三章 別ゲーこれくしょん ⑪
「おはよ、秋山さん」
で、合ってるよな? 後ろに瀬川も居るし。
まあその瀬川はこっちをちらっと見て、ふんっ、と息を吐いただけなんだけど。いつものことながら態度悪い。
「っ! お、おは、おは……」
アコは挨拶だけで噛みに噛み、むしろちょっと怯えていた。
「……よう、ございます」
「おはよー」
そんなアコにも朗らかに言う。凄いなこの対人スキル。
「西村君西村君」
ひょいと寄ってきた秋山さんは俺たちを見回すと、ちょっと首をかしげた。
「ねえ、最近は部活ってしてないの?」
「いや? してるけど?」
「そうなの?」
内容はちょっと変わってるけど部活自体は毎日やってる。
外から見ればいつも通りに活動しているようにしか見えないはずだ。
「うん、やってる。でもなんでそんなこと聞くんで?」
「だって最近いつもの所にいないから」
「え?」
「は?」
俺の声と瀬川の声が重なった。
どういうことだ? なんでクラスメートの女子がいきなりLAの話をする?
「な、奈々子?」
「ねえ茜、してないの?」
「え、な、なにいってんの?」
曖昧な笑顔を浮かべて誤魔化す瀬川、その表情が、
「俺様に任せろーって言ってたのにさー」
びきっと固まった。
「ちょ、それ、あんた、どういうこと?」
「だから一緒にやってたじゃない。西村ルシアン君には凄く良くしてもらったし」
ねえ、と話を振られる。
全然覚えがない。
いや、覚えはあるよ。正直言ってある。
いっそ認めてもいいんだけど、それを認めたら目の前で灰になりつつある瀬川が……。
「セッテ、さん」
「はーい」
アコの呟きに、にっこりと秋山さんが頷いた。
「あれ、秋山さん……?」
「うん。だって言ったじゃない、困った時は、って」
「リアルの話だと思わないって! ゲームの中で約束したんだと思うだろ普通!」
クラスメートがネトゲで凸ってくるとか考えねえよ!
「な、なんで、なんでそんな」
どんどん青ざめていく瀬川に、秋山さんはいっそ楽しそうに言う。
「だってこっそり何か楽しそうにやってるから。ずるいなーって。凄いノリノリだったよね茜。俺様に任せなーって。面白すぎてずっと笑い転げてたもん」
びしっと乾いた音がした。
瀬川の体がぐらりと揺れ、その場にゆっくりとへたり込む。
あ、折れた。
「終わった……私の高校生活終わった……」
「西村君もゲームだとすっごい頼れるし優しかったし。クラスとは印象違うよねー」
「……そりゃどうも」
褒められてる気がしねー。
リア充にオタ知識で褒められた時の微妙な感じって何なんだろ。絶対内心では馬鹿にしてるよな、って思っちゃうんだよ。
「あの、あんまりルシアンには……」
俺に笑顔を向ける秋山さんにアコが恐る恐る声をかけた。
「あ、うん、玉置さんのこともわかったよ」
「え……」
「夫婦とか言ってたの、本当にゲームの中の話だったんだ。学校では普通だから、西村君はいっつも彼女じゃないーって言ってたんでしょ」
クスクスと笑い、秋山さんは俺に寄り添った。
え、ちょ、なに!? 急に女の子が寄ってくると固まるからやめてくれる!?
「こういう関係じゃないんでしょ?」
硬直した俺の腕を取り、ぎゅっと抱くように体を預けた。
「よろしくね、アコちゃん?」
「…………」
「ちょっ、やめてくれよ」
目を見開いたアコの表情にすぐ頭が再起動した。
無理やりに秋山さんを振り払い、彼女から離れる。
「きゃっ……乱暴ー」
「うるさい。あのなアコ、落ち着けよ。今のはただの冗談だから、刺すのはダメだぞ?」
まさか本気で浮気即殺とは言わないだろうけど、アコの場合は洒落になってない。
そのアコは硬直した状態から少しずつ動き出し、口を開いていく。
そして一言声が漏れた。
「……る」
「る?」
「るしあんの──うわきものー! もう知らないいいいっ!」
おおおおっ!? 叫んだ、アコが叫んだっ!
かつて例を見ない声量で吠えたアコはそのまま踵を返すと、凄い勢いで教室から走り去ってしまった。どどどどど、と足音が遠く聞こえて、すぐに消える。
「……ちょっと、行っちゃったわよ」
え、修羅場? リアル三股? なんて声が教室のあちこちから聞こえてくる。
「な、なーんちゃって?」
「おっせえええええよ!」
秋山さんは舌を出して言ったけど、その時にはもう全部手遅れだった。
どうすんだよ、これ。



