四章 アコちゃんズ・ネスト ②
「無理心中のお誘いが来たわよ」
「俺も死ぬのは嫌だよ。ってかアコの言う人生を捨てるって、本気でリアルを諦めるって意味か……」
それもそれで困る。アコが居なくなると俺の人生から華らしい華が消える。
それに友人が人生捨てるほど絶望するって、実際になってみると結構無力感がある。辛い。
◆アコ:だって考えてもみてください。来世の自分を。格好良くて頭が良くて運動ができて音楽の才能があって美的センスもあって何事にも前向きで努力をいとわないそれでいてお金持ちな家に生まれた自分になれるとしたら、どうですか!?
「…………来世で理想の人生か」
◆ルシアン:ちょっと夢があるな
◆アコ:でしょう!?
「なんで洗脳されてんのあんた! 無理心中が普通の心中になってるわよ!」
「のおおおおお、やめろやめろ!」
俺の首をつかんで瀬川がぐるんぐるんと揺らす。目が、目が回るから!
「だってお前、なりたいだろ、そんな自分!」
なれるもんならなりたいよ、理想の自分に!
「なれるわけないでしょそんな超人! ってかなった時点であんたじゃないでしょ、何の意味もないわよ!」
それはそうだけど、でもやっぱなりたいって!
思うだろ、誰だって。自分の中に何か一つでいいから、誰にでも誇れる何かがあればなって。
顔がいい、頭が良い、運動ができる、音楽ができる、美術が上手い、努力が苦にならない、家が超金持ち、そういうなんか生まれつきすごいことが俺にもあればなって考えるだろ!
◆アコ:というわけなのでルシアン、私はリアルの方では死んで、これから本気でこのゲームやっていこうと思うんです
◆ルシアン:あ、ああ
納得しちゃ駄目なんだろうけど、アコの勢いに思わず同意してしまった。
するとアコはさらに続ける。
◆アコ:というわけで──ルシアンは今も高校生ですよね?
◆ルシアン:そりゃそうだよ
◆アコ:来世に向けてキャラを強化するので
◆ルシアン:うん
◆アコ:学校やめてくれませんか?
◆アコ:あとルシアンにも交代でキャラ育てて欲しいので、IDとパス教えます
いや、IDはもう知ってるけど…………えーと、え?
え? え、その、え?
「……え?」
「え、じゃないわよ、しっかりしなさい」
「お、おう」
アコの廃人ネットゲーマー並みの迫力に飲み込まれていたが、頭を振って冷静さを取り戻す。
ゲームの為に学校やめろって? どうしてそんな、どっかで聞いたような怖いことを言い出してるんだよ、アコは。
◆アコ:ちなみに私は学校やめます
そこはもう決意してんのかよっ!
「退学はいかんでしょうよ!」
「やばいわね、この子相当キてるわ」
「これは止めないとまずいぞ。どうするルシアン?」
どうするったって、なだめるしかないだろ!
◆ルシアン:落ち着けアコ、思いつめるな
◆アコ:私は落ち着いてます。落ち着いて考えた上でこうなりました
なお悪いわ!
確かに言葉に淀みがない分本気っぽくて怖い。
◆アコ:という訳ですので、今後私はLAに生きます。リアルなんて要りません。LAさえあれば生きていけます。LAの中ならルシアンは私の旦那様です
◆ルシアン:お前……
◆アコ:では、転生目指して頑張ってきます!
◆ルシアン:おい、待て、待てって!
あ、あいつチャットオフにした! ささやきも拒否ってる! これ向こうに表示されてないぞ!
「やばい、アコが壊れた」
「これは……困るわね」
「えっと、もしかして私のせい?」
秋山さんが引きつった表情で言う。お前と──俺のせいだよ。言うまでもない。
「こういう場合に全員で家に押しかけたりするのって駄目よね?」
「余計意固地になるんじゃないか?」
「そうよねえ……」
「とりあえず時間を置きましょう。玉置さんも時間をおけば冷静になって、こっそり学校に来るかもしれないじゃない?」
斉藤先生が先生らしく話をまとめた。
「だとしたら杞憂で済みますけど……」
不安げに目を見合わせ、溜め息を吐く。
そういうことで、俺達はそれぞれ家に戻された。
しかし正直な所、寝て起きたらアコが元に戻るなんて、誰も考えていなかったと思う。
翌日、アコは学校に来なかった。
その代わりとでもいうように、レベルが一つ上がっていた。
「異常事態よ。あの子が独力でレベルを上げるなんてありえないわ」
「そうだな。それだけで現状の危険性が透けて見えるというものだ」
「……正直、俺も同意見」
例を見ないぐらいに真剣にLAをやってるってことは、逆に言えば全力でLAに逃げてるってことだ。事態は深刻だと思う。ぶっちゃけやってることは馬鹿そのものだけど。
「アコ君を説得するしかないが、我々からのチャットは拒否しているようだ」
「んじゃ新キャラ作って話しかける?」
「直接現地まで行って声をかけるってのもありだな。でも……俺はアコがもうちょっと落ち着くまで待ってやりたいよ」
「あんた、今回は珍しくアコ側に付くわね。普段は逆なのに」
「ま、な」
思い込みの激しいアコが相手だ。こういう危険があると考えてしかるべきだった。そう責任を感じていることもある。アコの受けた心労に共感している部分もある。
それに、正直俺はアコの────。
「悪いけど、それは困るわね」
「先生?」
ぽんと俺の肩に手を置いて、斉藤先生が言った。
「この部の話なんだけどね。玉置さんの状況が改善──というか、とりあえず登校するようになったっていうのがここの成果だったのよ。でもそれがやっぱり気のせいでしたってなると、むしろ悪影響だったんじゃないかとかそういう話になっちゃうの。最悪の場合、玉置さんの帰る場所自体がなくなっちゃうって可能性があるわ」
「問題ですね……」
猶予は少ない、か。しかし逆に言えば、アコが既に退学してるって心配はない訳か。
「退学……あー、先生、ちなみにアコが退学とかそういうのは?」
斉藤先生はアコの担任でもないし、聞いてないかもな、と思いながら聞いたんだけど。
「んー、なんだかねえ。玉置さんを名乗る女性からそういう、退学をほのめかすみたいな電話があったみたいなんだけどね」
「はいいっ!?」
ぎょっとした。
本当に退学の連絡したのか、アコ!
「でそれ受けたのが私なんだけど、うーん、ちょっとその時疲れてて、話した内容をよく覚えてないのよねえ。多分ラグってたんじゃない?」
「学校の電話はなかなかラグらないでしょうけど……」
つまり先生の所で握りつぶしたのか、その連絡。
「それ大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないわよ大丈夫じゃ。バレたら大問題よ」
「ですよね」
退学なんて本当に大事だ。聞かなかったことにして済むような話じゃない。
しかし斉藤先生は少し困ったように肩をすくめただけだった。
「でもねえ、放っておくのも何じゃない。私には偽カッターまで向けたのに、今回は引きこもっちゃっただけでしょ。あの子なりに改善はしてると思うのよ」
「そうですね、最近はあいつなりに頑張ろうとしてました」
「でしょ。だからね、それがちゃんとわかってる男の子が、きっとなんとかしてくれるんじゃないかなあって、思ってるのよ」
ねえ? と微笑む。
「何かないのかにゃ、ルシアン? 伊達や酔狂で結婚なんてしないって、言ってたよにゃ?」
「生徒相手に、そんな全幅の信頼を置かれても」
「生徒を信頼できない教師なんて何も意味がないのにゃ」
「ぐ……ちょっと格好良いこと言って」
にゃ♪ とか言う歳じゃないだろうが──なんてありきたりな反撃じゃ手も足も出ない。
昔からこういう人だから、俺はトラウマを植え付けられる羽目になったんだよ、くそっ。
「そうでなくちゃ、惚れてくれたルシアンに申し訳ないにゃ」
斉藤先生はクスクスと笑った。
なんだこのしてやられた感は。バレバレか。
「わかりましたよ。そこまで言うなら絶対に手伝ってもらいますからね──猫姫さん」



