をした。
こりゃ悪いこと聞いたかな。そんなに嫌な話だと思わなかった。
「あれ、聞いちゃ駄目な話だったか?」
「ううん、駄目って言うか……んー、あーっと……ねえあんた、絶対誰にも言わないわよね?奈々子にも、マスターにも、アコにも」
「そんな事情があるのか? 言うなって言うならもちろん言わないけど」
瀬川の様子にちょっと話したがるような雰囲気もあったように思う。
約束ね、と前置き、瀬川はぽつぽつと話し始めた。
「んっとね……誤解しないで聞いてほしいんだけど」
「おう」
「あたしがおさがりのパソコンをもらってインターネットの世界をさまよい始めたばかりの頃、あたしはまあ犬猫動画をひたすら漁る程度の浅い使い方をしているパンピー中学生だったわ」
そりゃ本当にパンピーなんだろうか。
動画を漁る女子中学生が一般人かどうかは心底微妙だが、本人がそう言うなら置いておこう。
「そんな時ね、広告を見たのよ。このゲームの」
「動画の脇なんかに表示される広告か?」
「そうそう。で、それにね。……本当に勘違いしないでよ?」
「しないって。なんだよ」
ここまでは問題になりそうな発言が何もない。どういうことなんだろうか。
瀬川は口を開いたり閉じたりを繰り返し、本当に言い難そうに口に出した。
「その……男二人がね、倒れたドラゴンを背景に、肩を組んで笑ってる画像でね。それがこう、あたしの乙女心にすっごいビビっと来たわけ」
「……は?」
え、なに、それってつまり。そういう、あの、アレ?
「お前ってそういうのだったの!? あの、腐女子的な──」
「違うって! だから勘違いすんなって言ったんじゃない!」
いやいや勘違いじゃないだろ、明らかにお腐れ様な発言だろ!
「俺もその画像覚えてるぞ。なんかシュヴァインっぽい大剣装備と俺みたいな盾持ちのコンビだ! 公式にあったから知ってるぞ!」
「そうなのよ。だからああいうキャラで作ったんだけど」
「まさか、俺と一緒に狩ってる時もそんな想像を」
「ちっがあああああう!」
瀬川がばんばんと背を叩く。
いってええ、わかった、わかったって!
「そういうバラっぽいのじゃなくて! あの超俺様っぽい男と、しゃあねえなあって受け止める盾持ちの男の関係がね、凄く良い男の友情って感じで、それにびびっときたの!」
瀬川の顔は真っ赤に染まっているが、少なくとも嘘を言っているようには見えない。
というか瀬川がシュヴァインだとわかったその瞬間から、こいつが俺に嘘を吐くのは朝の教室でだけだった。それは間違いなく信頼してる。
「……友情、ねえ」
しかし友情と言われてもよくわからん。
いぶかしげに言う俺に、瀬川は真剣な顔で言う。
「本当よ。その……さ。女同士に真の友情はない、みたいなこと言うじゃない? 一人が席を離れたら残りの皆でその子の悪口を言う、みたいなの」
ああ、よく聞くよく聞く。女は怖いぜって話で。
実際にそういう場面を見たことがある訳じゃあないけどさ。
「お前らそんなことしてんの?」
「してないわよ! 少なくとも私はしないし、周りでもそういうのは……たまにしか、ないし」
あ、たまにはあるんだ──と思ったのは心の中にしまったまま、ふーん、と気のない返事をする。が、瀬川は察したように苦笑した。
「たまにあるんだな、みたいな顔してるわね」
「わかんの?」
「そりゃあんたとの付き合いも長いんだから……ってかね、こういうのなのよ」
「こういう以心伝心な会話か?」
そう、と頷く。
「女同士の友情ってあたしは凄く良いものだと思ってるわよ。馬鹿にする男は張り倒してやろうってぐらい。でも、でもね。やっぱ私も親友だと思ってた奈々子にネトゲやってるって言えなかったみたいに、全部信じ切れてるかって言うとそうでもなくて」
「……うん」
「こういうこと言ったら引かれるかなーとか、下に見られるのかなーとか、こんな趣味があるってわかったらキモイと思われるかなーみたいな。お互いのランクをあわせて並んで歩くような友達じゃなくて、思うこと全部相手に叩きつけて、相手も思うこと全部叩き返してくる、そういう男と男の友情ってのがちょっと良いなって思ったの」
「それでシュヴァインを作ってみたのか」
「そ。でもゲーム自体がやってみたら楽しかったし、これは最初の理由でしかないってのは確かなんだけどね」
そりゃゲームがつまんなかったらこんなにハマりはしないよな。バレたらヤバイってわかっててもやめられないぐらいに好きになってるんだから。
「でも、だからこそ、あんたと言い合いするのは結構楽しかったのよ。どんな無茶苦茶言ってもあんたは絶対に言い返してきて、あたしが偉そうなこと言ったら笑って馬鹿にして、あたしが嫌味を言ったらあんたもあたしをけなして……言いたい放題言って、それでも笑ってまた明日って言える、そういうの。凄く良かった」
「俺もお前と馬鹿言ってんのは嫌いじゃなかったよ」
口が悪い裏で気の利く良い奴だって、わかってたしさ。
「だと、嬉しい」
ちょっと照れたように言って瀬川は隠すように自分の頬を撫でた。
妙な沈黙が流れて、しばし。
再び口を開いた俺の相棒は、再び俺の嫁の名を口にした。



