三章 別ゲーこれくしょん ⑩

「私のソイヤを軽々と……ちょっとルシアン、絶対に負けるんじゃないわよ」

「次に打つのはアコだろ、余裕余裕」


 方向を合わせ、最大飛距離が一番近いクラブを選択してフルパワーでショット。これでいけるはずだ。


「さあ来い、ソイヤ──は、ならずか」

「しかも結構遠くに落ちてるわよ」

「あれ、本当だ」


 狙ったはずのカップから相当外れた位置にボールが落下している。なんでだ、ちゃんと狙ったのに。


「このゲームは真っ直ぐ打てば真っ直ぐ飛ぶゲームではないのだ。足下の傾きや現在の風が強く影響する、高度に知的なゴルフゲームなのだよ」

「く、課金だけじゃなかったか……」

「はっはっは、甘いなルシアン。さあアコ、私の指示通り打つのだ。ルシアンに格好良い所を見せてやれ」

「はいっ」


 アコは真っ直ぐにカップの方向を向くと、狙うべき場所はすぐそこだというのに、妙に飛距離のあるクラブを構える。そしてぎゅいーんという効果音と共にアコの周りを妙な赤いオーラがおおった。


「さあやれ、必殺ショットだ!」

「はい!」


 しかも明らかにパワーゲージの動きが俺達より遅いんだけど、マスターどんなアイテム使ったんだよ!?


「そいやーっ!」


 気合いと共に、アコは見事なショットを決めた。

 それはもう凄まじい勢いでボールが飛んでいく。


「けど、絶対に画面の外まで飛んで行くだろ、これ」

「ふっふっふ、それはどうかな」


 マスターが不敵な笑みを浮かべた直後、ボールがカップの真上を通過して──ストンと、真下に落ちた。


「はあっ!?」

「そしてバックスピン! よし、チップインだ!」

「やりましたー!」


 マスターとアコがイエーイとハイタッチを交わす。

 待て待て、何だ今のは。おかしい絶対おかしい、納得がいかない!


「ビームに当たったのだ。カップからボールを吸い込むビームが出ているのだよ。ホールインワンなどが出やすくなっているわけだ」

「何よそれ、物理法則は何処に行ったのよ!」

「このゲームはソイヤだ!」


 その一言で説明終わりか!? くそ、納得いかねえ!

 俺とシューは意地になって挑んだが、結局アコがソイヤをミスした数回しか勝つことはできなかった。



「眠い……部室で寝ようかな」


 翌日の放課後、俺は眠い目を擦りながらだらだらと部室に向かっていた。

 と、同じく部室に向かうアコと鉢合わせた。


「おう、アコ。元気そうだな」

「ルシアンは……眠そうですね、どうかしたんですか?」

「今日はお前ソイヤでボコるわ」

「自主練してたんですか!?」


 悔しかったんだよ、悪かったな。

 見た目の割に結構難しいし、気が付いたら遅くまでやり込んでた。面白いんだよ、本当に。

 話しながら歩いていると部室の近くの廊下にゴミ袋が転がっていた。


「マナー悪いな、ゴミ箱すぐそこだろ」

「あ、はいはい! 私がやります!」

「……やるって、何を」


 どうしてかやる気満々で手を挙げたアコは、ゴミ袋に駆け寄ると、大きく振りかぶった。


「そいやーっ!」

「えええええっ」


 全力で投げ放たれたゴミ袋は見事に目標地点を飛び越え、壁に当たって辺り一面に飛び散った。


「……あれ? ビームが吸わない?」

「とりあえず、片づけるぞ」

「は、はーい」




「アコの脳内物理法則がソイヤになるから中止」

「ソイヤですら駄目か」


 俺もこれが駄目だとは思わなかった。でもこのまま放っておくと何もかもソイヤでなんとかしそうなので危険なのは間違いない。


「じゃあ今日はどうすんの?」

「そうだな、格闘ゲームなどはどうだ?」

「落ちが見えてるだろ」


 リア充にキャンセル技からウルトラコンボを打ち込んでありがたやーをするに決まってる。


「じゃあ対戦パズルとかどう? あたしちょっと得意よ」

「人間をパズルにして消そうとするんじゃないか?」


 リア充を四人集めてファイヤーとか始めたら洒落になってない。


「狩りメインのMOも危なそうだし、RTSなんかは敷居が高いし……どうすんの?」

「よし、ならば、これだ!」


 マスターが画面に映し出したのは『ドキドキメモリーオンライン』──クローズドβ当選者に宅配テロを仕掛けて名を馳せたあのゲームだった。


「え、これやんの?」

「アコに良い影響を与えたいのだろう、ルシアン。それならばゲームで青春を味わうのが一番だ。違うか?」

「ルシアンと、ゲームで青春!」


 あ、アコの琴線に触れたっぽい。これはよくない、よくない展開だ。


「さあ、私とドキドキな思い出を作りましょう!」


 やーめーてーくれー!



「辛く苦しいゲームだった……」


 そろそろ日付も変わろうという時間、俺はようやくアコとのドキドキ地獄から解放された。

 プレイヤーがドキドキ高校の生徒となり、ペアやグループでドキドキなイベントをこなしていくというのがドキドキメモリーオンラインの主な要素だ。ノベルゲームを主人公側とヒロイン側で同時にプレイして、それぞれの選んだ選択肢によってシナリオの内容が変わるという形になっている。高得点を得ようと思うと相手の性格を把握する必要があり、それなりにゲーム性もあるシステムなのだが──。


「恥ずかしすぎだろこのゲーム……」


 俺の演じる『ルシアン』とアコの演じる『アコ』の甘酸っぱい青春恋愛ストーリーを延々と見せられ続けるこの苦行。二人で体育倉庫を片付ければ閉じ込められ、体育祭に出れば二人三脚をし、授業中に体調を崩したアコを俺が介抱し──というような、ありそうで実際にはないイベントの数々は俺の精神に甚大なダメージを与えた。ぶっちゃけ泣きそう。


「何で恋愛ゲームをオンライン化したら男側が傷つくことになんの? 普通逆じゃね? 絶対おかしいだろこれ」


 少なくとも中身が女なのは間違いないアコを相手にしていた俺でもこの状態だぞ。これで相手の中身が男か女かわからない普通のプレイヤーってどうしてたの? きっと相手の中身は女だと信じてこのイチャイチャイベント進めてたの? ドキドキメモリーオンラインをしようと思う人間の何パーセントが女かって考えたら絶望的な確率だよな? ちょっと勇者すぎないか?


「しかしちょっと面白かったのがさらに悔しい」


 自分のクラスでテストを受けてる時とか、難しい選択肢でアコの考えを読んで見事にグッドシナリオにたどり着いた時とか、結構楽しかった。くっそ、真面目に作りやがって。


「青春を味わえたのは確かだし、アコが普通になってると良いけど……」


 そんな希望を抱いて向かった学校。


「おはよう、西村君」


 うっわ、効果が出てたー!

 教室にやってきたアコが超爽やかにそう言ったのだ。

 いやびっくりしたよ。良い意味で影響されることもあるんだな。

 青春ゲームみたいなキャラクターで生きるなら友達もたくさん作れるんじゃないか?


「お、おはよう、玉置さん」

「うん、おはよう」


 にこにこと笑みを浮かべるアコにむしろ動揺しているのは俺の方だった。

 そんなアコだが、俺の気持ちとは裏腹に、

 わざとらしく額に手を当ててよろけて見せた。


「あ、ああ……立ちくらみが。どうしよう、西村君? ちらっ?」

「ちらっじゃねえよ」


 強引にイベントにしようとすんな。ここで選ぶ選択肢は『そんなことよりお腹がすいたよ』だ。


「うう、ルシアン、いけずです」

「お前の発想に問題があるんだよ」

「やっぱり私に青春なんて無理なんですよね……」


 ちょっと良い感じだったのにわざわざぶち壊しにしたんだろうが。

 そんな話をしていると教室に入ってきた女子の一人がこちらに寄ってきた。


「おはよー、西村君、玉置さん。今日も仲良いねー」

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