四章 アコちゃんズ・ネスト ①
「玉置さん、朝から登校はしたけど始業前に帰っちゃったみたいね」
放課後の現代通信電子遊戯部室。難しい声で斉藤先生はそう言った。
そうか、やっぱマジで帰ったんだ。
あの勢いは本気っぽかったし、もしかしたらと思ってたけど。
「ついでに明日の欠席連絡もすでにもらってるわ」
「無駄な所で手回しが良いわねあの子っ!」
そっちは予想外だ!
そこまで本気で逃げ出したのかあいつ。これはちょっと冗談じゃ済まないぞ。
「まさかそんなに怒るなんて……」
「怒ったというよりはショックだったと考えるべきか。彼女の気持ちは君が思うよりは強い。それを理解して欲しい」
「は、はい」
事情聴取ということで連れてきている秋山さんは流石に気落ちした様子だった。
そりゃ当たり前か。もしもここで明るく笑顔だったら流石の俺も怒る──ってか実際の所、これでも結構怒ってんだけどな。
「あのさ、秋山さん。多分ちょっとよくわかんないと思うんだけど、聞いてくれよ」
「え……」
俺がらしくもなく真面目に言ったからか、秋山さんは黙って視線を向けた。
その視線に素直な反省の色が見えて、俺は少しだけ声が柔らかくなるように口を開く。
「なんて言ったらいいか、難しいんだけどさ。俺達みたいな人種ってな、自分の場所に異分子、それも自分より明らかにスペックが高い奴が入り込んでくるのが凄く辛いんだよ。イケメンがオタショップにいると舌打ちしたくなるけど、そんな勇気もなくて遠巻きにちらちら見ながら居なくなるのを待つような、そんな生き物が俺達なの。秋山さんなんかが冗談半分に踏み込んで笑ってるのを見ると、結構本気で傷つくんだよ」
「そ、そんなつもりじゃなくてっ」
秋山さんは俺から視線を外して、ぽつぽつと言う。
「最初は茜の様子がおかしいなーって見てただけなの。西村君にはいつも酷いことばっかり言ってるのに裏で仲良しみたいで、ちょっと前までぜんぜん学校来なかった玉置さんとも仲良いし、これはきっと何かあるのかなって思って。でも茜はぜんぜん話してくれないし、仕方ないから見に来たら──」
「面白そうだったからついからかいたくなった、と」
「そ、そう」
「……ま、アコ相手じゃなきゃ大した話じゃなかったかもしれないけどね」
瀬川が複雑な表情で言った。
「まあね。話を聞く限りでは玉置さんの過剰反応というのはあるけど」
斉藤先生も言う。
そうかもしれない。普通は気にもしない冗談なのかもしれない。言われたのがアコじゃなきゃ笑って済ませたかもしれないし、程々に怒って冗談になったかもしれない。そういう意味ではアコが悪くないって訳でもない。
でもさ、俺はそういうの嫌いなんだよ。
軽い冗談とかちょっとした嫌味を重く受け止めて、一人で大騒ぎした挙げ句にドン引きされるってことさ、俺も経験があるんだよ。覚えがある奴は絶対に沢山居るよ。
リア充の空気ってついてけないんだよ。言ってることは明らかに俺への嫌味なのに、冗談だからって我慢しなきゃいけないのか? どこまでの冗談なら笑って済ませりゃいいんだよ? 怒っちゃ駄目なのか? 言いたい放題言った挙げ句に怒ったら俺が悪いみたいな空気は一体何なんだよ。腹が立つだろ。
そりゃ何を言ったって理解はされないだろうさ。それこそプレイスタイルの違いだからな。俺とあいつらの、人生ってゲームに向き合う姿勢が違うんだ。
なんて、考えてても仕方ないか。まずは動かないと。
「とにかく原因は全部誤解レベルの話だ。アコとちゃんと話せば解決するはずだな」
「んでどうやって話すのよ。さっきから電話かけてるけど出ないわよ」
だろうな。多分引きこもってやるって決めたんだから、断固引きこもるだろうよ。
「ではどうするルシアン? 直接家に乗り込むか?」
「それでもいいけど、アコの逃げる先はわかるだろ」
これこれ、とパソコンを指さす。
「この中だろ、どうせ」
LAにログインした所、やはりアコはゲームの中に居た。
ただ普段と違うのは、いつもの喫茶店に居るんじゃなく、どこかの狩場に居ることだった。それも一人で戦っているみたいだ。
「アコがソロで狩りしてるなんていつ以来よ?」
「少なくとも数ヶ月単位だ」
そんなにショックだったかアコ。
◆ルシアン:アコ、居るか?
◆アコ:丁度良かったです、ルシアン。今レベルを上げてる所なので一緒にどうですか?
返事を返す、そのそしらぬ口ぶりが逆に怖い。
「とにかく説明しなさいよ。誤解さえとけばそれでいいんだから」
「そう、だな」
◆ルシアン:聞いてくれ。さっきのは誤解というか、嘘、でまかせ、いたずらの類いなんだよ
アコは答えない。
◆ルシアン:秋山さんから話を聞いたけど、目的は主に瀬川、シューをからかうことで、俺とお前はそのついでにいじられただけだ。当たり前だけど、俺に興味なんてないってよ
「うん、ぜんぜん、本当に欠片も西村君に興味はないから」
「……知ってるけどな」
わかってたよ、わかってたけどそうはっきり言われるとやっぱイラっとすんな!
腕に抱きつかれてちょっとドキドキしたよ、悪かったな、くそ!
◆ルシアン:たった今お前になんて欠片も興味ないよってわざわざ俺の心に風穴開けるようなことを言ってくれた。びっくりした気持ちはよくわかるけど気にするようなことじゃないんだ
◆アコ:嘘です
◆ルシアン:嘘なわけないだろ。嘘ついて何の得が──
◆アコ:嘘だっ!
「うおっ」
画面越しに飛んできた迫力に思わず黙る。
怒ってる、アコさんマジで怒ってるよこれ。
◆アコ:もともと私なんか、リア充してる普通の女子高生と勝負して勝てるわけがなかったんです。リアルのルシアンは私には高嶺の花だったんです。どうしようもなかったんです
いやいやそんなことないだろうよ。むしろ花としては逆だろうよ。
そう思ったのだが、次にアコから飛んできたチャットに指が止まった。
◆アコ:もう何もかも諦めました。ルシアンがいなくなっちゃう人生なんて捨てます
◆ルシアン:は?
人生を捨てるって……お前、まさか、そんな、そんな──。
「まさかアコ、西村に振られたせいで世を儚んで……」
「いやいやそれはないだろ流石に! 別に振ってねえし!」
「くっ、急いでアコの家に車を──」
「待って、自宅に電話をかけるから」
テンパる俺達の前で、アコの次のチャットが表示された。
◆アコ:私はレベルをMAXまで上げて転生して、来世にワンチャン賭けるんです!
なんか訳わからんことを言い出したー!
レベル? レベルを上げんの? つまり転生ってあれか、ゲームのシステムにある、レベルがカンストしたら能力上乗せで新キャラ作れるってヤツか!
「ほんの五秒ぐらいだけど、本気で青ざめたわよ私……」
「俺もだ……」
「……車はキャンセルでいい」
マスターが携帯になにやら言っていた。本当に車を呼んでくれてたらしい。猫姫さんにいたっては床にへたり込んでいる。もう、本当に勘弁してくれ。
◆ルシアン:あー、えーと……何言ってんの、お前……
がっくりと力の抜けた俺達に気付くはずもなく、アコは元気に言う。
◆アコ:何って、決まってるじゃないですか。レベルを上げて、新しいキャラクターカードを買って、可愛くて明るくて人気者の私をデザインしてそれに生まれ変わるんです。私は理想の来世を目指すんです。それまでの間、存分にLAを楽しみます!
いやいやいや来世はねーだろ。ってかそれ来世目指してないだろ、人生捨てただけだろ。
要するに人生オワッてんじゃないか。
◆アコ:ルシアンも是非一緒に逝きましょう!



